第8話 追憶 3


「勝者、レイ」


 そうアナウンスが流れると同時に俺は拍手喝采を浴びる。


「やっぱレイはすごいな!」

「とうとうプラチナリーグ入り確定だ!」

「レイ! 応援してるぞー!」


 その声援を受けて、俺は軽く手をあげる。そしてスフィアから出て行きいつも通り、マスコミの取材を受ける形となった。


「ブロンズリーグ一位決定おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「これで晴れてプラチナリーグへの参戦権が手に入りますが……どうするのでしょうか?」

「すぐに申請してプラチナリーグ入りします」

「おぉ! 流石はBDS界の天才、レイですね。プラチナリーグは他のリーグと異なり、かなりの強敵ぞろいです。自信のほどは?」

「誰が来ても負けません」

「流石は勝率9割ですね! 期待しています!」

「ありがとうございます」


 その言葉を最後にして、俺はマスコミの元を去ろうとする。すると、いつものようにカトラのやつが近づいてくる。


「レイ、おめでとうございます」

「……ありがとうと言っておくべきか?」

「えぇ。そして、とうとうあなたと戦える日が来るのですね」

「……俺は正直、あんたとはあまり戦いたくない」

「あらあら、まぁまぁ。つれないのですね、そんなことを言って。でも、きっとその日はやって来ますよ?」

「誰が来ようとも負けはしないさ」


 俺は態度では気丈に振る舞っていても、それ以上に驕っていた。プロリーグと言ってもこんなものかと思っていた。ブロンズリーグもプロリーグの一つだが、はっきり言って負ける気などしなかった。ほぼ全戦全勝でブロンズリーグ一位が確定し、俺はプラチナリーグ参戦のチケットを手に入れたのだ。もちろんすぐに行く。申請はさっき歩いている間に済ませた。もっと強いやつと戦いたい。それだけが今の望みだった。





「勝者、レイ」


 そのアナウンスはもう聞き飽きた。俺はプラチナリーグに行ってもほぼ負けることはなかった。だがそれと同時に……俺の心は磨耗して行った。


 ここは……人間の住む世界ではない。人を超越した化け物が住む世界だ。もっと強いやつと戦いたい……でも俺が戦いたいのは人間であって、化け物ではない。一戦一戦が全てギリギリ。唯一のアドバンテージでもある日本刀のおかげで俺はなんとか相手のHPを削りきっている。だが試合内容以上に俺は自分自身に敗北感のようなものを感じていた。


 今までは敗北の二文字なんて考えたことはなかった。でも今は違う。プラチナリーグは常に敗北が迫って来る。俺の手足を拘束して、死神が喉元に大鎌を突きつけている。そんな幻想が迫って来る。


 負けられない。それはメディアの影響もあった。BDS最強の天才プレイヤー。すでに俺の勝率は歴代最高。さらに世界ランクも3位にもなった。世界中が求めている。俺の世界ランク1位獲得を。そして第一回世界大会も間近に迫っていた。トーナメント制の大会で負ければ終わり。自分の苦手なスフィア、プレイヤーがきてしまえばそれで終わりの非情な大会。運要素も絡んで来る。だがそれでも、俺は負けるわけにはいかなかった。皆が期待しているのだ。無様な姿を晒すわけにはいかない。


 そして、天才にはそれ相応の責任が伴うのだということを俺は知ることになる。



 ◇



「レイ! 今日もよろしく!」

「あぁ……よろしく」

「どうしたの? 疲れているの?」

「いや、大丈夫だ。早速やろうか」



 今日は実戦形式のトレーニングだ。シェリーの戦いを見て、それを俺がフィードバックする形でアドバイスをする。最近は色々な試合を見て学習しているらしいので、今回は今までと違うシェリーが見れるかもしれない。


「今日は悪いけど、レイに勝たせてもらうわ!」

「……俺も負けるわけにはいかないな」


 そして二人で向き合って剣を抜く。俺は日本刀、シェリーはフランベルジュ。最近は使い方にも慣れて来ており、かなり上達している。今日もまた見せてもらおう。彼女の成長度合いというやつを。


「試合開始」


 電子アナウンスがそう告げると俺たちの剣戟が始まる。


 俺は以前変わりなく日本刀。世界を取ったこの武器を今更捨てるわけにもいかない。そしてシェリーはフランベルジュだが、試合開始と同時にあることをしていた。


属性付与エンチャントフレイム


 そう呟くと彼女のフランベルジュに炎が灯る。メラメラと赤く光るそれは、彼女の意志を表しているかのように輝かしい。


「はああああああああああああッ!!!」


 シェリーは一気に距離を詰めて来て、一閃。


「……」


 俺はバックステップを使って躱すも微かにHPが削られてしまう。これが属性付与エンチャントによる効果だ。属性付与エンチャントした武器は、通常の武器とは異なる性能を発揮する。もちろんダメージ総量も上がるし、属性ごとに効果も異なる。


 俺は右上に映っているHPを見るとジリジリと減っているのを確認。炎によるスリップダメージだ。だがそれは致命傷ではないため、すぐに回復リカバリーする。


 一方の俺もスキルを発動。これは何もシェリーだけのトレーニングではない。俺のリハビリも兼ねているのだ。


「……天眼セレスティアルアイ


 瞬間、世界が灰色に染まる。これは不必要な情報を極限まで削ぎ落とし、必要な情報のみを浮き彫りにするスキル。さらに俺の場合は相手の行動を予測までできる。完全な未来予測とはいかないが、それなりに相手の行動は読める。


「……もらったッ!!」


 上空。シェリーは地面を駆け、蹴り上がった。だがそれは……愚行だ。直線的すぎる。


 俺はスッと体を横にわずかにズラすだけで躱す。そして完全に空いた横っ腹に刀を突き刺そうとするが、シェリーの鋭い双眸そうぼうはこちらを捉えていた。


 ぞくりとする。この感覚は……プラチナリーグで毎日味わっていたものだ。体を拘束され、首元に大鎌が突きつけられている感覚。VRの世界では冷や汗など存在しないが、俺は背筋が凍りついて冷や汗をかいている気がした。


 天眼セレスティアルアイの見ている未来は俺の死だ。頭部をフランベルジュでねられる映像が脳内に浮かぶ。

 


 そして刹那の瞬間、俺の取った行動は……地面に伏せることだった。意識してではない。今までの膨大な戦闘の経験が無意識にそうさせたのだ。



「……な、んですって!!!!?」



 完全に決めに来ていたシェリーのフランベルジュは見事に空振り。俺もまた、その隙を逃すわけはない。


 体を小さくして、足のバネのみで跳ね上がり……彼女の喉元を貫く。


「勝者、レイ」


 終わった。試合終了だ。だがしかし……この成長は異常だ。俺も最後はかなり本気になっていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「レイってば強すぎ! なにアレ!? あのタイミングで避けることなんてできるの!?」

「いやぁ……強くなったなぁ……というよりも成長しすぎ……まさか、こんな短期間でここまでくるなんて」

「そんなことはいいの! 最後どうやったの!」

「……天眼セレスティアルアイで攻撃を読んだんだ。と言ってもかなりギリギリ。普通なら負けてた」

天眼セレスティアルアイって……そんなスキルあった?」

「……一応、隠しスキルの一つ」

「なにそれ!? そんなのずるいじゃない! 攻撃を先に予測できるなんて!」

「デメリットもあるさ。このスキルは燃費が悪すぎる。使った後はとんでもない疲労感に襲われるから、使うときは覚悟する必要がある」

「……はぁ、もう……勝てると思ったのに、レイってばそんないいスキルがあるなんてずるい! けど……まぁそれも含めてBDSよね。さ、早く振り返りましょう!」

「オッケー。じゃあまずは最初から見ていこう……」


 シェリーと俺は寄り添うようにして、一つのモニターを見つめて様々な角度から録画した先ほどの試合をみた。


 そして思った通り、シェリーはきっとあの世界にたどり着く素材だ。


 プロの世界ではない。プラチナリーグに届き得ると今回の件で痛感した。一瞬とはいえ、彼女の状況判断能力はアマチュアのそれを超えていた。これはうかうかしていると俺も喰われるかもしれない。


 弟子の成長を喜んでいいのか、それとも自分に焦りを感じるべきなのか、俺はそんなジレンマに陥りながらもシェリーにしっかりとフィードバックをするのだった。

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