あなたを射止めるラブレター

FDorHR

あなたを射止めるラブレター


「本日の作業を開始して下さい」



 施設長の合図で数百人が一斉に机に向かい、ペンを手に取り執筆作業を開始する。書く内容は何でもいいが、完成品の出来によって今日のおかずと明日の待遇が決まるのだから、誰も彼も必死になって筆を走らせる。


 ここは施設の中でも最底辺の新人エリアなので、与えられた作業環境もひどいものだ。体育館のような広い倉庫に数百人が押し詰められて、足を伸ばすこともできやしない。隙間風がひどいので壁際に配置された時は寒さで指がかじかんで、まともにペンも握れない。それでも何とかノルマを達成しなければ、その日のご飯も食べられないというから嫌になる。


 起きて半畳寝て一畳。こんな扱い時代錯誤も甚だしいが、それほどまでに人類は追い詰められていた。

 とにかく文字を書かねばならない。それが第二百八十三区画文字兵器・・・・生産工場で働く私に与えられた役割だ。

 

 

          ∞

 

 

 ある日、言葉は凶器となった。


 空に大きな穴が開いて、そこから神と悪魔を名乗る存在が降臨してから数十年。人類は二匹の化物神と悪魔相手に戦って、木っ端微塵に大敗した。

 物理法則を無視する相手に兵器など通用しない。人類がその事実を認めるまでに二百二十発の核爆弾と四桁単位の戦闘機、そして万単位の弾丸が消費され、その見返りとして大陸一つが消し飛んだ。


 降伏した人類は大きな二択を迫られる。

 恭順か、死か。

 それは人間同士の戦争でもありふれた選択肢ものだったけど、恭順を選んだ人は過去の物理法則を覆す新しい力を手に入れることになる。それが不死の肉体と文字の力だ。


 人間は老衰以外で死ななくなった。

 それは決して喜ばしいことじゃない。病気になっても致命傷を負っても人は死ぬことができなくなった。最初は不死を喜んでいた人々も、その正体を知って死ぬ方法・・・・を探し始める。そしてニヤニヤ笑う神と悪魔クソ野郎どもに頭を下げて手に入れたのが、文字の力だったらしい。


 想いを込めた文字は人を殺せる・・・・・・・・・・・・・・


 それは世界のルールが変わったことを意味していた。

 


          ∞ 

 

 

「なぁ、今日はどんくらい書けた?」

 


 夕食時、C2999番が話しかけてきた。Cクラスには個人の名前なんて意味がない。誰もが番号で呼ばれるし、誰もがそのことを受け入れている。私はパンをくわえながら、今日書き終えた原稿用紙の数を思い出して指を折った。

 


「十二枚だから、四千文字くらいかな」

「うわ、結構書いたな。腕痛くならねぇ?」

「ストレッチしてるからまだ大丈夫だけど、寒くなるとちょっと痛いかな。そっちは?」

「ダメ。ぜんぜんダーメ。原稿用紙一枚も書けなかった」

「え、今週のノルマ大丈夫なの?」

 


 それがヤベーんだよな、と言いながらC2999番は机に突っ伏してうなだれる。テーブルに何も置かれていないから、てっきり夕食はすぐに食べ終えたものだとばかり思っていたけど、どうやらノルマ未達成で夕食抜きだったらしい。

 私は周囲を見渡して管理官がいないことを確認すると、隣にパンを一つ分けてあげる。

 


「へへ、ありがとな」

「この前のお礼だよ。私が入所初日に何も書けなくて夕食抜きになったとき、こっそり分けてくれたでしょ」

「助けたのはその時一回だけだろ。お前に恩売っといて正解だったぜ」

 


 ニシシ、と歯を見せて笑い、彼女はパンを食べ始める。

 金髪に生え際が黒くなったプリン髪。言動も荒っぽくてヤンキー然とした彼女とは番号が隣のよしみでよく話す。この施設に入る前は全く接点が無かった人種だけど、話してみると意外とウマがあったのか、お互いに助け合って生活していた。


 文字で人を殺せることが分かってから数十年。文字と言っても印刷物では効果がなく、人が直筆で書いた文字でないと殺傷力は無いらしい。科学も物理も無視したこの法則は軍需産業のパワーバランスを崩壊させた。

 識字率が高かったらしい私の国は終末医療の一環・・・・・・・という大義名分を得たことで文字の増産を国策とし、軍需物資文字の輸出国となったらしい。


 私は義務教育を終えると流されるままこの施設に派遣され、朝から晩までひたすら文字を書いていた。みなしごの私が最低限衣食住が保証されている仕事に就けたのは喜ばしいことだ。

 私はC2999番の彼女と過ごせる今の日常が意外と気に入っていた。

 だから、翌日の終礼後、施設長に呼び出された時は、今の生活があっけなく終わるなんて思ってもいなかった。

 

 

「C3000番。お前の文字は評価試験で大変いい成績を叩き出したようだ。おめでとう、明日からAクラスだ」

「Aクラス、ですか」

「なんだ、嬉しくないのか?」

「いえ」



 入所時に聞いた説明では、私達が書いた文字は検査場に送られて、書いた人毎に品質試験を受けるらしい。そこで一定以上の評価を得るとランクが上がって施設内での待遇が良くなっていく。Cランクが最底辺。Bランクなら椅子のある部屋で執筆できるしご飯にお肉もついてくる。Aランクまで上がれば個室だって持てるらしい。

 突然Aクラスと言われても現実感がない。

 ただ、一つだけ確実なのは、明日からC2999番彼女と会えなくなってしまうということ。



「最初の試験でそこまでいける奴はなかなかいないぞ。今後も楽しみにしているからな」

「施設長、一つお聞きしたいのですが」

「あぁ、何だ。Aクラスになったお祝いだ。なんでも聞いていいぞ」

「Aクラスになると、愛人を囲うことができると噂で聞いたことがあるのですが、本当ですか」

「……誤解があるようだな。Aクラスは身の回りの世話係として人を雇うことが許されているだけだ。まぁ、恋人を選ぶケースもあるようだが、人選は各自に任せている。君も好きな男・・・・を選ぶといい」

 

 

 突然咳払いが増えた施設長にお礼を言って施設長の部屋から退室する。

 向かう先はもちろんC2999番彼女のところ。

 プライドの高い彼女のことだ、きっと普通にお世話係を頼んでも一蹴されるだけだろう。だから、その場で書いてやる。Aクラスと認定された私の想いを見せてやる。


 彼女の意地の強さは知っている。だから、泣いても謝っても、私の誘いに乗ってくれるまでは、目の前で私の想いラブレターを書くの止めてあげないんだから。


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