紙とペンは銃より強し?

タカザ

紙とペンは銃より強し?

「ボス、こんな手紙が届きました」


 側近が差し出したものは、一通の簡素な便箋であった。

 意匠もなにもない白い色と長方形で、封をしていたらしい蝋すら白色の無地。

 すでに開封されているということは、毒物や爆発物の類いは入っておらず、かつボスと呼ばれた彼のもとまで届けられるほどに、重要な内容であることが伺えた。

 それを示すかのように緊張した面持ちの部下から、手紙を預かり中を見た。


 簡潔な文章の手紙と、一枚の写真が入っているのみであった。


 手紙にはこう記されていた。


『初めまして、私の名はライター。紙とペンで貴方を殺します。』


「ほう」


 ボスと呼ばれた壮年の男が、皺の浮いた鋭い目を揉む。手紙と写真を見比べて、弄びながら顎を撫でた。面白そうな笑みすら浮かべている。

 たったこれだけの短い文章が質の悪いイタズラではないことを、同封された写真が示していたからだった。


 そこには、先日の『仕事』の風景が映し出されていた。

 頑固で頭の固い商売敵を、身内とともに少々痛めつけ、その口を永遠に黙らせたときの決定的瞬間だった。悪いことに、顔までばっちり映っている。表の世界では清廉潔白な政治家として通っている彼にとって、この事実が明るみになることは、それ即ち死と同義である。


「なるほど、紙とペンで私を殺すときたか。これなら確かに、実現できるかもしれんな」


 直接本人に手の内を明かす自信からして、これ一枚だけではなく他にも写真があると見ていいだろう。我々の情報網を潜り抜けて、決定的な瞬間を見つけ出すとは、なかなかのものと言っていいだろう。まあ、あるいはただの幸運な馬鹿かもしれないが。


 だが、どちらにしても私の敵ではない。残念ながらな。


 目を冷徹に細めながら、ポケットから取り出した電話から、主要な『駒』をリストアップしていった。その中には、警察のトップやマスメディアの重鎮など、多種多様なコネクションが広がっている。その中の一つに電話をかけると、1コール以内に秘書に繋がった。


「私だ。話があると伝えろ」


 権力はこう使うのだよ。ライターとやら。

 ほくそ笑んで手紙を弄びながら、だが手を煩わせた代償は払ってもらうことをボスは考えていた。




「まったく、無駄な苦労だよ」


 一通り根回しを終え、一息ついた頃にはすでに夜になっていた。この街で最も高いビルの最上階。手紙と写真を弄びながら、夜景を見下ろす。

 この優美な景色はすでに私の手中にあることは、この勇者は知らなかったらしい。憐れなことだ。彼は一杯のワインをゆっくりと傾けながら、クク、と笑った。


「私を脅かすものなど、どこにもいやしないのさ。クク、ましてや搦手で挑もうなどなぁ。ナイフを持って破れかぶれにでも特攻すれば、多少は日の眼も見えたというものだがな。フフフ……」

「へえ、そうかい。じゃあ遠慮なく」


 知らない声だった。

 反射的に部屋を見回す。裏社会を渡り歩いたクセが、体に染みついていた。


 すると天井の一角、いつのまにか、板が外れて天井裏に繋がる。

 そこから、全身を黒い装束で覆った男、一人。

 にゅるりとヘビのように垂れ下がっているのをボスは見た。


「なっ……!」


 すぐさま机の下のボタンを押し、机の陰に身を潜めた。

 躾をした選りすぐりの部下たちが、武器を持って殺到する手はずとなっている。

 だが、二秒、三秒、五秒と経過しても、誰も訪れない。そういえば、不自然なほどの静寂が階を包んでいることに気づかなかった。


「探し物はこれかい?」


 どすん。という音とともに部屋に何かが落とされた。

 少し身を乗り出して確認すると、そこには、先ほど手紙を届けに来た側近の、ビックリしたようなままで固まった死に顔があった。

 スーツの首元から下が、夥しい血に濡れ染まっていた。出血の量と勢いからして、命を奪い去るのにそう時間をかけることはなかっただろう。側近の彼以外の全員、同じように始末された。


 あまりにも静かな仕事を果たした、凄腕の来客。それでもボスは銃を向け、発砲した。

 だが、爆発音は手元から響いた。

 銃が暴発したのだ。


 吹き飛んでいく銃身、指の欠片、焦げ臭い血液。

 その中を舞う一本のへしゃげたペン。銃口へと正確に、かつ魔性の速度で投げられたそれが暴発の原因であった。


「ペ、ペン……」


 唖然とするボスが次に見たのは、すさまじい速度で眼下に迫る黒い影と、その右手に持った白い得物。それは一枚の板に似ていた。

 風圧に煽られてぺらりぺらりと捲れている。だが、繊細な指さばきで操られたそれがピンと張ったと思うと、ボスの首を通過する。




 幼い頃、本を読もうとしてカバンを漁る。指先に痛みが走り、引き上げてみると果たして切れ、血まで滲んでいた。

 母が言った。

『紙ってね、実は刃物みたいにスパーって体を切っちゃうこともあるのよ』




『初めまして、私の名はライター。紙とペンで貴方を殺します。』


「って。そういうことかい……!」


 今際の際に発した言葉は、ツッコミであった。




 ところで、ボスの死が公となり揺れ動く権力構造の中、最も上手く立ち回り、最も得をした人間が一人いたという。

 その人物もまた「……って、そういうことかい!」と夜の街の中ツッコんだというが、定かではない。

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