第9話 宣戦布告
翌日の夜。今日の練習は休みにしてある。適度な休息は必要だからな。と言っても俺はBDSで自主練をしている。その休憩中にBDSニュースを見ていると、通知が来る。それは有紗からのメッセージでURLが貼り付けられていた。
それには、ある選手の特集が組まれていた。
『輝かしき
見出しはそんな感じだった。アリーシャか、確かこの選手は……と、そんなことを考えながら早速読んでみることにした。
アリーシャはアマチュアのプラチナリーグ所属で、もう少しでプロになれるらしい。現在の勝率は5位。ギリギリプロになれる圏内に入っている。ちなみにシェリーは7位だ。全体的な試合の勝率はそこそこだが、その戦い方が特徴的だ。記事には試合映像もあるので見てみると……そこにはなにやら見慣れた戦い方をした剣士がいた。特筆すべきはある剣技だ。これは俺にしか使えないものだったはず……。
「これは……俺、なのか?」
そう。アリーシャは俺だった。厳密にいうと、過去のレイに酷似している。試合運びもそうだが、その剣技が酷似している。模倣というレベルではない。これは同じだ。全くの同じ剣技。スキルは可視化されていないので分からないが、俺が現役時代に愛用していた剣技を使用している。と言っても俺の模倣は完全ではないようで、時々隙が生まれている。だがこれは……無視していいレベルではない。ネットでもすぐにお祭り騒ぎになっている。
「これレイじゃね?」
「マジだ。レイじゃん、復活したの?」
「わざわざキャラ変える必要あるか?」
「でもレイにしかできないだろ。この動きは」
「マジでレイじゃん。これは8月の剣王戦は期待できるな」
「俺の目から見るとこれはレイだね。間違いない」
「にしても女キャラにした理由もわからない。ただ真似しているだけじゃ」
「お前、レイの模倣剣士なんて山ほど出たけど誰か完璧に再現できていたか? こいつはかなり再現度高いよ。本物でも偽物でもどっちでもいいけど、きっとプロ入りするな。それに最後の剣技、あれって紫電一閃だろ?」
「俺はアリーシャたんをずっと追いかけてきた古参だが……こんな動きは見たことないぞ? 隠していたのか?」
その記事にはこんなコメントがすでに大量に書き込まれていた。
それを見ていると、有紗からメッセージが飛んで来る。
『見ましたか?』
『見たけど……まさか』
『そのまさかですよ、兄さん』
ピコンと通知が来る。そして俺のリアルの連絡先にBDSのフレンド申請が来ており、そのプレイヤー名は……『アリーシャ』だった。
『今から行きますね?』
『あぁ……わかったよ』
フレンド申請を承認すると、俺のプライベートルームに一つの影が生まれ構築される。そして現れたのはあの記事で見たアリーシャそのもの。黒髪ロングの女性キャラで服装も真っ黒なコートを羽織っている。
有紗とアリーシャ。その名前は酷似しているからもしやと、思ったが……まさか有紗がBDSをしているだけでなく、プロ間近の世界にいるなんて夢にも思ったことはなかった。だってこいつはBDSを憎んでいると思っていたからだ。
「兄さん、見てくれました?」
「見たけど、あれは?」
「私、兄さんになれてましたか?」
「……技術的な面をいうと色々とあるけど、あれはかなりの技術だった。模倣だけでいうなら昔の俺だ」
「ふふ。そうでしょう? 本当はプロになってから教えようと思っていましたが、あの女が出て来たので今にしました」
あの女、というのはまさかシェリーのことだろうか。
「そうです。シェリーさんですよ」
「心を読むなよ」
「ふふ。兄さんの事ならなーんでもわかります」
「で、これを見せた理由は?」
「私、譲りませんから。シェリーさんには負けません」
「……同じプラチナリーグ。対戦する可能性はあるな……」
「本当は私がプロになってから兄さんの弟子になる予定だったのに、シェリーさんが出て来るなんて意外でした。だからこその、宣戦布告です。兄さん、私がプロになったら私だけのコーチになってください」
「それはまた唐突だな……」
「兄さんにとってはそうですが、私にとってはそうでありません。あの日、兄さんの心が折れた時から私は決めたのです。今度は私が兄さんを助けるのだと。もうなにもできない私ではありません。今度は私が世界の頂点に立ちます。兄さんと二人で、世界の頂点に。もちろん、次の剣王戦も出る予定です。まぁその時はちょうどプロになっているでしょうね、私が」
「本気なのか? プロの世界は厳しいし、ましてや剣王戦はさらに厳しいぞ? プロの上位陣はシードでの参加になるが、お前は仮にプロになったとしても予選から勝ち上がる必要がある。連戦に耐えれるのか?」
「耐えます。そして私が初代剣王になります」
「有紗……お前はどうして……」
「どうして? それを兄さんがいいますか?」
「いや……それは……」
過去に俺と有紗は大げんかをしている。いやあれは喧嘩というよりも、俺の一方的な逆ギレだ。世界大会三連覇前のことだ。俺はプラチナリーグと世界大会の件で心を病んでいた。確実にあの時は参っていた。全ての重圧から逃げ出したかった。でも世間は逃してはくれない。だから俺は進み続けた。そんな時に、有紗に「お兄ちゃん、頑張ってね」と言われた時についキレてしまったのだ。
お前に何が分かるのか?
ただ外から眺めているだけのお前に、俺の苦労が分かるのか?
負けが許されない世界で三年近くも戦い続けているんだ。お前に何が分かるんだ。
もうやめてくれ。
俺にそんな月並みで、平凡で、ありふれた言葉をかけるのはもう……やめろ。
そんな罵声を浴びせてしまった。それにうちの家の両親は放任主義で別に俺がプロの世界で活躍しようとも、ほったらかし。契約の件や金の件で口を出す程度だ。一方の有紗はずっと俺を応援していた。試合にはいつも見に来ていた。俺がVIPルームのチケットを渡して、ずっと一人で応援してくれていた。最初の俺のファンは有紗だった。
だというのに俺はあの日のことを謝っていない。ずっとすれ違って、この2年間を過ごした。それ以来、有紗が俺とBDSを嫌っていると思っていた。あの時の口論で確かにそう言われたからだ。俺も、俺をそんな風にしたBDSも大嫌いだと。
でも有紗は、俺の目の前に立っている。アマチュアリーグの最高峰のプラチナリーグに所属し、プロ昇格圏内にいる。
まるであの日の俺を見ているようだった。何も知らない無垢な子ども。
俺は……あの世界に妹まで入ることに賛成していいのだろうか。
「有紗、俺は……」
「兄さんが何を言っても私はBDSを辞めることはありません。確かに初めはただ憎いだけだった。兄さんを追い込んだのは世間と、そしてこのBDSという世界。だから嫌った。でも兄さんは確かに輝いていました。世界に輝きを放っていました。私にとって、兄さんはスーパースターでした。私はみんなに言いたかった。私のお兄ちゃんはこんなにすごいんだよって。でも、兄さんは心を病んで、脳機能に問題を抱えて引退。だから、次は私の番です。私が兄さんのスーパースターになります。兄さんの心を照らします。あの幼い私が憧れたあなたに、私がなります。これは絶対です。何年かかっても、私はあの頂点にたどり着きます。世界ランク1位、そして三大タイトル全てを制覇。剣聖、剣王、剣豪、全て勝ち取ります。だから次は私が……私が、兄さんにとっての光になるのです」
「……有紗」
手を伸ばす。でも、俺は触れていいのか分からなかった。過去に拒絶したその手を今更握る権利が俺にあるのか?
いや、今の俺にそんな権利があるとは到底思えない。そう考えると、手は自然と下に落ちていく。
「シェリーさんにも伝えてください。私は負けないと。あなたとは、兄さんを想っている時間が文字通り桁違いなのですから」
最後にそう言って有紗はログアウトしていった。
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