第7話「世界を呪う」

 ピチョン……。


 ピチョン……。


 カビ臭い空気に、ナセルは最悪の目覚めを迎える。

 これまでが夢だったなどと甘いことを考える気すらなかった。


 少し前に見た天井だ。

 ──王城内の地下牢……。


 この臭気も湿度もそう忘れられるものではなかった。


「ぐぅ!」


 体を起こそうとしたナセルの胸に走る痛み──。

 見れば、あれほど誇りにしていた召喚士としての──ドラゴン召喚士サモナーの証たる呪印がドロドロに焼け溶けていた。

 未だ焦げ臭い匂いを放つそれは、皮下液をヌメヌメと滴らせており相当な火傷であると如実に語る。


 傷が癒えても痕は消えないと理解するには十分過ぎた……。


 だけど──。

(俺のドラゴンは、こんな簡単に消えてなくなるはずがない!)


 学校で、

 戦場で、

 冒険で、


 常にともに戦い、駆け抜けた相棒。そして、ナセルの人生そのもの──。


(簡単に消えてなくなるものかよ!)


 幸いにも、魔法阻害の枷はつけられておらず──魔力も多少は回復している。


 行けるさ────。

 なぁ? そうだろ……俺のドラゴン。


 ナセルは呪印に魔力をこめる。

 丁寧に……、丁寧に────。


(来い……。来い、来い──俺のドラゴンッ)


 ドクン、ドクンと波打つように魔力がゆっくりと胸の焼け溶けた呪印に流れていくのを感じる。


 ドクン、

 ドクン……。


(来い、来いッ─────来いよ、ドラゴン!)




 来いッ!!!


 ジワリと熱を持つ呪印の『ド&%$』の文字。



 だが……。



 ドクン……、

 ドク──。



 呪印に流れ込んだ魔力が霧散していく気配を感じる……。

 僅かばかりの期待を寄せていたが、やはりドラゴンを呼び出す魔法陣は現れず、──かわりに絶望が押し寄せた。


 本当に……全てを失ったんだな。


「ッく──」

 うぐ……。


 ドラゴン……………………。


 ガクリと肩を落としたナセル。

 枷が掛けられていないわけだ……。


 ポタリ。ポタリと落ちる水滴。

 それは天井から滴る地下水ではない。


 生暖かい涙。

 止めどなく溢れるそれ…………。


 は、


(ははは)


 こんな、

 こんな終わりか──。

 こんな最期か──。


(あはははは! 呪印のない召喚士に、魔法阻害の枷は必要ないってことか)


 あはははははは!!


 声を殺して笑い泣き。


 ただただ悲しかった。

 ボタボタと滂沱ぼうだの涙をこぼすナセル。


 もう、

 ナセルはドラゴンが呼びだせない。

 二度と彼らに会うことはできない。


 もう、二度と────。




 バターーーン!!




 絶望と諦観にくれるナセルの耳を乱暴な音が叩く。だが、今はそれすら気にならないほど打ちのめされていた。


 それが地下牢入り口を乱暴に乗り込んできた兵士たちだと脳が理解する頃には、ガチャガチャという重武装を思わせる金属の靴音が間近にあった。


「ナセル・バージニア──すぐに出ろッ」


 虚ろな目を向けるナセル。

 しかし、兵士たちはその様子にも全く取り合わず、面倒くさげに牢に踏み込むと問答無用でナセルを引っ張り出した。


 そのあとは乱暴に引きずっていく。

 怪我をしようが、足や腕がもげようが知ったことかと言わんばかり。


 中にはかつての同僚もいたかもしれないというのにこの仕打ち。


 もっとも、ドラゴンを失いショックに打ちのめされているナセルは、そんな仕打ちをされてもされるがまま。

 これ以上ドン底はないとばかりに、全てを諦めていた。


 ほんの数瞬までは…………。



「え?」



 牢から引きずり出されたナセルは、先日のような王の面前ではなく──もっと広く目立つ場所に引き出されてきた。


 そこは王城前の広間。

 石畳のそこは、堀と市街地の間に設けられた市勢との境──。


 多くの市民が王国のお触れや、告知等を聞くイベント広間。

 または、大罪人を裁き────公開処刑する場として知られていた。

 そんな場所に引きずり出されたナセルは、今日初めて人らしい反応を見せる。


 さっきまでは全てを失い絶望した人間の表情だったが……。


「ど、どうして──!!」


 今は、全てを失い絶望した人間が残された僅かな理性と感情さえ凍りつく表情──……。


 ドン底の更に底。


 煉獄から地獄を覗き込むような表情になっていた。


「第一級国家反逆罪かつ異端者ナセル・バージニア! 貴様の罪を今日ここで裁く!」


 城壁から声を放つのは国王。そして、神官長がいた。


 ザワザワと騒ぐ市民はいつの間にか大勢が集まり、引きずり出されてきたナセルを興味深そうに見ている。


 だが、ナセルには国王も神官長も市民も────市民に混じりこちらを注視しているギルドマスターやアリシア、そしてコージの姿すら目にはいらなかった。


 なぜなら、


「と、父さん、母さん!? リズに──大隊長まで……?」


 震える口調でこぼすナセル。

 彼の呼んだ四人の人々は、ナセル同様に拘束されていた。


 しかも、あの忌々しい教会十字の輪の中に張り付けにされている……。


 項垂れていた四人。


 引きずり出された来たナセルに気付いた彼の父が真っ先に声をあげる。


「ナセル……。これは何か間違いだ! 俺はお前を信じている。信じているぞ……!」


 信念の籠った目で射ぬかれるとナセルをして胸を打たれる思い。

「あなたが反逆罪? そんなことあり得ない……絶対に!」


 母も父同様にナセルを信じている。


「おじぢゃん…………わ、わだじ、」


 エグエグとしゃくりあげる年の離れた義妹は何が起こっているのか理解出来ていないらしい。


 それはそうだ……。


 アリシアより年若い彼女は、まだ幼く無力だ。

 ナセルと髪や目、肌がよく似た彼女は、随分前に病死したナセルの兄弟の娘。


 ナセルが国軍に所属していた頃に、両親が引き取って養子とした義理の妹で元姪ッ子だ。


 そして、


「ナセル────」


 美しい銀髪と整った容姿、恵まれた身体つきの若い女性はナセルを見て、複雑そうな顔でただ名前を呼んだ。


「だ、大隊長──?」


 ナセルが国軍に所属していた当時の、直属の上司で熟練の女騎士。

 負傷し、軍を除隊さぜるをえなかったナセルを最後まで心配し、退役後の面倒まで見てくれた恩人。

 更に言えば、負傷したナセルを戦場から救いだしてくれ、怪我の治療までしてくれた人。


 そんな彼女がなぜ!?


 だが事実として彼女はここにいる。

 ナセルの係累として拘束されたのか、教会十字に張り付けられた美貌の女騎士……。


 そうだ、間違いない! 彼女は紛れもなくシャラ・エンバニアその人だ。

 ──ナセルよりも遥かに年若いというのに、家柄とそれに見合った実力を兼ね備えた才女、シャラ・エンバニア。


 大恩あるかつての上司、その人がいた。


「異端者審問を始める!」


 王に変わって罪を告げるのは神官長。

 彼の背後には覆面をつけた不気味な拷問官が並んでいた。


「A級冒険者ナセル・バージニアは、勇者暗殺のかどで捕縛された。この行為は人類を危機に貶めるものである。──よって、その行為から鑑みて、彼には魔王に加担する異端者の疑いあり!」


 芝居染みた動作でわざと市民を煽る。


 その様子にザワザワと、さざめく市民たち。


の者の審議を問うため異端者の係累をここに呼んだ!」


 あぁ、そうだ────。

 これは茶番劇。


 無実を有罪にするための茶番劇。


 これから始まるのは反撃のできない個人を攻撃し、ノーをイエスにする強引なまでの自白を引き出すための出来レース……。


 興奮した民衆を煽り、世間的にも逃げ場を無くす社会的な抹殺劇場だ。


 異端者裁判。

 これが女なら魔女狩り────魔女裁判だ。


 証言するのは近しい者たちで構成され、信憑性を高めるというが………………。


「ここに集めたのは、彼の者の血縁及び親しき関係者のみ!」


 では、問おう!!!!


「ナセル・バージニアの父よ──彼の者は魔王に与するものや、如何に?」


 問われた父は既に覚悟を決めた目をしている。

 ……だ、ダメだ!? 父さん!!


「…………」


「答えよ!!」


 神官長は言う。


 近しい者なら知っているはずだと、

 見ているはずだと、


「反逆罪は免れぬ! この者の血縁者も同罪だ! だが、罪を認め、彼の者を弾劾するなら貴様は許されるのだぞ?!」


 ナセルは既に対魔王戦の切り札たる勇者を殴打したことで、有罪は確実。

 そこに付加すべきは異端者のレッテルを市民に示すことだ。

 それを親族の口から言わせる。──それが狙い。


 異端者にして、ナセルの全ての権利を奪い、アリシアを勇者のものへとするための茶番劇だ。


 それだけで済めばよかったのだが、


 既に国家反逆罪のかどにより、ナセルだけでなく一族郎党にまで、極刑の罰は及ぶという。

 だが、異端者審問と抱き合わせることで、その罪の軽減をちらつかせるのだ。


 たしか、血族異端者審問を認めれば、命を助けるかわりに数年間の農奴生活か一年間の戦奴生活が選べる。

 若い女なら一年間、前線で兵士のオモチャ……。


 だが異端者を認めずかばえば、即刻死刑。


 極端な二択だ。

 異端者を庇う行為──それは普通の異端者よりも遥かに精神が毒されているとして、通常よりも罪が重いとされる。

 洗脳者には救いがないと言うのだが……要するに選択の余地を無くす卑怯な手段だということ。


「さぁ、答え──」

「息子は無実だ」

「ええ、無実です」


 神官長の言葉を遮ったのは父と母、同時の否定。

 彼らはナセルを信じていると────。


 異端者ではないと言い切った。


「なっ!?」


 驚いたのは神官長、そして国王に市民。

 遠くで見学しているアリシアやコージはよくわかっていないようだった。


 その事の意味に気付いたのは関係者ばかり──、


「父さん!? 母さん!?」

 そ、そんなことを言えば!!


「な、なるほど────悪徳に染まりきっていましたか……」

 一瞬、驚愕に顔を歪めた神官長だったが、


「王よ。改心の余地なしと思いますが、」


 形ばかりの追認。

 国家反逆罪の係累でもあるためだ。


「う、うむ……………………。致し方あるまい……」

「では、せめて魂だけでも浄化してあげましょう──」


 すー……と、手を掲げる神官長。

 国王も重々しく頷く。


「よ──」


 よせ!


「やれッ」


 振り下ろされる手にしたがって、拷問官が構える槍が一斉に付きだされる。


「ナセル」

「ナセル」


 父と母の最期の言葉。


 召喚士になるため、学校に入校して以来──軍、冒険者と忙しくしていたナセルは疎遠になっていた。


 年に数度顔を見せる程度になっていたとはいえ、嫌いだったわけではない。


 嫌いなわけがない!!


「やめろーーーーーーーー!!!」


 ナセルの絶叫が、父と母を貫く肉を穿つ音をかき消した。

 消したが…………。


 急所を貫かれた両親が助かるわけもなく。

 声もなく絶命する場面をただ見送るのみ────。


 その光景はナセルをして、絶望の中の更に奥を抉る傷となり、もはや声すら…………。


「ぃ、ぃやーーーーーーーーー!!!」


 かわりに叫んだのはまだ幼い義妹。

 ナセルにかわり両親の愛を一身に受けていたであろう愛しい娘────。

 今のナセルにとって、最後の肉親。その娘が恐怖と絶望のあまり叫ぶ。


「や、やだ! いやいやいや!! やだぁーーーー!!!!」


 股関が瞬く間に汚れていく。

 それを見て笑う拷問官に、こんな光景に慣れた神官長は呆れ顔。


「見なさい。この無様な姿を! 異端者を庇う愚かな姿を!」


 さすがは異端者を裁くプロだ。

 凄惨な処刑すら市民の興奮を高める材料にしてしまう。


「人類の怨敵たる魔王に与する愚か者の末路です! 良いのですか? 皆さん、魔王の侵攻で親しき者を失った者もいるはずです。……いいのですか? 皆さんッ」


 …………。


「……ぃだ」


 ポツリ。


「死刑だ!!」


「そうだ! 死刑だ!!」

「俺の兄は魔王軍に殺された! そうだ! 死刑だ!」

「殺されて当然だ!」

「死刑だ! 死刑だ!」

「殺せ!」


 殺せ!


 殺せ! 殺せ! 殺せ!


 殺せぇぇええ!!!


 ワッワッワッワッ! と、市民が沸き返る。

 無実のナセルの両親の死を悼むことなく、興奮する。


 次に刃にかけられそうな、美しい少女の死を望む。

 次に貫かれる、気高く美しい女騎士の絶命姿を望む。


 殺せ、殺せと叫ぶ。


 それを見て神官長はニヤリとほくそ笑む。

(クズどもめ、ちょろいな)


 拷問官たちにコッソリと指示をだし、血にまみれた槍でナセルの妹をつつかせる。


 肌を破らないギリギリの力で、


「さぁ、少女よ──次はあなたです!」

「いや! いやいや! イヤァ!! あぎゃぁぁあ!!!」


 チクチクと肌を刺す槍の穂先にパニックになっているリズ。

 もはやまともに答えることもできずに、垂れ流すのみ。


 そのあわれな姿に普通なら憐れみを覚えそうなものだか、市民は興奮のままゲラゲラと笑い転げる。


「や、やめろ!! 俺を殺せ! リズは、大隊長は関係ないだろ!!」


「口を慎みなさいナセル・バージニア! さぁ、リズといいましたね? 答えなさい」


 ここぞとばかり、畳み掛ける神官長。


「あなたはナセル・バージニアの罪を認めますか? 彼が異端者であると、認めればあなたは許され──」

「み、認めます! 認めます! 認めます!」


 リズは涙と鼻水にまみれた顔で何度も頷く。


「認めます! お、おおお叔父ちゃんは異端者です! だから殺さないでぇええ!!」


 うええええ──。


 泣きじゃくるリズがナセルを異端者だという。

 人類の裏切りものだという。


 それを聞いたナセルは──────。


 晴れやかな顔をしていた。

(そうだ、それでいいんだ──リズ)


 初犯のナセルは死刑にはならない。

 ドン底に叩き落とされてノタレ死ぬだけだ。


 何も家族まで巻き添えで死ぬこともない。

 だから、それでいいんだ。


 泣きじゃくるリズは、一瞬だけ正気を取り戻したかのように、ハッとしてナセルを見る。そして、その表情を凍りつかせた。


「あ、あ、あ、あぅぁ──わ、わた、私……」


 その顔は、後悔、恐怖、羞恥、──そして罪悪感。

 リズが背負うべきでない罪悪感。


 そんなもの──!!!



「違う!!」

「そうだ、違うぞ」



 ナセルの否定の言葉を追認した声があった。


「おや? シャラ・エンバニア殿? 今、なんと?」

 わざと詰るような口調で問う神官長に対して、ナセルの元上司であり、現役の野戦師団大隊長のシャラは毅然とした顔で言い放つ。


「違う。──そう言った」


 ふむ?

 神官長は首を傾げる。そして国王に顔を向けるも、彼も同様に首を傾げる。


「それはどういう意味ですかな?」

「言葉もわからんのか? 聖女信仰とやらは脳を退化させるらしいな」


「な!?」


 突然なじられて神官長は顔を赤くする。


「せ、聖女を愚弄する気ですか!」

「ははははは! 頭だけでなく耳まで退化しているようだ! いや、腐っているのか? おお、そういえばここは腐った臭いがプンプンするな」


 シャラはその美しい顔を恐怖ではなく、誇りに染めて泰然とした態度で言い放つ。


「あ、あなたは!」

「処刑か否かの二択しかあたえずに選択を迫る。しかも、まだ幼子に?」


 すぅぅ、








「恥を知れッッッ!!」








 シン──────。


 一瞬で水を打ったように静まりかえる広間。

 あれほど騒いでいた市民すらピタリと静まる。


 神官長も国王も微動だにできない。




「ナセル・バージニアは無実だ」




 燐と言い放つシャラに、誰一人対応できないものの、

 その時間がいつまでも続くはずはなかった。


 腐っても、……いや腐っている神官長はこれでも、聖女教会の大幹部。

 潜り抜けてきた修羅場は山とある。


 だから、いくらでも恥を恥とも思わず、反抗的態度に対する慈悲を知らなかった。


「や、やかましい! この魔女がぁぁぁ!!!」


 拷問官から槍を奪いとると、下手な手つきで彼女を貫かんとする。

 それを受けても動じないシャラは、端から槍の動きを見切っていた。


 バリバリ! と、衣服が破れるだけで肌は少しも傷つかない。

 白い素肌を晒しても毅然とした態度を崩せないシャラは言う。


「こんな場を設けてしまった以上、意地でも貴様らは非を認めないだろう、違うか? それに何があっても今更処刑を諦めまい。だが、覚えておけ──これはただの私刑だ。恥と欲にまみれた腐敗した裁きだと!」


 異端者審問? ふざけろッ!

 魔女狩り? ほざいていろ!


「ナセル・バージニアは無罪! 全ては他人の妻を欲した勇者と、勇者をもて余している国王、聖女の名を傘にして権力を欲しいままにする教会、金と保身に走ったギルドマスターとその仲間────そして、愛を知らぬ恥知らずの妻アリシア! お前たちの仕業だ!」



 断じて、ナセルに悪いことなど──────、


 ──────ないッ!!!


 

 そう言い切った。


「リズ──といったな? お前が気にやむことはない。立派だ。両親の死を前にして、ナセルの視線に怯えたお前は恥を知る立派な人間だ。……胸をはれ! 生きて生きて、生き抜け!」


 異端者を認めたリズは、罪には問われない。ただ、ナセルにかけられた国家反逆罪の係累としての数年間の奴隷生活が待っている。

 

 だが、今ここで命はとられないだろう。

 生き残るのはリズと、初犯のナセル。


 ここで確実に死ぬことが決まっているのはただ一人。


 誇り高き騎士。

 野戦師団大隊長シャラ・エンバニアただ一人。


 公然と神官長を詰問し、国王を、そして勇者を批判した彼女に生き残る道はなかった。


「ナセル────すまなかった」


 そして、誇り高き彼女は何故かナセルに謝罪する。


「だ、大隊長?」

「はは、こんな時まで大隊長か……」


 シャラは寂しげに笑う。


「な、なんで謝るんです?! あ、ああ、謝るのは──」

 俺のほう──。

「いいんだ。言いたいことを言えた。それに、あのギルドマスターのことを知りながら、仕事を斡旋した私の責任は重い……」


 ジッと見つめる先にいるのは、ギルドマスターらしい。

 剣聖の子孫と言われる誇り高き一族の末裔たるその男を。


「この国の……、勇者に頼りきる姿は醜かった。それを恥とも思わず、醜悪な個人に頼るその危険性に気付かない愚かさ。そして、それを誰も指摘しない無知さ加減にいつか物を申したかったんだ────ずっとな」


 嘘だ。


「──最後にお前を出汁ダシにしてすまなかったな……ナセル」


 張り付けにされたまま美しく笑うシャラ。

 そこに群がる拷問官と、国王が命じたのか近衛兵すら殺到する……。


「な?! お、おい。よせッ! やめろぉぉお! 大隊長は、彼女は──シャラは関係ないだろう!?」


「黙れっ! 黙って聞いておれば無礼千番! こんな奴がワシの配下の騎士であったとは!」

 いつの間にか神官長を押し退けて前に進み出た王が、兵士に指示を出して高々と薪を積み上げさせていた。


「私のみならず、聖女信仰を愚弄する魔女よ!」


 魔女よ!!!


「焼け!」

「焼き殺すのです!」


 国王と神官長は同時に命じる。

 市民も今度は同調する。


 焼け! という、その声に──。


 新しい処刑ショーに興奮する市民たち。

 凛とした女騎士の最後を見せろと興奮する!


 焼け、焼け、焼け、焼け、


 焼き殺せ!!!!!!!



 魔女を焼き殺せぇぇええ!!



「おうよ!」


 スタンと広間に降り立った人影。

 抱き締めていた、アリシア・・・・をゆっくりと地面に下ろすと、民衆と王と神官の前に立つその人。

 いや、立てる・・・その人────、


 勇者コージ。


「待たせた──よな?」


 そう。

 国王が命じ、

 神官長が命じたならば、

 同時にその命を受けることができるものは、この国には一人しかいない。


 近衛兵は国王に、

 拷問官たちは神官長に従う。


 そして、民衆に応えることができるのはただ一人。



 勇者。



 コージは素肌をさらすシャラをしげしげと眺めると、

「あーあ、いい女なのになー」

「ちょっと、コージぃぃ」


 人目も憚らずイチャつく二人だが、

 シャラの冷たい視線に、態度を改める。


「噂通り醜悪な男だな。勇者コージ」

「へぇ? 生意気そうな女は嫌いじゃないぜ? ま、」


 すーーーー、と聖剣を正眼に構えたコージは、


「──好きでもないけどな。味見くらいはしたいもんだが……」


 今は・・しゃーないわな?


「ゲスが」

 ペッとシャラが吐き捨てた唾が頬にあたるも、コージはそれをペロリと舐めとり、


「アバヨ」


 バチバチと輝く炎をまとわりつかせた剣を一瞬で振り下ろす。


「ナセル、わたしは──」

 儚げな笑みを浮かべたシャラの最期の言葉。

 それを聞き遂げる間もなく、




 ボオォォォオオオオンン!!!




 真っ白な火柱が立ち上がり、シャラを張り付けた教会十字ごと燃やし尽くす炎が立ち上る。


 や、


「やめろーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

「きゃぁあああ!!!!」



 ナセルとリズの悲鳴が上がるなか、

 見守っていた民衆は沸き返る!



「「「「うおおおおおおおおおあ!」」」」」



 空まで昇らん長大な炎に、一瞬でかき消えるシャラの姿。

 その姿を目にしたナセルは、絶望と絶望と絶望の果てに頭が真っ白になる。



 神官長と国王が連名でナセルの異端者審問を終えると叫んでいるのを聞くともなしに聞きながら、彼の意識は地の底に落ちていく。


 思考は真っ白なまま、意識は暗く、心はグレーに染まり──もう何も考えられなくなった。



 ──ちゃん……!



 誰かが、最期に名を呼んでいた気がしたものの、もはやナセルには何も考えられない。


 父も、

 母も、

 理解者も…………。


 残るは仇のみ、

 それすら今のナセルには考えるのも辛く。意識の範疇から意図的に消していく。


 今は、ただ白く暗く、灰色に染まった心のみ────。







 もう、何も考えたくない。






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