物語の翼

八ツ波ウミエラ

紙とペンと物語

 筆ペンが紙の上をさらさらと動く。


「今回のは自信作だ!!」


 水野がでかい声で叫んだ。まあ、自分の部屋だからいいんだろうけど。


 水野は漫画を描いている。正確に言えば、漫画のようなものを。コマが割られ、キャラクターが吹き出しで喋る。ちゃんと漫画の形をしているとは思う。問題は、その内容だ。今回の話はどんなのだっけ?


「宇宙海賊が月に遊園地を開園!!でもそこにテロリストがあらわれる!宇宙海賊はアメリカ大頭領と協力してテロリストを倒すんだ!!名作間違いなし!!」


 迷作だな。間違いない。でも俺は水野の迷作漫画が好きだった。水野の荒唐無稽な漫画を読んでいる間は、俺は悩みを忘れられるからだ。


「漫画賞の締め切り近いんだよな?邪魔しちゃ悪いから、俺はそろそろ帰るよ」

「おう、またな。あっ!はじめ!背中!また翼が出来てる」


 水野の言った通り、俺の背中には翼が出来ていた。翼と言えば、大抵の人は美しいものを思い浮かべるだろう。だが俺の翼は美しくなんかない。水野がさっき鼻をかんだティッシュやら、お菓子の包装紙やら、水野の数学のテストやらで構成されている。俺は紙を自分の背中に吸い寄せて、翼のようにしてしまう特殊体質だった。


 人はこの体質のことを天使体質と呼んだ。俺の知ってる天使は、背中に数学のテストつけてないけどね。


 俺は生まれたときから、この体質で苦労してきた。特に、水野と出会った日は、大変だった……。


 学校は紙にあふれている。ノート、教科書、プリント、あげていけばキリがない。入学式の日、俺は大量の新品のノートに襲われた。売店に配達に来たトラックにうっかり近づいてしまったのだ。


 ノートのページを吸い寄せて翼はみるみる大きくなり、俺は重みで潰されていた。先生や同級生達が力を合わせてノートを除去してくれなかったら、死んでいたかもしれない。


 命はなんとか助かったけれど、俺達は途方にくれていた。俺を助けるためにノートをむりやり引っ張ったもんだから、周り中、ノートの切れ端だらけだ。これを掃除するのは、さぞ大変だろう。


「でもさ、紙がこんだけあったら、いっぱい落書き出来るよ」


 そう言って、やつは筆ペンで俺の翼に絵を描き始めた。地面に腐るほど紙が落ちてるんだから、そっちに描けばいいだろうに。描き終わると、ちぎって見せびらかしてくる。


「じゃーん。焼きそばを食べるゴリラ!」

「焼きそばを食べるゴリラ……?なんでそんなの描いたんだ……?」

「なんとなく」

「なんとなく……??」


 それ以来、俺と水野は友達になった。



「はじめ、今日先に帰ってていいよ。あとさ、おれ、漫画賞、落ちたから」


 放課後、それだけ言って、水野はどこかに駆けて行ってしまった。もっとも、どこに行ったかは分かっている。


 水野は落ち込むと学校の屋上に行く癖がある。あの荒唐無稽な漫画が読めなくなると困るから、ほんの少しだけ励ましてやろう。


 屋上に行くと、水野は柵の向こう側にいた。一歩踏み出せば、やつは落ちて死ぬだろう。


「おい!!漫画の賞が取れなかったぐらいで、死ぬことないだろ……!」

「死ぬ?何言ってんだよ。ただおれは、この物語の葬式をしてやりたいのさ」


 そう言って水野は屋上から校庭に向かって、原稿用紙を放り投げた。俺がこんな糞みたいな体質じゃなかったら、原稿用紙は風に乗って校庭にばらまかれて、水野は反省文を書くことになり、俺はそれを見て大いに笑ったことだろう。けれども、風向きを無視して、原稿用紙は全て俺の背中へと集まる。翼は神様の贈り物だと誰かが言った。それだと、水野が神様ってことになるじゃないか、畜生め。


「ふふ、だから先に帰れって言ったのに」 


 水野はくすくすと笑う。


「てめー、覚えてろよ。くそっ。案外重てーぞ、これ。何ページあるんだ」

「41ページ。いいじゃん。かっこいいよ。紙の翼じゃなくて、物語の翼だ!」

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物語の翼 八ツ波ウミエラ @oiwai

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