2.鍵屋とフリーペーパー


 街のそれぞれの段や、それぞれのお店には、ランプが掲げられています。たくさんのランプの灯が、永遠に続く<星のはしご>を暖かく包むのです。

 <星のはしご>の縦に伸びる空間には、音楽のような共振音が鳴り響きます。でもこの音楽に、住人達は気づいていません。少年だけに聞こえています。

 少年は、お兄さんと、どんどん段を降りていきます。

 段のそれぞれには、それぞれの生活があります。

 小さな丸テーブルをはさんでウノをする2人。

 段に腰掛けてラジオを楽しむ女性。

 なにかの自動販売機。

 キッチン。

 本棚。

 こちらの段からあちらの段まで紐を伸ばして、洗濯した色とりどりのシャツを干すおばさん。

 そのシャツの干されたそばを、また空から下へ旅人が落ちていきます。

 身体をひねって足を伸ばして、不思議な姿勢で本を読むメガネの男性。あの本は角度を変えると物語が変わるので、ページを微妙な角度に保とうとして、あんな姿勢になるのです。この男性はこうやって何十年も、1冊の本を読んでいます。男性は前に少年が通った時にも、この場所で本を読んでいたのでした。


 途中、鍵屋さんがあったので、少年は海岸で拾った鍵を渡します。

 鍵屋のおじいさんは読みかけの新聞を畳んでカウンターに置くと、無言のまま鍵を受け取り、ルーペを覗いてまじまじと鑑定を始めました。

 お店の壁にはびっしり、あらゆる種類の鍵が飾られています。

 鍵屋さんは、砂浜に打ち寄せられる鍵を収穫して、こうして売っているのです。

 それぞれの鍵は、宇宙のどこかにある、どこかの扉を開けられます。

 おじいさんは満足そうにため息をつくと、少年が渡した鍵を他の鍵といっしょに壁に飾って、無言のまま、また新聞を読み始めるのでした。

 「ねえキミ、その鍵はどこで拾ったの?」

 お兄さんが聞きました。

 少年は鍵屋さんをあとにして、段をくだりながら答えます。

 「けさ拾ったんだ」

 「今朝?」

 「そう」

 「でも、この街に海はないでしょ。あの鍵屋さんの鍵は、みんな星船から仕入れた鍵だ。キミはどうして鍵を拾ったの?」

 「……しらない」

 「ふうん」

 なんだか嫌だな、と、少年は思いました。

 「僕はね、旅行会社で働いているんだ」

 お兄さんは話を続けます。

 「この街でp-T.O.Tが検出されてね。微量だけど、でもこれってちょっと変なんだ。この街には、星船以外にこの街の外と行き来する手段があるらしい。ねえキミ、何か知らない?」

 「……しらない」

 「ふうん。そっか」

 「あっ」

 少年が、思わず走り出します。

 フリーペーパー・スタンドです。

 フリーペーパー・スタンドは、この宇宙の様々な場所にあります。配信されるフリーペーパーを、印刷することができるのです。

 でも、読みたい号が印刷できるとは限りません。

 少年が印刷できたのは、Planetarium Ghost Timesの”Pranetaria20456 m11.d25 NO.LF0co23-1”と書かれた号でした。

 「へえ、君もPlanetarium Ghost Times好きなんだ」

 こくん、と少年は頷きます。

 「その様子だと、ダブりかな」

 こくん、と、また少年は頷きます。

 フリーペーパー・スタンドには時差があるので、どの号のフリーペーパーが受け取れるのか、印刷するまでわかりません。最新号は、この宇宙のどこかで今も書かれているのでしょう。でも、それが読めるのは明日か、それともずっと未来のことかもしれないのです。

 少年が印刷できたその号は、少年がすでに4回出会った号でした。

 「あー、僕もこの号は何回か読んだな。キキリリとコーパス海岸駅の記事だね」

 コーパス海岸駅は、惑星コトンにある駅です。少年はもう何度もこの記事を読んだので、コーパス海岸駅で人気だというTAMAGOサンドとBUTA-NIKUのソーセージのセットが、すっかり食べたくなりました。

 「この記事書いたの、僕の知り合いなんだ」

 「えっ」

 「署名あるでしょ。ほらここ。”著・PGT観光局特別派遣員303”って。僕の知り合い」

 「そうなんですか」

 少年も、いつも記事の記者名は見ています。特別派遣員303は、少年が特にお気に入りの記者でした。

 お兄さんは、その記者と知り合いだと言います。少年はお兄さんに、少しだけ興味がわいてきました。

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