紙とペンと終活

木下たま

お題「紙とペンと〇〇」



 そうはいっても、何を書いたらいいのだろう……。


 愛子あいこはコタツの中で、掛布団に肩まですっぽり包まって溜息をついた。

 目の前には、「ここに好きなことを思いつくままに書いてみてください」といって支給されたスケッチブックのようなノートと、申し込みの特典として与えられた特製のペン。『自分史の書き方』のマニュアルも、もちろん開いている。だがかれこれ半日、手つかずのままだ。


 愛子は唸った。

 一応、参考にしようとこれまで貰った年賀状や絵葉書を眺めたり、天袋から取り出したアルバムを捲ってみたりもしたのだが、書き始めるには至らない。


 少し前、週に一度の絵手紙教室で仲良くしている金子洋子かねこようこに「無料だから」と誘われて『終活セミナー』に参加した。前半の三十分ほどは、近いうちに確実にやってくる死をどんな心積もりで迎えるかといった真摯な内容だったが、残りの二時間弱は、その会社で扱っているオプションの説明だった。さすが相手も商売で、興味を抱かせるのが上手い。愛子も説明を聞いているうちに「自分史を書いてみてもいいかな」という気になっていた。エンディングノートを作る人、遺言書を書く人、墓をどうするかやその他手続きについて習う人等々、参加した老人たちは全員が、その場で自分に必要なものを次々申し込んでいた。洋子も、自分ひとりでは出来ないからと生前整理の出張パックを頼んでいた。確かに洋子の家は物で溢れかえっている。何十年とかけて溜め込んだそれらの整理は、ひとり暮らしの老女の手には余る。愛子の場合は、三年前に夫が他界したときからあらかたのことは済ませてしまっていたから、お迎えが来るまでに自分がやるべきことは『健康でいること』、それに尽きると思っていた。



 ……そうだ、金子さんに相談してみよう。

 愛子は丸いお尻をえいっと動かして、巾着袋に入れたままのスマートフォンを取り出した。掛けていた眼鏡をおでこのあたりに引き上げて、目を細めながら金子洋子の番号を探した。

 呼び出し音をしばらく鳴らしているとようやく繋がった。

「あっ、もしもし! 金子さんっ、こんにちはっ」

 愛子は大きな声で呼びかけた。耳が遠い洋子と話すときは無意識にこうなる。

「あらあ、川田かわださん、お元気?」

「この前、美味しいおうどんをあんなにたくさん頂いちゃって申し訳なかったわね。いつもありがとうね。息子と娘にも送ってあげたら『おもちみたいで美味しい』ってとっても喜んでたわあ。スーパーに売ってないもんねえ、あのおうどん」

 『終活セミナー』の帰りに洋子を家まで送っていくと、富山の親戚がいつも送ってくれるという氷見うどんをお裾分けしてくれた。まずはそのお礼を伝えた。

「えっ? ああ、それは娘のほうよ、息子は今、神奈川県にいるの。そうなのよ、去年愛知県から転勤してね。うん、うん――」

 洋子の中では、愛子の息子は秋田に住んでいることになっていて、秋田にも稲庭うどんという有名なうどんがある、という話しの流れで、ごめんなさいねえ、と謝られるのだ。

 秋田に住んでいるのは息子ではなく娘だ、と答えると、息子はどこにいるの? という話になる。以前も同じ会話をした記憶はあるが、あまり気にせず聞かれたことに答えた。そこからお互いの子供たちや孫の話題になり、愛子が『自分史』のことを口にしたのは電話を掛けてから三十分程経ってからだった。



「ねえ、金子さん。包み隠さず書いたら、家族は困るかしら」

「困りはしないでしょう。川田さんの人生なんだから。でも、たとえばどんなこと?」

「どんなって、いろんなことよ、若い頃から今日までのいろんなこと。自分史なんだから書いてみたいとは思うのよ。でもねえ、なんでもかんでも書いていいものか、迷っているの」

「そりゃあ殺人者でした、みたいな告白をされたら、死んだ後に読む家族にとってはちょっと困ったことになっちゃうでしょうけど、常識的な範囲でしょう?」

「まあ、そうだけど」

 愛子は口篭った。

 自分の人生が他人の人生と比べてどうなのか、これまで誰にも確認を取ったことがない。常識的な範囲、とはどこまでのことだろうか。いや、聞くまでもなく、自分はその常識からは外れているのだろうけれど。


「大丈夫よ。好きなように書いてみなさいよ。がんばって」

「ありがとう」

 アドバイスになったようなならないような洋子との電話を切って、愛子はお茶の用意をするために立ち上がった。


 緑茶を飲みながら心を落ち着かせて、愛子はペンを握った。



 アルバムを捲りながら、幼少期のことから思い返してみる。


 ――――貧しい家だった。風呂もテレビに家にはなかった。裕福な暮らしは憧れだった。高校へはあげてもらえず、中学を出て上京した。それからほどなく、十二才上の工場長に見初められて結婚した。経済的には何不自由なかったが同居している姑と小姑にきつくあたられた。夫は結婚すると愛子につれなくなり、夫婦の会話もほとんどなくなった。まるで家政婦だった。その生活が一年ほど続いた頃、酒屋の御用聞きと男女の仲になった。愛子にとって年の近い彼だけが慰めになった。それはすぐに愛へと変わり、手に手を取って駆け落ちをした。一か月ほどは人生でこれほど幸せな時間はあるのかと思うほどの心身共に満ち足りた日々を過ごした。だが金が尽きると次第に愛も磨り減っていき三か月が経った頃、罵りあってその関係は終わった。困窮し、恥を忍んで家へ戻ると、当然のこと叩き出された。そこからは生活のために水商売を始めた。きわどい仕事もいくつかやった。二十六才の頃、大きな会社に勤める男と愛人契約を結んだ。だが男は、のちに会社の金を横領し逮捕された。と同時に愛子にも捜査の手が及んだ。法律的には愛子が男の横領を知っていたとする証拠が出なかったため返還の義務は課せられなかったが、愛子はほとほと疲れてしまった。地味でもいい、堅実に生きたい、『普通に』生きたい。それが夢となった。

 生まれ故郷へと戻り、ツテをたよりに小さな会社で事務員として雇われた。そこで夫と出会い、結婚した。愛子は離婚歴があることは正直に話したが、駆け落ちや水商売や愛人契約のことは隠し通した。夫は三男だったため親との同居はなく、慎ましくも、ふたりの子供に恵まれて穏やかに暮らした。だがそれもつかの間、愛子は育児ノイローゼを発症した。あるとき、子供をデパートへ置き去りにしてしまった。数時間後、我に返ってデパートへ戻ったが迷子ということになっていて、愛子もそのまま嘘をつきとおした。

 子供たちが大きくなると少しほっとできた。だが今度は夫が浮気をした。夫は愛子と別れて浮気相手と結婚したいと言い出した。愛子は絶対に別れない、と伝え、浮気相手に嫌がらせをした。家族や会社にバラして大騒ぎをし、疲れ果てた夫たちが別れを選んでも、愛子は浮気相手を許さなかった。それから何年も、浮気相手に嫌がらせをした。それは結局、浮気相手がこの世を去った五年前まで続いた。

 夫が病に倒れたとき、愛子は悲しまなかった。家族として一般的な看病はしたが献身的に、とは到底言えなかった。

 夫が死に、愛子はひとりになった。それぞれに家庭を持った子供たちは優しく、会えば毎回、同居の話が出る。子供たちにとって愛子は良き妻、良き母だった。穏やかで、正しい、理想の母親だった。 

 



 愛子は、紙の上に視線を這わせた。

 静かにペンを置き、頭の中にある記憶を視線という文字で書き綴った。二ページ目、三ページ目、次々と捲っていく。最後のページまでを埋め――、真っ白なままノートを閉じた。









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紙とペンと終活 木下たま @773tama

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