第9話:セーフハウス

「うっ・・・!?・・・あ・・・れ・・・?」

知らない天井が見えた。

天井だけならまだしも、見たことも無い部屋。

「うっがっっ!」

ゆっくりと身を起こそうとした瞬間に身体に激痛が起こり。そのまま後ろに倒れた。

倒れて地面に当たる衝撃が来るかとおもったけど、何かが優しく体を跳ね返す。

柔らかい・・・ベッドの上?

「だめだよ、まだ寝ていなきゃ。身体も治ってないんだから。」

女性の優しい声が聞こえた。

目だけで声のする方を見るとやっぱり女性だった。

ちゃんと見れないけど、黒く肩甲骨まである長い髪でスタイルが良くて多分結構綺麗な人だと思う。

ふわふわとした室内着で寛いだ格好。

部屋においてある装備一式から、彼女が冒険者さんではあることは想像がつく。

「あの、ここは?」

その女性は壁際の引き出しからいくつか草を取り出し、机の上で何かを調合していた様だった。

こっちにまで香るハーブが心を落ちつかせてくれる。

「オーフェンにある私の根城、セーフティーハウスよ。水飲む?」

そう言われるまで口の中がカサカサに乾いていたのに気がつかなかった。

「おっお願いします。」

オーフェン・・・そうか戻ってきたのか。もう戻らないつもりでいたのに。

また、嫌な気分に陥った。

この間まで左手に持っていた物を探したが、見つからない。

酒瓶、何処に置いていっただろう?

動ける目だけで部屋を探したが、お酒はなさそうだ。

喉が普通に渇いた。多分、体の方も水分を欲している。

頭・首を動かそうとすると強烈な痛みが襲うので、目だけを動かして自分の体見ると包帯でぐるぐる巻きにされていた。

この体の中も水分が無くカサカサなのは痛みがあるけど少し動いてみてわかる。

女性はベッドサイドに来ると、僕の背中を支えるようにしてゆっくり僕の体を起こしてくれた。

その支え方は結構慣れた手つきだった。

きっとその手のプロフェッショナルなのだろう。

痛みを堪えて、上半身を安定する位置まで持ち上げると、側にいる彼女の花の様な髪の毛の香りと目の前に見えた大きな胸元にちょっと意識してしまった。

顔も近くで見ると東洋系で、僕と同じぐらいにの年齢にも見えた。

こういう子と、お付き合いすると楽しいんだろうな。

余計な妄想が広がったが側にいる彼女が顔を除いてきた。

考えている事を悟られそうだったので目をそらした。

「持てる?」

飲み物の入ったコップを僕に渡した。

「えっええ。あっつうっ。」

腕を上げようにも痛くて持ち上がらない。

「飲ませてあげるよ。ホラ。」

そう言うと女性は、僕の手からコップを取り、ベッドの上に乗ると肩を抱き頭を固定してくれた。

益々近いその距離感に、暫く女性と触れる機会が無かった僕の心は少しドキドキ。

だけど、すぐに煩悩は退散した。

「うっ!」

苦味のある水だとは思わなかったので、少しふきだしそうになった。

そして乾いた口の中に来た潤いに身体が驚く。

でもすぐに慣れて、僕の卑猥な感情は水分が欲しさに取って代わった。

「ゆっくり飲んでね、ゆっくりね。うんそう。」

僕の飲むスピードに合わせて、ゆっくりとコップを傾けてくれる。

絶妙なタイミングで、ものすごく気を遣ってくれるのが解る。

「私は、冒険者のローリア、回復系(ヒーラー)ね。それ、漢方薬混ぜた水。激しく動いた後、暫く寝てたから体も喉も胃も悲鳴あげてると思う。」

苦いけど冷たくて爽やかな流体が乾いた口から喉にゆっくりと流れ、胃まで清められていく。少しずつ四肢の感覚が蘇ってきた。

飲み終わると、冒険者ローリアさんは、僕からコップを受け取り、ゆっくりと体を支え横にしてくれた。

その際、また彼女の胸に釘付けにされてしまう。

だけど、この優しくしてくれる女性に失礼な奴とは思われたくないのと、紳士な対応しなくちゃと思い疑問も踏まえて口を開いた。

「あの僕は何日ぐらいこうしてたんでしょうか?」

記憶も全て手繰る気力も無く訪ねてみた。

「5日間だよ?」

「5日!」

僕は驚いて身を起こそうとしたが、さっきより酷い痛みが襲い身動きが取れなくなった。

結構、日が立っている。

そういえば店の戸締りしていなかった。まずい。

「ほらダメだよ。無理しないで安静にしておかなきゃ。」

「でも、お店が・・・」

無理して起きようとするが、やっぱり体は全く動かない。

「ダメ!」

女性は強めに僕を叱った。そのまっすぐとした眼で静止させられたら言う事と聞くしか無くなる。

久し振りに、怒られた。

でもなんだか悪くない。

素直に言う事を聞いても良い気がする。

「戸締りもせずに出て来たんでしょう?君のお店は私のクランメンバーが一旦締めて見張ってるよ。」

僕に飲ませてくれたコップを片付けながら話してくれた。

「それに今はお店に行かない方がいいよ。」

今は?その言葉にひっかかったので話を聞こうとしたが部屋の扉が急に開いた。

「ちゃお〜!ローリア元気にしている?元気にしてやってるかい?」

完全武装のボブヘアーの女性が入ってきた。

冒険者さんだとはっきりと分かる。

完全武装と言っても、胸肩腰足回りの装備で、肌の露出は高い。

装備の隙間から見える体は細身だけど筋肉がしっかりついていた。

おへそも出ていて、腹筋ももちろん鍛えられている。

「ちょっと、その挨拶はどうよ?それと入る時はノックはしてって!」

その冒険者は身につけていた装備を外し、床に置いて、部屋の隅にある椅子とり背もたれを腹に抱える様にして座った。

「なに、思春期の娘がお父さんが部屋に入る様な駄々っ子演じてるの。およ!?元気になってるみたいだね。NPC君は。」

「はぁ。」

「今、目が覚めたばかりよ。まだ安静にしなきゃいけないんだから、少しは静かにしてあげて!」

優しい。このローリアさんって人すごく優しい!

見ず知らずの武器商人ですが、怪我人特権でちょっと甘えても良いですか?

「ほら、力を抜いて楽にしよう。」

そうローリアさんが言うと、僕の体をポンポンと軽く叩きテーブルの方へ向かった。

離れて行くと、ちょっと寂しい。

「ローリア〜、どんな感じよ?」

今度は背中に大きな剣を背負っている男性の冒険者が部屋に入って来た。

「ちょっと!勝手に入ってこないでよ!乙女の部屋に!」

「そうだ!変態!」

女性冒険者さんはローリアさんに続いて口を合わせる。

「あなたがそれ言う・・・」

「良いだろ、んなもん。」

男は部屋の中を熟知しているらしい戸棚から敷物を取ると床に落として、その上に座った。

「こら!おまけに何勝手に寛いでるかな!」

ローリアさんの怒った顔も可愛い。

「良いだろ、んなもん。お茶は?」

「自分で注ぎなさい!」

ローリアさんはさっき僕の飲んでいたコップにポットの中の水を注ぎテーブルの上に置いた。

男性は腰を浮かせてそのコップを取ると何も言わずに、飲み干そうとした。

「ぶっ!」

吹き出した。在りがたいことに、誰もいない方向に。

「勝手にのんだね。私のハーブティ。500万lc 頂きます。」

「苦げぇ!たけぇ!てか金取るのかよ!」

「誰も飲んで良いとは言ってないですよ〜。と言うか、本当に少しは静かにして。怪我人がいるのよ!」

そう言うと男は、自分の懐から、水袋を出すとそれを飲み、敷物の上に腰を下ろしておちついた。

「意識はしっかりありそうだね。」

女性の冒険者さんはそのやりとりに肩をすくめると、僕に話しかけてくれた。

「はい、ずっと寝てたみたいなので。」

「私はシャナン、シャナン・ムーン。近接戦闘兵よ。いやぁビックりしたよ。いきなりNPC君が、あの部屋に入って来て倒しちゃうんだもん。私達があれを倒そうとしてたのにさぁ。」

この子の膨れっ面で甘えた様な表情は可愛いと思う。

「つかさぁ、冒険者みんな、お前が持っていった武器目当てで切磋琢磨して、ランク上げて、装備整えて攻略法練ったのに。よくもまぁ、あっさりと全部持っていったな。ああっ?」

何かまずい事をしたポイ。

「えっあっ。すっすみません。」

言葉を発して激痛が走る。

この男の人の威圧感がすごくて、無条件で謝ってしまった。

でも、なんでここに居るのかをまだ思い出せていなかった。

「こら、病人に何凄んでいるの!」

ローリアさんが、僕をかばってくれる。

「ちっうるせーな。」

「人の部屋に来て、うるせーとかどうなの!?」

「わかった、わかったよ、ただ一つだけ聞かせろ。お前は一体なぜあそこにいたんだ?」

「ええっと。それは・・・」

僕はふてくされていた頃に、ある冒険者さんから処分武器を貰って、勢いであそこに居たことを、記憶んも糸を辿るようにして話した。

アルコールで所々飛んでいそうだったけど、何とか状況の前後が繋がった。

「そうそう、その武器シャドウエクスカリバー!確か剣陣丸って冒険者が持ってたはず、あいつ辞めたのか!」

「確か、結構ランク&ランキング上位の冒険者だったよね?」

シャナンさんもどうやら、その冒険者さんの事は知っていたようだ。

「だがその武器を持っていたからと言って、NPCのお前が魔王を倒せる程の力量があったとは思えん。」

「魔王!?」

僕はその名称を聞いて思考が止まった。

なんで、魔王?

「なんだ、なにを相手にしたのか確認しなかったのか?」

「魔王ってあの魔王?」

「他に魔王が居ないと思うけど、あの魔王だよ。」

シャナンさんが答えてくれた。

「あの魔王って、あの魔王。」

「この世界で最強のモンスターの魔王だ!」

えええええ!身体が痛みを忘れさせるほど震えた。

この世界で魔王ったら最強のモンスターで、冒険者が幾度となく挑んだが、返り討ちにされ今まで倒されたことが無いと聞いた。

冒険者さんはモンスターに倒されてもペナルティ喰らって復活出来るが、僕たちNPCはただ消されるだけだ。

それの強さは街が一つ無くなった程で、根こそぎNPCが街から居なくなったとも聴く。

この世界で最大の厄介ごとで、冒険者さんがこの世界にいる唯一の目的だった。

「ったく。なんだよ。なんのイベントだよコレ」

男の冒険者さんは顔に手を当て考え込んだ。

沈んだ空気が流れたが、シャナンさんが僕の側に椅子をもってそこに座ると話始めた。

「彼、あんな事言ってるけど、最初に君と君のお店を保護しようと言ってくれたんだよ。」

「そうなんですか・・・ありがとうございます。ええと、冒険者さん?」

「ドゥベルだ!冒険者ドゥベル・ウルフ!情報得られずに亡くなっても困るからな。」

「そんな事言って〜NPCジョルくんの事、めっちゃ気に掛けてたくせに。」

「なんの事か。」

「僕の事、知っているのです?」

このオーフェン・ベルツで冒険者を始めていれば、僕の武器屋に訪れるから出会っているはずだけど、この人達とは会ったことが無い。

だから彼らは違う都市からやってきた冒険者なのだろう。

「ほら、カレンちゃん。君好きだった子なんでしょ?」

「えっ!?・・・ななななんで?」

動揺した。僕の思いが見ず知らずの冒険者に知られてるなんて!

誰かに話した事は全く無い。

「みんな知ってるよ!私達は、いつ君たちのイベントが始まるんだかって楽しみにしてたんだよ。でもなんにも起きないからさっ!」

「へたれ通り越して、同じ男として情けないぜ」

「こう言う彼も実は、ラブロマンスな話は大好きで、期待してたのよ。」

ローリアさんがドゥベルさんの顔色気にせずに言った。

「そしたら、この間のイベント報酬に結婚でしょ。長年の思いを一瞬で奪われて心配してたんだよ。この男は。」

シャナンさんも楽しそうに顔がにやけた状態で話した。

「ウルサイなお前ら。」

「その優しさと気配りを私達メンバーにも配って欲しいわ。」

ローリアさんが深いため息をついた。このクランの中では世話焼き女房ぽい感じだ。

「まぁいい。今日はもう遅いし、体調戻ってから本格的に聞くわ。ほら行くぞ、シャナン!」

「え〜。私も、お茶したい!」

「病人が休まらんだろ。」

「やっさしーね。ドゥベルくんは。じゃぁね。ジョルくん」

そう言うと、ドゥベルさんと、シャナンさんは部屋から出て行った。

「さぁ。とりあえず色々気になることがあるだろうけど、身体休めてね。」

「はい。」

急に部屋が静かになると眠気が再び訪れてそのまま深い眠りに落ちた。

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