第7話 三大タイトル


 世界大会三大タイトル制。


 その概要はこうだ。


 今までは夏に年に一回、世界大会が行われていた。だが今後は、3月と8月と12月に世界大会を行うものというものだ。


「レイ、これって……」

「なるほど。三大タイトルか」


 そしてそれぞれのタイトル名も既に明かされていた。


 3月:剣聖戦

 8月:剣王戦

 12月:剣豪戦


 タイトル戦で勝利したプレイヤーは1年間その称号を保持することになる。タイトル戦の内容自体は今までと変更はないが、剣豪戦だけは違った。剣豪戦はスフィアは大理石に固定。全ての試合が大理石のフィールドで戦うのだ。つまりは純粋な剣技が必要となる。もちろんスキルも駆使できるが、大理石のスフィアでは他のものよりもその効果は薄れる。これきっと、あの声が大きいからだろう。


 純粋な剣技のみの戦いが見たい。


 スフィア、スキルによる攻防も面白いが、剣技だけでいうならば最強は誰なのか? ネットではその議論が絶えない。これは今年からのBDSはさらに荒れそうになるなと思っていると、シェリーが歓喜の声をあげる。


「凄い! 凄い! 凄い! タイトル戦だって! これって、凄いことよね!!?」

「まぁ……すごいけど、ちょっと大変だよな」

「どういうこと?」

「このタイトル戦と同時にプロリーグは並行して行われるってこと。きっとプロプレイヤーは頭を抱えているやつもいるはずだ」

「……でも、盛り上がることには間違い無いでしょ!?」

「それはそうだな」


 そしてその日はそこまでにして、俺はログアウトしてから睡魔に身を任せるのだった。



 ◇



 翌日。学校に行くと涼介のやつが食い気味に話しかけて来た。


「おい、朱音!? 見たか!?」


 何を見たのか。でも俺は目的語がなくとも、分かっていた。


「三大タイトル制だろ?」

「お、珍しく知ってるのか。まぁ朝のニュースでもやってたしな。3月が剣聖戦、8月が剣王戦、12月が剣豪戦。そして優勝者は1年間タイトルホルダーとして、その名前を名乗れる!! いやぁ〜カッコいいよなぁ。剣聖、剣王、剣豪、って呼ばれるプレイヤーが出るんだもんなぁ……それにやっぱり期待するのは……」

「剣豪戦だろ?」

「そう! 剣豪戦! スフィアはまさかの大理石に固定。大理石は剣技型のプレイヤーが有利だからな、これは文字通り剣豪が生まれるの間違いないぜ!」

「でもプロリーグと同時に進行するから、プロは大変だな」

「それは俺も思った。でも、これを逃すわけにはいかないだろ。特に今の世界ランク一位のノアは絶対に取りたいだろうな。もしかしたら、ノアが三大タイトル全部取るかもしれない」

「……かもな」

「それにしてもどうした? BDSは興味なかったんじゃ無いのか?」

「ちょっと気が変わってな。最近は少し興味が出て来た」

「お! いい傾向だな!」


 俺と涼介がそう話していると、こちらに近づいてくる人間がいた。それはシェリーだった。


「BDSの話しているの?」

「エイミスさん? BDSに興味あるのか?」

「えぇ。えーっと、前島くん……だったかしら」

「俺のことは涼介でいいぜ!」

「じゃあ私もシェリーで」

「で、涼介は詳しいのね。BDSに」

「もちろん! リリース時から追いかけてるからな! それでシェリーもBDSに興味あるのか?」

「もちろん! 私もBDSは大好きなの! でも話せる女の子があまりいなくて……」

「なるほどなぁ〜。それでシェリーはどう思う、三大タイトル制について」

「えっと……」


 あっという間に意気投合した二人はBDSについてペラペラと話し始める。俺はリアルでは正直、シェリーとあまり関わりたく無い。良くも悪くも目立ってしまうからだ。そしてソーッと逃げようとすると、シェリーに話を振られる。


「ねぇ、朱音はどう思う?」

「え!? えーっと……」


 そうして逃げることの許されなかった俺は3人で話すことを余儀なくされるのだった。




 昼休み。涼介と二人で学食で昼食をとっていると、今朝のことについて聞かれた。


「そういえば、お前ってシェリーともう話してたんだな」

「え?」

「だって、朱音って呼んでたし……お前もシェリーって呼んでいただろ?」

「まぁちょっとした偶然からね」

「目立つのを嫌うお前が、シェリーと話しているなんて意外と思ったぜ。きっかけは?」

「別に……ただ帰りに道にバッタリ会っただけだ」

「ふーん。そういうもんか」

「そういうもん。でもシェリーもBDS好きで良かったな」

「……シェリーは中々知識が深いな。でも、ちょっとプレイヤーよりの考えだな。技術的な話が多かったし」

「そうだったか?」


 俺はとぼける。そういえば、シェリーはプレイヤーの技術についてよく話していた気がする。いつかボロが出なければいいが……。でもまぁシェリーがアマチュアとはいえ、現在プラチナリーグにいるというのはバレても問題ないだろう。問題は俺の正体がレイだとバレることだ。涼介は仲も良いし信頼できるが、バレたら鬱陶しい気がするからしばらくはこのままがいい。


「あぁ。なんかカトラの最近の試合ついて語っていたしな」

「た、確かにそうだったな」


 シェリーのやつ、ペラペラと喋りやがって……バレたらどうするんだ……。


「それにしても三大タイトル戦の直近のやつは……剣王戦だな」

「あと三ヶ月か」


 現在は5月上旬。8月の剣王戦まであと3ヶ月しかない。一体どうなるのだろうか。


「でも多分、初代剣王はノアだろうな」

「ノアか……」

「勝率は8割超えで、世界ランク1位。レイの後に出て来たプレイヤーだが、その強さは圧倒的だ。でもレイと戦っていたらどうなっていたんだろうなぁ〜」

「そう……だな」


 ノア。それは俺が引退すると同時に現れた天才プレイヤー。俺と同様にほぼ負けることなく、プロリーグを駆け上がりあっという間にプラチナリーグ入り。そして世界ランク一位の座についている。カトラと入れ替わる時もあるが、現在の世界最強といえばノアという声が大きい。


 そしてレイとノアがどちらが強いのかという議論もネットではいつも激しく行われている。


 ノアか。戦ってみたい気持ちはずっとあった。それと同時に倒錯した気持ちも抱いていた。俺がずっと維持していた世界ランク一位を保持しているプレイヤー。羨望、嫉妬、とは少し違うかもしれないが……戦ってみたいと思っている。そしてそれは……叶うのかもしれない。いや、どうなんだろうか。コーチとして戻って来たが、まだプレイヤーとして参戦は決めていない。それにプレイヤーとして参戦してももう一度初めからだ。現環境での戦いは二年前と違うだろうし、それに俺は……まだあの剣戟の世界に行く勇気があるのだろうか。


 アマチュアリーグはまだしも、プロリーグは地獄だ。


 俺にもう一度……あの高みまで登る勇気は、あるのか?


「どうした、ぼーっとして」

「いや……なんでもないさ。なんでも……」



 ◇



「ただいま〜」

「お帰りなさい、兄さん」


 家に帰ると有紗のやつが迎えてくれる。


「兄さん、みました?」

「何をだ?」

「三大タイトル制です」

「三大タイトル制って……BDSのか?」

「はい。剣聖戦、剣王戦、剣豪戦、どれも苛烈を極めた戦いになりそうですね」

「……そうだけど、有紗。お前、BDSは嫌いなんじゃ……」

「ふふ。さぁ、どうでしょうね? きっと近いうちに面白いことがわかりますよ」


 不敵に微笑んで有紗は二階へと登っていく。その言葉の意味を知ることになるのは、そう遠くない話だった。




「三大タイトル制か……」


 自室のベッドに横たわる俺はボソッと呟く。


 BDSの世界。そこは輝かしい世界であるが、プレイヤーにとってはそれと同じくらいに地獄でもある。照らされている世界は外からの世界。その中は皆が自分の命をかけて戦っている。


 その世界にまた踏み込む覚悟が俺にはあるのか?


 三大タイトル制の移行により、環境は変化する。それはきっと今までにはない大きな変化だろう。


 俺は……俺は……また行けるのか? あの頂点に……。


 そんなことを考えながら、俺はBDSの世界に潜るのだった。

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