第7話 獣なき収穫祭
獣への対策として、村長は流れの狩人を雇った。今までも害獣の被害が増える度、定期的に狩人を招いてきたが、今回は急募という形を取った。
依頼を受けて現れたのは厚手の皮革(ひかく)を着込み、黒い毛皮をコート代わりに肩にかけた粗雑ともいえる風貌の中年の男だった。
狩人は報酬に金ではなく獣の毛皮と肉を望んだ。革細工職人やジビエを扱う料理人にツテを持っており、高値で取引できる算段がついていた。
狩人はすぐさま森へ踏み込み、たった数日の間に何匹もの狼を仕留めた。
彼の実力を確信した村人たちも自主的に捜索に加わり、範囲を拡大して調べ回った。
しかし、どれだけ手を尽くしてもマーリャたちが遭遇した大型獣だけは確認されなかった。なぜか死骸さえも見つからず、獣の実在を示す証拠はソレルの腕にうっすらと残る噛み痕のみとなってしまった。
狩人は異常な執着心を持つ大物の情報が誤りであったとみなして失望を隠さずにいたが、狼の群れの死体を全て報酬として受け取ることで手を打った。
屠殺(とさつ)小屋の一角を借りてみるみるうちに皮を剥ぎ肉を削ぎ、骨も余さず乾燥させて縄で括る様はやはり手慣れていた。
森で命を絶ってから運んできているため、豚をしめる時のような派手な物音や断末魔はなかった。
大量の加工品を馬車に積んだ狩人を見送って間もなく、大豚の連れ帰りとウサギ狩りが再開された。
獣騒動の影響もあり、例年の催しである収穫祭まで日があまり残っていない。
弓矢を携えた村人たちに紛れて今度こそ仕事を完遂させようと気負うディアンを助けるべく、マーリャはセルマと共に奔走した。
ディアン本人の努力と周りの協力の甲斐あって、狩猟は滞りなく順調に進んでいった。
特別太った豚はメインディッシュ用に丁寧に捌(さば)かれ、ほどほどの体の数頭は余さず塩漬けや燻製に加工された。跳ね回っていたウサギも似通った処理だった。
保存のきく肉類は冬場の貴重な食料となり、とれた数が多ければ商人に売れる。豚の場合は育てた分の手間賃として養豚家の取り分が大きく、ウサギは狩った者の取り分となる。
数年先の未来を考え、いたずらに狩り尽くすような真似は禁じられていたものの、収入を増やそうとする熱心な活動は止められない。
だが、今年は放ったはずの豚が大量に数を減らしており、ウサギも非常に少なかった。領主の獲物とされ村人は狩ることが出来ない鹿までも、容易には姿が見えなかった。
おそらく、あの獣や狼が必要以上に暴れ回ったせいだ。肉食獣が生息する森である以上、想定を下回っても何らおかしくはない。年々被害が激しくなっているようなら、資産を使って狩人に定住して貰うことも視野に入れよう。
誰かが口にしたその言葉に大多数が同意し、ひとまずは黙々と狩りを続行した。
周りの動きに倣いながらも、マーリャの心の中には小さな疑問が残った。動物が動物を糧としたなら、虫のたかる死骸や骨がそこかしこに転がっているはずだ。
それなのに腐敗臭はほぼなく、草木をかきわけてようやく骨片が見つかる程度。
骨まで余さず食われたかーーもしくは、一匹一匹を丁寧に埋めた者がいるのではないかと思った。
自分を含め、村人たちは日々の作業に追われていて自由時間が少ない。特に最近は獣がいて、子供は立ち入りを禁じられていた。
可能性があるとすれば、あの襲撃の日に森に留まり、獣の捜索にも関わったと聞くジョサイアくらいだろうか。
彼が怪しいと仮定しても、なぜそうする必要があったのかまでは分からない。
「埋めて、何か悪いことが起きるわけでもねえしの……」
マーリャは幼い頃、子ウサギを拾って家の一角で飼い、冬が越せずに死なせてしまったことがある。
将来的に食べるのを見越していても愛情を注いだ生き物の死は悲しく、墓地の木の下を掘って簡素な墓を立てた。
名前をつけてはいけないと言われて名無しのままだったが、子ウサギのつぶらな黒い目や頻繁に鼻を動かす仕草は今も心に残っている。
むきだしの死骸を捨て置けなかったとみなせば、地面が小綺麗になっている現状にも頷けた。とはいえ土を掘り返して自分の推理を確認する気はない。
マーリャは前方の草むらにウサギの真っ直ぐ伸びた耳を見つけると、何ごともなかったかのように弓に矢をつがえて撃った。
自分の中で違和感なく納得のいく答えを出せれば十分であり、真実は重視していなかった。
この件について、想定以上の理由が存在するなど思いも寄らなかった。
余裕のある収穫とはいかなかったが、収穫祭は無事に開催された。
襟や袖口に刺繍を施した長袖のシャツを着て、数珠玉で作った首飾りや腕輪を身につけるのが村での伝統となっている。
色や模様には魔除けの意味合いが込められており、子や自分の無病息災を願い毎年のように衣装を新調している家もあった。
幼少期に風邪を引きがちだったディアンは特に、いつも手の込んだ服を着せられていた。
成人を控えた今年は特に気合いが入っており、大きなビーズを縫い付けた立派な帽子が目に付いた。
歩く度に音が鳴るのがよほど嫌だったようで、会場で被っていたのはほんの数分にすぎなかった。
腕が治ったばかりのソレルに帽子をゆずり、テーブル席にいたマーリャとセルマの方へ近付いてくる。
「見えとったぞ。こっちは無理矢理着させられたんに、失礼な奴らじゃの」
二人とも吹き出したり、こそこそと話していたのを聞かれていたようだ。
「いやいや、悪うは言うてないよ。ええ大人になって欲しいなぁていう気持ちがよう伝わってきて、羨ましいねってマーちゃんと話しとっただけ」
セルマはこみあげてくる笑いを隠さず両手を横に振った。
「ならお前ら、持ってきたら被るがか?」
「ディアンのためのもんやろ、遠慮するわ」
話を振られたついでにマーリャもセルマと似通った笑顔を浮かべる。
ぎろりと睨み付けてくる視線は鋭いが、特に恐怖などは沸いてこない。
「はぁ……で、お前はまた同じ服か、マーリャ。袖が足りとらんて毎年言うとる気がするぞ」
ため息混じりの指摘通り、マーリャの衣装は数年前、背が伸びてきた頃にあつらえた品だ。
当時は手首が隠れる丁度良い長さだったが、成長にともなって今は七分丈になっている。
前腕が見えている分、赤い二連のビーズが目立った。
「せやってこれ、ええ糸で織ってあるし、ほつれも穴もないんやもん。勿体なかよ」
ディアンやセルマの白々とした衣装と比べれば少々毛羽立ちが見られるものの、まだまだ実用に足ると考えていた。
綺麗に洗って保管しているし、一年に数回しか着ないのだから頓着せずとも良い。粉挽き小屋の使用料という定期的な収入は生活のための大切な資金であり、将来のためにも貯めておくべきだ。
そういった持論をもって、今年こそはと提案してくる母親を逆にやり込めてきた。
セルマは新調派ながらマーリャの姿勢に理解を示してくれている。しかし、ディアンは毎回不満を示していた。
「……ボロを着とったら台無しや」
「ん?」
「何も言うとらん。セルマ、踊るぞ。一回はやらんと後が面倒くさいわ」
「えっ、うち? ま、まあ……ええよ。足踏まんよう気をつけるけ」
素っ気なく差し出された手をセルマは少々意外そうな、けれど嬉しげな表情で取った。
祭りの間、決まった時間帯に音楽を趣味とする村人が横笛やリュートを奏で、音に合わせて男女一組で輪舞を踊るのだ。
パートナーは途中で変えてもいいし、互いに意中の相手であるならしばらく踊り続けても良い。厳守されるべきルールはない気ままな舞踏だった。
幼馴染み二人は身長差や体つきがよくつり合っていて、お似合いという言葉が自然と浮かんでくる。転びそうになるセルマを、ディアンが親身に支えてあげる場面などもあった。
「器用やのう」
マーリャは踊る人々に目を配りながら切り分けた豚肉のソテーを口に運んだ。
テーブルに用意された食事の中で豆のスープやカブのサラダなどは日常的なメニューだが、生肉を使った料理はめったに食べられない。
舌鼓を打つことに気を取られていると、遠目にジョサイアの姿を見つけた。
マーリャのいるところとは離れたテーブルに一人で座り、カラになった皿を前にして深く俯(うつむ)いている。
小さく揺れている点からして、食後のうたた寝をしているようだった。
怪我の治療を経て彼に懐いたソレルが寄ってきて身を揺らし、例の帽子を被せても起きる様子がない。
年の離れた兄弟のような光景にマーリャはほんのりと和み、暇ならば踊りの相手になって貰おうと自ら声を掛けに行った。
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