第10話:カルヒルブの女将
「で、あんな感じだ。」
翌日、とりあえず動ける状態まで回復したので、ローリアさん、ドゥベルさん、シャナンさんに送ってもらう事になった。
だけど移動途中で僕の店の前にある、宿屋兼居酒屋カルヒルブの裏口に誘導させられ、2階窓から僕の武器屋をドゥベルさんが指さして確認を促された。
店の前が冒険者で溢れている。
「なんで!?」
「そりゃあれだよ。今まで倒せなかった魔王を倒したNPC君に話しかければ新しいイベントが始まると思っている人と武器を一目見たいと言う物好きで、あの通り。」
「武器?」
「お前が魔王を倒したときに手に入れた、その『Matobin A316』って弓。それをお前が手にしたことで、店の商品ラインナップが変わったんじゃないかって噂にもなっている。武器のデモンストレーションが見たいって奴もな。」
魔王を倒した報酬は、シャナンさんのセーフティーハウスを出る前に冒険者さんに再度経緯を説明して、武器を確認した。
名前は今まで見聞きした事の無い文字だったけど、冒険者さんは何となく読めた。『マトビン エースリーワンシックス』と呼ぶらしい。
『Matobin』の意味は全く解らない。ただ奇妙な名前の武器。
冒険者さんの世界でも使っていない単語。
「魔法瓶でもないし。魔法に関係する事か?」
「瓶じゃないよね。どう見ても弓だし。魔法は関係するんじゃない?こういった物だし。」
実際に使って試してみないと、どれほどの性能で効果もあるのか解らなかった。
木製で派手な装飾も無くシンプルで美しい。弓を弾くと気持ちいい音がピーンと鳴る。
強そうには見えないが品位がある。
「あの中には君を仲間にして連れて行きたいというクランもいるかもね。」
シャナンさんは窓枠に肘をつき、その光景を楽しんでいる。
「にしてもみんな暇だよね〜。扉の前にいる人なんて、あの日からずっとあそこで待機しているのだもん。新商品発売日かっての。」
「その武器をそのまま売れればあながち間違いじゃないだろ。売れないけど。」
この世界には、他の人に譲ることが出来ない武器防具アイテムがある。
魔法的なのかわからないけど、このMatobin A316も持ち主制限(トレードプロテクション)が掛けられてて他の人が持ち去る事が出来なかった。
「廉価版商品ぐらいは出ると思ってる人もいるんじゃ無い?」
シャナンさん、ゴメンナサイ。そんなもの作れません。
「あの群れにいる人々の思いはそれぞれだろう。にしてもどうするかな?あの中の行くの。」
「店の中で待機している、ミラン君もそろそろ限界なんじゃ。」
そういえばローリアさんのクランメンバーが見張っているっていってたっけ?
ミラン君?ミランさんという人が、僕の店を見ててくれたのか。
みんなで対策を悩んでいる所に1人の女性が入ってきた。
「おや、噂の坊やじゃないか。元気にしてたのかい?」
「ジアさん!」
NPCジア・ハローフレアさんはこの店のオーナーの女将だ。
力のありそうな体格の良い女性で今50代だったかな。
「うちの若いのがあんたが戻ってきたって言うから、様子見に来たのよ!音沙汰もないし、お店もあんな状態だし。どうしたんだかと心配したよ。」
「すみません・・・」
あんまりこの人にも心配をかけたく無いから、今日はここに来たときに、挨拶をしていなかった。
ジアさんとは僕の店の前に商売を構えている関係で顔見知りではあるけど、ずっと前からここで営業をしている。
旦那さんも昔いたけど、病気で亡くなってからは女主人として人を雇いつつ頑張っている。
子供の頃からカレンちゃんと、ここにはよく遊びに来ていたので長い付き合いだ。
「んで、どうしたんだい?」
僕はカレンちゃんの事に触れずに事の経緯を話した。
「魔王ってあの魔王?」
「はい、他に魔王がいるのかは知りませんが。」
ん?!同じやり取りをした記憶がどこかである。
「坊やが?」
「ええ。」
「あの魔王を?」
「はい。」
このやり取りは後3回ぐらい続くかなと思ったけど、ジアさんが何か言葉を飲み込み、抱きついてきた。
「ちょっ、ジアさん。」
「辛かったんだね。坊や。」
優しくでも心強いハグ。
それこそ子供の時にしてもらったきりだ、あれはいつだっただろうか?
「そんなに無理する事は無いのにさ。辛かったら辛いっていっておくれよ。」
ああっやっぱり、僕とその周りの事を気にしてくれているんだと、はっきりわかった。
「あんたも、私の子供みたいなもんだからさ。無理はするんじゃないよ。」
この人は子供の頃から、色々と気を使ってくれる。
「あんたは自分の事を大事にしなさすぎなんだよ。」
いい大人が、子供扱いされるのは不本意だが、この人には敵わない。
「あ〜ごほん。」
わざとらしく咳払いはドゥベルさんのものだった。
「感動の対面はいいが、こっちの事も気にしてくれ。」
「ちょっと。ドゥベル」
「そうだね。冒険者さん。この子お世話になったね。」
「いんや、世話したのは、こいつ」
「こいつ・・・?!」ローリアさんはその呼ばれ方に不満を示した。
「それに魔王倒したのは、そいつ1人だしな。俺達的には状況を明確に把握したいだけだ。」
「それでも、これからもこの子の事よろしくお願いするよ。」
「それも状況次第だ。」
ジアさんの人を見る目はあると思う。
飲食店での商売をしているせいか、すぐに冒険者の人柄や気質を感じる事が出来て、大抵外れることはない。
この人達、特にドゥベルさんはどう接したら良いか分からなかったけど、ジアさんがそう言うならきっと、悪い人ではないんだろう。
「店に行くのかい?あんな状況だから、正面からは行くのは止した方がいいよ。地下道ならつながっているけど・・・」
「くさそう!」
シャナンさんはあきらかに嫌な顔をした。
「なら屋根伝いか。」
ドゥベルさんはすぐに武器屋の屋根を窓から見て行けるか計算だてた。
「ちょっと待ってください。子供の頃は、屋根伝いで遊んでたけど、そのルート壊してそれ以来通れなくなったんじゃ。」
子供の時に屋根から何処まで行けるか試してみた記憶がある。
結局親に見つかって散々叱られたのを覚えている。
「ああっそれはあんたが子供だから、危なくてわざと壊したんだよ。今はその場所は家主が変わった時に直ってるはずだよ。」
あっそうだったんだ。・・・。
いい大人になった僕が、今日、子供の様に屋根伝いで自分の武器屋に忍び込むなんて想像もしなかった。
カルブヒルの屋根裏は、埃が全く無い完璧な掃除がされている。
下の部屋が空いてない時、冒険者をここに泊める事もある。
その壁際に物が置いてあるが、窓がある。
「坊やも大人になったんだから、昔のようには屋根を渡って行けないよ、注意なさいね。」
子供なのか大人なのかわからない扱いをされてるけど、きっとジアさんのなかでは僕はいつまで経っても坊やなんだろう。
「それじゃぁ。私からいっくねぇ〜」
シャナンさんは軽い身のこなしで、ひょいっと窓から外に出た。
元々こういった動きが得意そうな華奢な体だ。
「おい!まて、下のやつらに見つからないように移動しろよ。」
そう言いながらドゥベルさんも続いて部屋を出た。
続いて、ローリアさんも何も言わずに窓からゆっくりと出た。何か違和感がある。
「落ち着いたらまた顔を見せるんだよ。」
ジアさんはそう言うと、階下にいる従業員に呼ばれて、下の階に戻っていった。
最後までカレンちゃんの事は言わなかったし、聴きもしなかった。
きっと彼女は結婚する事になったから、ここを辞めた筈だ。
雇い主として、多分言いたい事もあったんだろうけど、それをのみこんで全部僕に気を使ってくれた。
子供の頃から世話になってる事も踏まえて、感謝してもしきれない。
後でちゃんとお礼を言いに来なきゃ。
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