六.授翼式

隊員たちと顔合わせした後の数日は城での訓練を始めるための登録や、宿舎への転入の手続きなど慌ただしかった。

そんなある日、スラウとラナンは隊長のグロリオに呼び出された。


「どうだ? そろそろここにも慣れたか?」


頷く2人にグロリオは目を細めた。


「……良かった。今日呼んだのは、明日開催される授翼式じゅよくしきの説明をしようと思ってな」


「授翼式じゅよくしき?」


「そうだ。あれを見てくれ」


グロリオはステンドグラスを指差した。

今まで何が描かれているのか意識したことはなかったが、こうして改めて見ると光に向かって跪く人物の絵が見えた。

やや下を向き、両手を胸の前で合わせている。

その背中からはガラスからはみ出さんばかりの翼が広がっていた。

優しげな微笑みを湛えつつも、目元や口元からは決意を感じられる。


「ここに描かれているのは俺たち天上人の祖先だ。

天使から使命を授かった時の様子をイメージして描かれている。

この時に翼を与えられ、正式な天上人として認められたと言い伝えられている。

この絵は、初めて翼を与えられた時に祖先たちが感じた責任感を俺たちにも思い起こさせようとしているんだ」


「だから、玄関入ってまず視界に飛び込んでくる位置にこれがあったのか」


「あぁ。授翼式で認めてもらうことが天上人にとって大切な通過儀礼だからな。

今の俺たちには翼がねぇから、式に参加する為の条件は不明確になっているが。

多くは城での訓練が始まる時に、一部の上層階級は生まれて間もない時に参加する。

この式は参加者のほとんどにあたる新入生が城での訓練を始めるこの季節に行われる」


「へぇ……」


「この式は誰でも観覧できるんだ。

会場も綺麗だし、滅多に入れない大講堂でのイベントだからな。その為に休暇を取る人だって居るんだぞ?

評議会の重鎮も招かれるし、そんな人たちの前で名を認めてもらえるんだ。

これはとっても名誉なことだよ」


グロリオの言葉に頷くとスラウは隣に座るラナンを見た。


「明日、ラナンが参加するのってそれ?」


「おう」


ラナンは紙片を振った。


「お前、見に来いよ。どうせ暇だろ?」


「むっ! どうせ暇ですよーだ!」


スラウは唇を尖らせた。

何故か自分には招待状は来なかった。


「ま、どっちにしろ行くけどね。面白そうだし。グロリオは行かないの?」


「いや、俺たちは別の仕事があるんだ。

一口に新入生と言っても個人差はあるからな。

レベル毎にクラス分けしたり、城の案内ルートを確認したり……事務作業が山程溜まっている」


「アイリスも?」


スラウの問いにグロリオは渋い顔をした。


「あぁ。この隊の全員、仕事が入ってる。

あ、待てよ? 確かサギリはこの日に合わせて休暇を取っていたな。聞いてみたらどうだ?」


「でも、サギリさんはどうせカトレアさんと行くよ、多分」


スラウの言葉にグロリオとラナンは顔を見合わせて吹き出した。


「何だ、知ってんのかぁ……あはははっ!」


「そりゃ、あんなに変になるんだもん。嫌でも気づくよ」


スラウは再び唇を尖らせた。


「あいつ、隠し事は苦手だからな……でも安心しろ。カトレアさんは授翼式の司会者。主催者側だから」


「あ!もしかしてサギリさんはカトレアさんを見る為にわざわざ休暇を取ったってこと?!」


思わず声を上げたスラウにグロリオは相変わらず笑いを堪えながら返した。


「それも兼ねて確認すると良いよ」


***


「はぁ……それで一緒に見ようとか言い出したんだな」


サギリが呆れた顔で隣に座るスラウを見た。


「違うの?」


「ち、違うに決まってんだろ! バカ! ラ、ラナンだって出るし……あ、新しくここに来るヤツの顔を見たいと思うのが普通だって!」


「あ、カトレアさん出てきた」


「おい、人の話を聞け……え? どこに居んだよ?」


「嘘でーす! やーい! 引っかかったー!」


「にゃろうっ!」


殴る真似をするサギリを避けてスラウは観客席から身を乗り出した。

大講堂は2階建ての巨大なホールだった。

1階の舞台には6つの台座が置かれており、それぞれの台座には各能力を象徴する色の布が掛けられていた。

台座を見上げるように木の長椅子が等間隔で並べられていて、ワイン色のロープが参加者席と観覧者席を分けていた。

観覧者には1階後方の他に2階にも座席が用意されていたが、2人は朝早くから並んで2階席の1番良い席を陣取っていた。


1階のざわめきが止み、トランペットが鳴り響いた。

新入生が入ってきたのだ。

列をなして入場する彼らはローブを羽織っておらず、お揃いのベージュのベストを着ていた。

この儀式が終わると正式に自分の能力の属性を示す色のローブを身につけることが許されるのだ。


「ラナンどこだろ?」


「ローブで色分けされているならまだしも、この中から探すのは無理だろ……名前が呼ばれるのを待つんだな」


サギリはそういうと大きく伸びをした。

ゴーン――

儀式の始まりを告げる鐘が鳴った。

入場口に帳簿を持ったカトレアを先頭に長たちが現れた。

長たちが揃って台座に腰かけると儀式が始まった。


粛々と宣誓の言葉が読み上げられ、それが終わると長たちと参列者は互いに頭を下げた。

顔を上げた長たちは静かに舞台を降りた。


「え?!」


スラウが勢いよく身を乗り出したのでサギリが慌てて彼女の手首を掴んだ。

舞台の床が音もなく動き始めたのだ。

台座が滑るように脇に押しやられると正面の壁が左右に開いた。

ぽっかりと口を開けた壁の向こう側には階段があり、水晶で出来た台座へと続いていた。

天井の窓からの光を受けてそれは6色に輝いていた。


その場に居た全員が静かに立ち上がった。

長たちがその台座に向かって深々と頭を下げると参列者もそれに続いた。

かつて天使が舞い降り、天上人が誓いを立てた場所。

スラウは畏敬の念を持って頭を下げた。

長たちに続き、参列者もゆっくりと頭を上げると木の長タイトンが口を開いた。


「これより天上人としての命を授ける。新たに志を共にする者たちよ。前に進みなさい」


金の刺繍の入った臙脂色のローブを揺らし、カトレアが新入生たちの座る椅子の前に立った。

彼女に名前を呼ばれた天上人が6色に輝く台座の前に立った。


『アムゾルよ』


どこからともなく響く声にスラウは思わずきょろきょろと周りを見回した。

サギリがちゃんと見ろ、と肘で小突いてきた。

名前を呼ばれた青年はゆっくり跪いた。


「……はい」


『汝、定めを誓うのであれば、汝が名の下に誓いの言葉を述べよ』


「私、アムゾルは天上人としての定めを果たすことを誓います」


彼が誓った瞬間、会場がどよめいた。

彼の背中に大きな翼が広がったのだ。

縁は少し赤く、彼が火の天上人であることを示している。

スラウは思わず腰を浮かせてそれを見つめた。

皆が息を呑んでいるのが伝わる。

物音ひとつしない。

翼は赤い光の粒を舞わせながらゆっくりと消えていった。

会場中がこの素晴らしい現象に心を奪われていた。


『顔を上げて立ち上がれ。汝を天上人として正式に認める』


割れんばかりの拍手と歓声が起こった。

鳴りやまない拍手の中、誓いを立てた青年は立ち上がり、台座に背を向けた。

彼を迎えたのは、火の長のリアだった。

彼女は細い腕を伸ばし、彼の肩に臙脂色のローブをかけてやった。

青年は長たちに深々と一礼して席に戻っていった。

スラウを含め、新入生は翼を授かった彼が顎を引き、真っ直ぐ前を見据えて歩く姿を憧れの気持ちで見つめた。


迫力があり、美しい儀式だった。

天上人の能力の属性によって色は異なるのだが、その色合いや濃さも人により様々で、どれひとつとして同じ色のものはなかった。


「あ! ラナンだ!」

スラウが身を乗り出した。

ラナンの背中から彼が如何に緊張しているかが伝わってくる。


「私、ラナンは天上人としての定めを果たすことを誓います」


その言葉に応えるように薄紫色に輝く翼が広がった。


「綺麗……」


思わず声が漏れた。


「そうだな」


サギリも目を細めて頷いた。


遂に最後の人が呼ばれて儀式が終わりを迎えた。

長たちは台座の前に並び深々と頭を下げると、参列者もそれに続いた。

スラウがゆっくりと頭を上げると、今まで以上に輝きを放つ台座が目に入った。

台座に集まった6色の光は互いに混ざり合い、会場中を眩く照らすと、泡が弾けるように消えていった。

光を失った台座はゆっくりと壁の向こうへ消え、長たちの座る台座が再び舞台に並べられた。

閉会の言葉が終わるとカトレアを先頭に長たちが退場し、会場も再び騒がしくなった。


「さぁて、いよいよ本格的な訓練が始まるぞ。心してかかれよ!」


スラウはサギリの言葉に大きく頷いた。

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