八.失われし翼 ②

スラウは突然の光に目を瞬いた。


「出ろ」


声に従ってのろのろと這い出す。

飛び込んできた光景に思わず顔が強張った。

いつの間にか城まで戻ってきていたらしい。

夕暮れの橙色の光に照らされた広場はどことなく哀愁漂っていた。

引きずられるようにして立たされたスラウを通りすがりの人々が何事かと遠巻きに見ている。


「お前は王族のドラゴンに手を出した。この罪は重い」


引率者の言葉に見物人がざわついた。


「あの、すみません、どういうことか……」


「とぼけるな!」


鋭い声に思わず下を向いた時、城から長たちが飛び出してきた。


「何事だ?!」


水の長ヘラルドの切迫した声が響き、肩がビクッと震えた。

スラウの肩を掴んでいた人は誇らしげに胸を反らせた。


「ヘラルド様! 規範を犯し、王族のドラゴンに手を出した者がいたので……」


「だから何事だと聞いているんだ! 何だ、この犯罪者のような扱いは!」


怒号が飛ぶことを身構えていたスラウは予想外の言葉に耳を疑った。

それは彼も同じようだった。


「しかし、ヘラルド様、こいつは許され難き……」


「許されるか許されないかは君の決めることではないよ、ケスター。今すぐその手を離しなさい」


「あんたたち! 用もないのに突っ立っているんじゃないよ! さっさと行きな!」


火の長リアが遠巻きに見ている者たちを追い払った。

見物人は波が引くようにすぐにいなくなり、広場は再び閑散とした雰囲気に包まれた。

木の長タイトンが呆けたように突っ立っているスラウたちを手招いた。


「おいで」


***


スラウたちは会議室に連れて行かれた。

中庭に面した大きな窓にベージュ色の壁に焦げ茶色の木の板の床。

天井からは草や花を彩ったレリーフが施された照明がぶら下がっている。


「ケスター、今回の引率の代表は君だね?」


タイトンが口を開いた。

引率者の1人がスラウを睨んだまま頷いた。


「よろしい。では、君とスラウはここへ腰かけて。その他の者は帰りなさい」


他の者は互いに顔を見合わせていたが、ケスターと呼ばれた青年が手を振って合図すると部屋を出ていった。

スラウも彼に続いて席につくとタイトンが口を開いた。


「前置きは省こう。聞いた話によると……スラウは王族のドラゴンと接触したということだが?」


「はい。立ち入り禁止にも関わらず、です」


「ケスター、あんたには聞いていない。黙れ」


リアの冷たい声にケスターは唇を噛んだ。


「スラウ。それに関して何かあるかい?」


ヘラルドの質問にスラウは俯くと膝を掴んだ。


「あの……私、よく分からなくて……何故あそこに居たのかも分からないんです」


「記憶が無いということか?」


「……ありません」


「覚えていることは?」


「舎でドラゴンを探していました。それから耳鳴りがして……その後……その後は何も……」


「気がついたらドラゴンのところに居たと?」


「はい」


「そうか」


頷くスラウを見つめたままヘラルドは頬杖をついた。


「……ペテン師が」


小さく毒づくケスターにヘラルドは片眉を吊り上げた。


「どうした、ケスター。何かあるのか?」


「こいつの言っていることは絶対にありえません。だって、柵が全部開けられていましたから」


「鍵は?」


「勿論、僕の手にあります」


ケスターの掲げた鍵の束につけられたおびただしい数の鍵にスラウは目を丸くした。


「こじ開けられた跡は?」


「ありませんでした。絶対に故意でなくては開けられません」


「ケスター。聞かれたことのみ答えろ」


リアが口を開いた。


「スラウ、あんたにも質問がある。あれの正体を知って近づいたのかい?」


「いいえ。あの、すみません、パートナーに選んだつもりはないのですが……」


「あんたも聞かれたことのみ答えろ。あんたたちが関係を築いていることは既に確認されている」


まだ理解しきれていない様子のスラウを見てリアが続けた。


「あたしたちは知ってるのさ」


王族のドラゴンとパートナーになった……

唖然としているとケスターが口を挟んだ。


「そんなはずない! ドラゴンは一生の中で1人しかパートナーを選ばない。気高く、そして主人との忠実な関係を築く、それがドラゴンでしょう?! それがこんな……こんな下等身分かとうみぶんのヤツを……っ!」


「口を慎め。戯けが」


リアの口調は怒気を孕んでいた。


「あんたは何年ドラゴンに関わってるんだい? 我々がドラゴンを選ぶのか、ドラゴンが我々を選ぶのか、どっちだ?」


ケスターは言い辛そうに視線を彷徨わせた。


「それは……ドラゴンが我々を選びます」


「早とちりでスラウを犯罪者扱いしたのは良くなかったな」


「……はい。申し訳ございません……」


ヘラルドの言葉にケスターは消え入るような声で返した。

悔しそうに唇を噛みしめている。


「もう下がりなさい、ケスター君」


タイトンの言葉で彼は椅子から立ち上がると、長たちに一礼して部屋を出ていった。

扉が叩きつけられるように閉められた。

しばらく室内は静寂に包まれたが、リアが口を開いた。


「大丈夫かい?」


「……はい、リア様」


「今回のは私の伝達ミスだ。申し訳ない」


「い、いえ、あのっ、だ、大丈夫です! 多分……」


ヘラルドが可笑しそうに小さな声で笑う横で木の長タイトンが重々しく口を開いた。


「スラウ。周りが何を言おうとパートナーとしての自覚を持って接するようにね……さ、帰りなさい。外に迎えが来ている」


おずおずと立ち上がった時、今までずっと黙っていた光の長コウルが口を開いた。


「おやすみ、スラウ」


「おやすみなさい。失礼しました」


スラウは長たちに一礼して扉に向かった。

部屋を出ると、廊下の壁に寄りかかるようにしてサギリが立っていた。

温かい手が頭に乗せられた。


「帰るぞ。宿舎まで送る」


もうその言葉だけで十分だった。


***


談話室には灯りがついていなかった。

みんなもう自室に戻ったのだろう。

玄関口で振り返ったスラウは小さく唇を動かした。


「……ありがとう」


「気にすんな。それより……」


サギリは手を頭の後ろで組むと空を見上げた。

癖のない黄金色の髪が風に揺れている。

今日は雲が多く、折角の満月が隠れていた。


「これから大丈夫か?」


サギリの声色がいつになく真剣味を帯びている。

スラウはシャツの袖を握り締めて俯いた。


「……私なんかが王族のドラゴンと組んでよかったのかな?」


「おいおい! 今からそんなんでどうするんだよ?!」


そう言うとサギリは歯を見せて笑った。


「もし耐えられなくなったら俺に言え。愚痴くらいなら聞いてやるから」


「聞くだけ?」


「他に何が出来るんだよ?」


「そ、そうだよね……」


ふと思いついたので聞いてみた。


「あ、そう言えば、サギリのドラゴンは?」


「……俺のドラゴンは死んじまったからいねぇよ」


「何かごめん」


「良いって。知らなくて当然だ。それより、とっとと部屋に帰って寝ろ。夜更かししてると風邪ひくぞ。あ、バカは風邪をひかねぇんだ」


おどけてみせるサギリのおかげで気まずい思いが薄れた。


「また偉そうに! サギリはお兄ちゃんか何かですかっ!」


「ああ、そうだ」


「ふぇ?!」


サギリはスラウの顔を見て面白そうに笑った。


「ここじゃ、みんな家族みたいなもんだろう? 特にお前は……お前がここに来た時に拾ってやったわけだし」


「拾って……って、あのねぇ!」


顔を赤らめるスラウをよそにサギリはおやすみと手を振って去っていった。


彼の背中がすっかり見えなくなるまで見つめていたスラウはふと宿舎の扉に背中を預け、手を胸にやった。


――家族。


天上界に来て初めて聞いた言葉だ。

ずっと家族は地上界に置いてきてしまったような気が拭えなかった。

家族、口にしてみる。

そう思ってくれている人がここにもいる。

それだけで胸が熱くなった。

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