紙とペンと金

高梯子 旧弥

第1話夢

 不思議なものを見つけた。

 お母さんに言われ、物置の整理を手伝っていると出てきた。

「お母さん、この紙とペンは何?」

「あら、何かしらね。そんなものしまってたかしら」

 お母さんも記憶にないらしく、「じゃあボクがもらっていい?」と訊いたら許してくれた。

 このときボクは特別この紙とペンがすごいものだとは思わなかったけど、何か興味を惹かれるものを感じた。

 物置の整理を終え、早速ボクは紙とペンを取り出した。

 神は何も書かれていない白紙のレポート用紙のようなものが何枚か束になっている。ペンはどこにでもありそうなボールペンだった。

 この二つを机に置き、考える。何に使おうか。適当に絵を描くために使うか。それとも漢字テストに向けてこれで漢字練習をするか。

 しかしどれもパッとしない使い方な気がしてならなかった。もっと良い使い方があるのではないか。しばらく考えても出てきそうになかったので一旦しまってまた後で考えることにした。


 翌日、学校に行って友達と話をしていた。

 小学校の最高学年になり、急にお兄さんぶったりお姉さんぶったりして忙しそうな人もいて大変そうだね、なんて教室の片隅で話していた。

「ところでりくは何か将来の夢とかある?」

「まだないかな。海斗かいとは?」

「俺か? 俺はもちろん大金持ちだ!」

 女の子が言う「お嫁さんになりたい」と同じくらいざっくりとした夢な気がしたけど、それはそれでいいのかもと思った。少なくとも今何もなくただ毎日を過ごしているボクには何か言う権利はない気がした。

「この夢を叶えるために忘れないように紙に書いて部屋に貼ってるんだぜ。まあ親にはみっともないから止めろって言われるけどな」

「夢なのに忘れるの?」

「いや、忘れないけどなんか部屋にいるときに夢が目に入ると頑張ろうって気になれるからさ」

 なるほど、確かに何回も同じCMを見ているとその商品が気になるのと一緒で、何回も夢を目にしているうちに叶えたい欲が高まるのか。

「何でお金持ちになりたいの?」

「だってとりあえずお金があれば本当にやりたいことが見つかったときに困らなそうじゃん」

 そんな話をしているとボクも少し試したくなったので「それいいね。ボクもやろうかな」

と言うと「おう、やれやれ」と言ってくれたので今日帰ったら真似してみることにした。


 帰宅し、早速海斗の真似をしようと思い、ちょうど昨日見つけた紙とペンを取り出した。

 問題はそこに何を書くかであった。まだ夢らしきものが定まっていないので、特に思いつかず、でも海斗のやっていることは面白そうなのでやりたいという矛盾と戦っていた。

 しかしやはり急には思いつかなかったので、とりあえずボクの好きな漫画を参考にし『まんが家』と書いた。


 その日、不思議な体験をした。

 ボクが夢の中で漫画家になっていたのである。

 夢の中のボクは最近の漫画家らしく、パソコンとタブレットを使って漫画を描いていた。

 漫画を描いている最中はとても苦しく、何度も止めようとしていたけど、それでも仕事だから頑張っていた。

 そしていざ原稿が仕上がると表現し難い解放感で満ち溢れていた。


 ここでボクは目が覚めた。

 今まで経験したことない実際に体験したのではないかと思うほど、リアルな夢だった。

 ボクは前日に紙に『まんが家』と書いたことと関係しているのかと思った。

 一番よく見えるようにドアに貼った紙のほうを見てみた。しかしそこに紙はなかった。

 剥がれて落ちてしまったのかと思い、部屋の中を探してみたがみつかることはなかった。


 それから毎日何かを書いて部屋に貼るようにした。

『学校の先生』

『芸能人』

『小説家』

 等々。色々書いてみたらそのすべての夢を漫画家のときと同じようにリアルにみることができた。

 どうやらこの紙とペンで書いたことはリアルな夢で体験させてくれるものらしい。ペンや紙の片方を他のものに変えたときには見ることができなかった。そして見た夢が儚く消えていくように紙もどこかに消えてしまった。

 これは将来の夢を決めるのに役立ついいものだと思った。

 今まで見てきた色々な夢はボクが思っていたようなきれいなことばかりではなかったけど、そのつらい部分も知ることができてボクは良かった。もしかしたら知らないままでそれを目指して、いざなってみると、理想と現実との違いに絶望してしまうかもしれなかった。

 僕はこの紙とペンで次に何を見ようか考える。無制限に見られればよかったのだけど、残念ながら紙には限りがある。なので、ちゃんと考えて見たい夢だけを見るようにしなくてはならない。

 うーん、と頭を働かせていて、ふと海斗が言っていたことを思い出した。

『お金持ち』と書けばお金持ちになった未来が見られるのかと思い、紙に書いた。

 海斗の言う通り、何かやりたいことを見つけたときにお金はあったほうがいいものだし、単純にお金持ちになったボクがどんな生活をするのか気になった。

 今までとは少し趣向が違うのでちゃんと夢が見られるか不安になりつつ、眠りについた。


 夢の中のボクは見たことのないような家に住んでいた。

 奥さんだろうか。夢の中のボクの年齢よりだいぶ若く見える女の人が見える。

 車も服も食事も子どものボクには理解できないであろう高級そうなものであった。

 ここまでくると現実味が無さ過ぎて、これがいいものなのかどうかさえわからない。

 外に出かけるときはいつも付き人がついており、荷物を自分で持つことすらしていなかった。

 しばらく買い物をしていたかと思うと、今度は人と待ち合わせをしていたらしい。

 待ち合わせの相手はこれまた若い女の人だった。夢の中のボクは女の人に近づき、軽く挨拶するといきなりキスをした。

 外で堂々とキスするようになるのかなんて呑気なことを考えている場合ではなかった。

 夢の中のボクには奥さんがいるのではないか。なのに、外で別の女性とキスなんて許されるものなのだろうか。

 キスは好きな人同士でするものと思っているので、ボクがこのまま成長していたとしたらこの二人も好き同士なのだろうか。しかしそれにしても夢の中のボクには奥さんがいるのだから他の女の人を好きになってはならない。

 すると夢の中のボクはその女性を連れてホテルへと入っていった。

 ホテルで何をするのかはっきりと理解していなかったけれど、確実に後ろめたいことだとは思った。

 さらにはこれが一日だけではなく、毎日のように続いていた。しかもほぼ毎日違う女性である。

 中には「いつになったら奥さんと別れてくれるの!」と、怒り出す人もいたが、その人にはお金を握らせてその後連絡を絶った。

 ボクはもはや何も考えられなくなっていた。

 最初に夢の中のボクの悪行を見たときには怒りを覚えていたが、それを次々見せられていくうちに段々とこわくなっていった。

 これが金持ちになったボクの未来。そう思うと恐怖が心を凍らせた。

 早く夢なのだから覚めてほしい。そしてこれは夢なのだとボクはボクに言い聞かせなければ頭がおかしくなってしまいそうだった。


 夢から覚めたボクは身体中が汗で濡れていた。

 悪夢としか言えないような夢。しかし夢にしてはリアルすぎる体験をしたため、笑い飛ばすのは不可能に思えた。

 ボクは今はまだ大丈夫だけど、お金を持ったらあんな風になってしまうのか。それとも、人間性は今もそう変わっていなくて、ただ単にお金が無いからあんな悪行に走らないだけなのか。そう考えるだけで鳥肌が立った。

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