エピソード4 スキル無双のハーレムが俺を異世界エミィ


「ふん、我がそう簡単に人間共の手中に堕ちる訳がなかろう。甘く見られたものよ」

エミィは既に警備隊営業所を脱出し、遠く離れた廃墟地までテレポートしていた。


トイレに入った時には僅かながらのエーテルの回復を実感しており、あのタイミングであれば『刻明の経過(1日の経過)で1度のみ使用出来るレジェンダリースキル』のひとつ、空間転移術をバレる事なく僅かな力で発動出来ると悟り、すぐさま計画に移したのだった。

トイレに入ったのはトイレに行きたかっただけだった。


―――程なくして、大氷河を彷徨うエミィは計画のしくじりを実感する。

(さ、寒い)

風こそ強くは無いが、しんしんと降り積もるこの地域の雪はみるみるうちにエミィの体力を奪っていった。

エミィはセーターとロングスカートという部屋着を着用しているだけであり、防寒具の類を支給されていなかった。

元々着ていたドレスは強力な冷気耐性が付呪されていた故に、普段から寒さに対する抵抗が無かった為に発生した計算ミスだった。


「ま、まずい……ここで凍え死ぬ訳にはいかないのだ……」

こうまで体力を奪われると、心情が思わず独り言となって口から出ていた。

いまさら引き返す訳にもいかない。

自らの僅かなエーテルの回復があるのならば、自らが鍛えれば良い、次第に本来の魔力を取り戻せるであろうとエミィは考えていた。

他人の世話になる必要など無く、ましてや人間の支配下で訓練を受けるなどは魔族の誇りにかけて、恥でしかなかった。


エミィの目論見では、この周辺一帯のモンスターを狩り、そして魔力を吸収する事で失われた魔神としての力を少しずつ取り戻し、やがてはモンスター達を配下とした軍隊を築く計画があった。

そして自らに大恥をかかせたあの警備隊の人間共に復讐を果たし、かつて魔界で得ていた名声を取り戻すつもりだったが……。

そもそも、この刻一刻と体力を奪っていく寒さの中では到底、モンスターを狩るなど出来るはずもなく、自らの体温を維持するためにエーテルによる微弱な防御術を張ることが精一杯の足掻きだった。



明朝も過ぎた頃、あゆみは眠い目をこすりながら、警備隊営業所から脱走したエミィを捜索する為に大氷河に向けて愛車のプリンセス・シスター号を走らせていた。


この『大氷河』と呼ばれる外界には敵対性の高いモンスターが闊歩しており、エミィが凶悪なモンスターに襲われようものなら、あゆみには教官としての面目が立たないどころか、最悪のケースも考慮する必要があった。

もし、大氷河のモンスター達がエミィのような『魔神』を捕食し、魔力の吸収などしようものなら……それが後にとんでもない脅威と化す事は、火を見るよりも明らかだったからだ。


あゆみは就寝どころか、非番という休息日を返上してでもエミィを奪還せざるを得なくなり、心身の疲労は増す一方であった。

とにかくあの恩知らず世間知らずの魔神エミィを一刻も早く連れ戻し、あゆみは平穏な眠りを取り戻したい思いでいっぱいだった。


幸い、エミィの居場所は割れていた。

『魔法使い』特有のエーテルの流動はスクランブラーでも展開しない限り誤魔化しようがなく、ナディシャのような熟練の魔法使いであれば、方角とある程度の座標を割り出す事が可能であり、居場所の特定はさほど難しいものではなかった。


「あゆみちゃん、ラウンド・モイレペツ方面のモール跡にエヴァレンティアさんは居るみたい。すごく凍えてるみたいだから、見つけたら暖かくしてあげて」

スノーモービルを走らせる中、無線からナディシャの連絡が入る。

「了解。あのおバカエルフ、無計画にも程があるよ」

「でも熟練の魔法使いでない限り使えないはずのテレポートを、彼女が発動出来るとは思わなかったわ。レベル2級の診断結果が出てるとはいえ、エヴァレンティアさんを甘く見過ぎていたかもしれない」

「気にしないで。今はエミィの確保が最優先」

「……エミィ?」

「あいつのコールサインあだな

あゆみはラウンド・モイレペツに向けて全速前進した。



「ハァ……ハァ……、これ以上の前進は無謀だ……ひとまずは暖を取らねば」

エミィは寒さから逃れる為、身近にあった適当な廃墟に退避しようとしていた。

積雪は深く、室内着に作業靴という一切の防寒対策の無く、場違いな格好のエミィの足取りは当然重くなる一方だった。

「まずはこのボロ切れの如き衣服に冷気耐性のエンチャントを……そのために鉄と木材はともかく、生命のジェムの精製が必要で……も、モンスターを狩らねばならない……」

自然と漏れる独り言がいかに無謀であるかを知っており、エミィは絶望に打ちひしがれていた。


そんな中、降雪から逃れる為の廃墟を目前にしたエミィに追い打ちを掛けるかの如く、柔らかい雪の足場がエミィの全身をまるごと、雪の中へと引きずり込んだ。

「ギニャー!!」

突然の悲劇に驚き、エミィは素っ頓狂な悲鳴を挙げた。

(ひ、ひどい……! この地方の雪はフロズベルグの比じゃない……! もう嫌だ……!)

「も、もう嫌だ……!」

最後の「もう嫌だ」の部分だけが心の叫びから声となって漏れるほど、この仕打ちはエミィにとって苦痛でしかなく、作戦を見誤ったと後悔するには、何もかもが遅すぎたのだ。


陽に照らされたパウダースノーは柔らかく、エミィが必死に手足をもがけど一向に這い出る事は出来ない。

凍りつくような冷たさが全身を襲い、エミィは混乱していた。

「た、助けてー! 誰か助けてー!」

慌てふためいたエミィは柄にもなく、がむしゃらに他者への救援を求めてしまった。

勿論、この廃墟街のラウンド・モイレペツに人が居る訳が無く……。


エミィへと近づいてくる黒い影がひとつ。

積雪から頭ひとつ出る格好で、身動きの取れないエミィは黒い影を見るや「しまった」と思うほかに無かった。

しかし、よくよく見ればそれはエミィの見知った存在で、二足歩行の鳥型の生物といえばボッチョコであり、人懐っこいボッチョコを味方にさえ付けてしまえば、この窮地からも脱出できるとエミィは踏んだのだった。

「おーい、そこのボッチョコ!我を引っ張りあげてくれー!」


近づいてきた鳥型の生物はボッチョコでは無く、ウロコのように硬い羽の生えたひとつ目玉の怪鳥だった。

「あっ、ボッチョコ……じゃ、無い……」

エミィは直感で終焉を悟った。


―――が、こんな所で死んでたまるかという反骨精神がエミィに火を付けた。

「おんどりゃーッ!!」

エミィは残された僅かなエーテルを振り絞って、怪鳥に火炎魔法を見舞った。

咄嗟に放った火炎魔法の効果は大きく、怪鳥の片羽を燃やし尽くした。

仕留める事こそ出来なかったものの、致命的な損傷を負った怪鳥はうめき声をあげてこの場から逃げ去り、ひとまずの脅威からエミィは生き延びたのだった。

「はっ、ざまあみろアホ鳥め!」


しかし、この咄嗟の火炎魔法によってエミィを覆う雪は解けるどころか、氷のように硬変し、尚更脱出を困難なものにしてしまっていた。

「ははは、はは……だめだ。動けない。寒い。冷たい……し、死ぬ……」

一切の身動きの取れなくなったエミィは絶望に打ちひしがれ、気絶した。



1時間後。

ラウンド・モイレペツのモール跡で、あゆみは雪の中に埋もれ、頭だけを出すような形で白目を剥き、気絶しているエミィを発見した。

「良かった、食われてない……」

あゆみは安堵し、雪の中に飛び込んでエミィを引きずり起こしに向かった。

近づけば、エミィ周辺の雪だけが不自然な凍り方をしており、そのせいでエミィが脱出困難な状況に陥ったのは概ね想像が付いたものの、「一体何をしたらこうなるのか?」という疑問だけが残った。


あゆみはエミィの頬をぺちぺちと叩いた。

「おい、起きろエミィ! 寝るな!」

「……うーん。遅かったじゃないか……」

エミィの顔は青白く、意識は混濁していた。

「自分から逃げておいて何言ってんだよ、このバカ……」


あゆみはエミィを拾い上げると、この厳しい寒さから逃れ、暖を取らせる為に廃墟化したショッピングモール跡地の奥へと連れて行ったのだった。

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