第5話:思い詰めた冒険者
それから数日後。
カレンちゃんの王都で行われた結婚式の帰り、まだ悪い夢から冷めていない僕はどうやって店に着いたも覚えていない。
身体の真ん中にぽっかりと穴が空いてしまったような気分。
すべてがどうでもいいやと思える気分。
そうあのイベントの直後、僕にも王都からの経由で招待状が送られた。
王都で行われる行事だと言うことで、賑やかしで参加するようにと書いてあり、拒否権は無かった。
乗り気がせずに出向いた式は王都が全面バックアップしているだけあって豪華で、周りの人もちゃんと着飾っていた。
その中で一際豪華なドレスで着飾ったカレンちゃんは、とても綺麗だった。
僕の目の前で、誓いのアレをしたときには、会場の遠くで見ないようにしてはいたけど逆にそれは精神的に堪えた。
思い出しただけでも涙がでそう。
暫くは仕事どころか、何もする気が起きずにいた。
店もずっと閉店 Close の看板を表に。
店の床に転がりながら、自分の思いってなんだろうと考えつつ、手に持ったウィスキーを煽る事をここ数日ずっと続けている。
普段ならこの時間は店の掃除が終わって閉店の準備をする時間帯だけど、どうでもいいや。
どうでもいいや・・・
どうでもいいや・・・
どうでもいいやを頭の中で連呼し、永遠と繰り返してきたループから抜け出そうという意思も持てなかった。
それからどれだけ時間がたっただろう。長い時間を打ち破るように店のドアがノックされた。
答える気もなく、再びどうでもいいやが頭の中をループする。
数度しつこくノックするがドアノブを回してそこへ一人の冒険者が入ってきた。
何ですか、強盗さんですか?
目線だけドアの方に向けるとその出で立ちから冒険者のようだった。
「本日はぁ、お休ぃです。うっぷ」
自分でも最悪な対応だと思う。
僕は酔っていたのでその言動が声にも出ていた。
ウィスキーボトルが手から離れない。
アルコールが回ってないと、ちょっとした隙に結婚式の事を思い出して、鬱になる。
「あれてるね・・・」
冒険者はそう言った。
なんだ?こいつ馴れ馴れしい。
今まで積み上げてきた商人としての信頼を全てどぶに捨てるような、悪態があふれてくる。
でも気にするもんか、どうせ何もする気も起きない。
「わかるよ。その気持ち・・・」
僕の方からは何も言っていないし、誰にも言ってないはずだけど、その冒険者は僕の事を知っていた。
そういえば、相当昔、この店に訪れたことのある一人・・・まじめに初心者講習を受けた冒険者さんの一人だったかな。
頭が回らず。それ以上は思い出す気にもなれなかった。
「好きだったんだろ、カレンちゃんの事が」
彼はいきなり僕の今の現状をあらわす核心を突いてきた。
アルコールで染まった頭の中にいきなり風穴を開けるような言葉が通り抜け僕は固まった。
「彼女がまさか冒険者と結婚するとは、僕もおもわなかったよ」
彼の言葉は僕の言葉を代弁しているようで、胸に矢のように言葉が突き刺さった。
「わかる、わかるよ。君のつらい気持ち」
なんだこいつ?唐突に・・・
ぼくは不審な感じで見ていたんだと思う。
でもその冒険者は気にせず話を続けた。
「僕もさ、結婚まで約束した相手が居たんだ」
その時は『ああ、そうなんだね・・・』そう思っただけで一緒という気分にもなれなかった。
約束するまで行ったんでしょ。仲よかったんですね。
阿呆らしい。
そう思って酒瓶を煽ろうとしたら、その酒瓶の先に見える彼の顔は、大粒の涙ドボドボと鼻水と一緒にあふれていた。
「!?」
その涙の量と、彼の汚い顔は想像を遥かに超えた酷いものだった。
ものすごく引く。
羞恥心も無く感情を露わにしていたのだ。
酒を口に含んでいたら吹き出していたに違いない。
その形相にアルコールで朦朧とした僕の意識と視界は、少し焦点が戻ってきた。
「ずうっと・・・ずうっと・・・二人で一緒に過ごしてぎて・・・
これからも一緒だと思ったんだぅぁ〜」
嗚咽のような言葉は続いた。
「そしてそのまま二人で幸せになると思ったのに、結婚式の前日彼女がいったんだ」
思い出すのと同時に鼻をすする為に顔を上げると。言い放った。
「あなたのようなお金も将来性の無い男とやっぱり一緒になれないわ。だって・・・」
その言葉には、なんか似たような境遇でほんの少しは同情した。
手に持ったアルコール瓶を持つ力が抜けて床に転がった。
「そんなにお金が大事なのか!将来性ってナンダよ!僕たちが今まで築き上げた信頼と愛は嘘だったのかよ!そんな女だとは思わなかったよ・・・」
そして、吐き出したその言葉で沈黙した。
僕は彼ほど涙を流したわけでもない。
カレンちゃんに対してそうでも無かった?いやそんな事は無い。
僕だって僕だって。
涙すら流れない自分に対してだんだんと苛立ちが大きくなった。
最初からわかっていた。
カレンちゃんは僕に振り向いてくれはしないと。
いつも彼女の事を気にかけ、一緒にいる時も危ない目に引き込んでは、守ってあげたり、くだらない事に一緒に笑ったり。
そういえば、オヤジが亡くなった時、カレンちゃん心配してくれたじゃないか。
色々あったけどいつも、最後に見せてくれる彼女の笑顔が全てを吹き飛ばしてくれた。
最近、彼女はあの時の笑顔をしているのか?
大人になると子供の頃の様には笑う事は少なくなったけど。
結局、僕は彼女から貰うだけで何もしてあげて無かったのか?
結局、僕は彼女の重荷だったのか・・・
結局、僕は彼女に・・・
そして、酔いで廻った僕の頭の中での結論は後悔と何もしてやれなかった事への苛立ちがループした。
積もった苛立ちは、酔いで緩くなった僕の我慢の境界線を軽々と超え、叫ぶ代わりに目の前の冒険者にあたった。
「ああっ!いつまで泣いているんです?」
僕はフラつきながら立ち上がり冒険者に指差して言った。
「あなたは自分に魅力がないのは、始めから解っていたんじゃないですか?」
冒険者は少し面を食らったようだった。
「それでもいつも側にいてくれる事に、あぐらを描いて彼女の本当に必要な事をわかってあげられず、自分にここまで過ごして来たんでしょ?」
自分でも心の中ではそんな酷い事を言うつもりでは無かっただが、段々と僕の中に溜まっていた何かが、涙の代わりに思いの言葉になって溢れた。
「彼女とちゃんと向き合っていなかったんじゃないのか?何かいつも言われ続けていた事とかあったんじゃないの?それが彼女の一番嫌だった事だったんでしょ?」
彼に対して言っている訳ではなく、全部自分に対してだ。
あの時ああしていれば良かった。こうしていれば良かった。
そんな後悔も一緒に流れてきた。
言葉をいっぺんに吐き出して、立つ事に意識が向けられなくなり、足がフラつき自分の体を支えられなくなった。
冒険者に背を向けてフラついたまま、近くの店のカウンターに寄りかかった時、何かの雫がカウンターの上を濡らした。
あれ?
同じような雫がまた落ちてきた。
僕は手の平を落ちて来た直線上に置くともう2滴、3滴と落ちてきた。
ダメだ・・・これは。
「うっ」
声が出そうになったけど抑えた。
僕もきっと彼と同じ無様な顔をしている。
ああそうか、僕も彼女の事で涙を流せるんだ・・・
少しは安堵したけど、その安堵が涙腺をさらに緩ませた。
「君の言う通りだ」
ほえっ?
つい彼の方を向いてしまった。
彼に僕の涙顔が見られたのはちょっと恥ずかしかったが、彼から目を離せなかった。
「僕は・・・彼女の気持ちの上にあぐらを描いていたんだね」
そう、それは僕も同じだ。
「何度もかまって欲しいと合図をくれたのに、僕はいつも冒険に遊びに出掛けてばかり」
そこは僕の場合はちょっと違うと思う。
「こっちの世界で多少有名だからって、彼女を放っておいて・・・それじゃぁ、逃げられてもしょうがないよな。そうか、そうだったんだ」
彼は少し考えるように、空を仰いだ。
「もう何もかもいいや、やる気が無くなったよ」
そう言うと、その冒険者は武器とアイテム袋を店のカウンターに置いた。
「冒険者を辞めよう」
彼の話を聴いて、本当は初めからその気でいたのだと思っていた。
決断が出来なかったんだろう。
だから特に引き留める事もしなかった。
「この武器とアイテム。もう要らないからここに置いていくよ」
僕はちょっと困惑した。
仕事モードには切り替えられそうにはない。
それを察してか、その冒険者さんは言った。
「お金は要らない。君に好きにして欲しい」
一応、商売人としてはタダで受け取るわけにはいかない。
でも、アルコールで回った頭は、そこまで考えが及ぶ事はなかった。
「気が晴れるかどうかは解らないけど、これで表のモンスターでも倒して憂さ晴らしでもするがいいよ」
そう言うと涙の跡をぬぐい立ち上がった。
「最後に君に会えてよかったよ。じゃぁ」
彼はそう言うと、店からゆっくりと出て行った。
急に店の中に静寂が訪れた。
僕はゆっくりと床に転がった酒瓶を手にとった。
それを口まで持って行ったけど、中身は空っぽだった。
僕は取引先の鍛冶屋がおまけで置いていってくれた酒瓶をカウンター裏から取り出し、口を開け、一滴唇を濡らすと彼の残した言葉を思い出した。
『憂さ晴らし』
その言葉が心に引っかかり、僕の重い気持ちを解放してくれるような気がした。
本当に解放できるかはさておき、少しは試してみる気になった。
彼の残していった剣を握り、アイテム袋を引っかけて酒瓶と一緒に店を出た。
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