紙とペンのセックスレスが産んだもの(KAC4)

つとむュー

紙とペンのセックスレスが産んだもの

「なあ、後輩。セックスレスが産むものって……何だと思う?」

 部室のドアを開けるなり、部長が俺に問うた。

 黒い長髪が似合う艶麗な瞳だけをこちらに向けて、読んでいたタブレットをそのふくよかな胸に伏せて。

 ――また、いつものが始まったな。

 我が文芸部の部長は、意味のない問答を交わすのが好き。結論なんて出なくてもいい。人同士がお互いの考えをぶつけ合うことが本質と彼女は言う。なんでも、そこから得たインスピレーションを文芸活動の糧にしているという。

 まあ、これだけを聞いたら健全な活動だ。文芸部としては。

 最大の問題点は、先ほどの部長のセリフ。そう、部長は「セックス」という単語を使うのが大好きなのだ。校内で一、二を争うほどの美女の部長がだ。

 免疫のない新入部員は、男女を問わずドギマギする。「セックス」を連発する部長の問答に。純粋な男子生徒なら、もしかしたら誘われているのではと幻想を持ってしまうだろう。しかし、問答を重ねるうちに悟るのだ。部長にとって「セックス」という単語は、「おはよう」とか「さようなら」と同じくらいの意味しか持っていないことを。少しも恥らうことのない鉄面皮のような部長の表情を伺っているうちに。

 普通の生徒は、この弊害が心のアンバランスとして表れる。俺は、部長のことをロボットのパッペーくんか何かと思っているので心の安静を保ててはいるが、耐えられなくなった部員は一人一人と部室に顔を出さなくなってしまった。


「なかなかの禅問答ですね」

 セックスレスから子孫は産まれない。

 ――セックスレスが産むもの。

 問答を展開させるなら、視点を変える必要がある。

「セックスレスの結果として産まれた状況を答える――的な感じでもいいですか? 熟年離婚、みたいな」

「それを言うなら、少子化なんてのもそうかもな。が、私が言いたいのは、そういう現実的なことじゃないんだ」

「と言いますと?」

 すると先輩は左手を顎に当て、部室の天井を見上げた。床に落ちないよう右手で胸に押し付けられるタブレットの方が、俺は気になってしまう。ああ、あのタブレットになりたい。

「もっと文学的な意味というか、いっそのことフィクションでもいい」

 フィクション?

 確かに、多くのファンタジー小説にセックスは似合わない。

「ライトノベルなんて、その一例かもしれないぞ。なあ、後輩」

 もしかして部長、行き詰ってます?

 そりゃ、ライトノベルを書いている時は、部長の好きな「セックス」についての問答はできませんしね。

 ――セックスレスが産むもの。

 それは、ライトノベルが成し得るものと類似、いや等価なのかもしれない。

 しかし、ここから部長の妄想がまさかの大暴走。


「ふと思ったんだ。紙にペンで文字を書く行為って、なんかセックスみたいだって」

 うわっ、そこですか? 部長。

「だってそうだろ? ほら、先端の敏感なところからピュッと液体が出るんだぞ」

 ――パッペーくん、パッペーくん、パッペーくん……。

 不意を突かれた形になったが、俺は急いで脳内にパッペーくんを召喚した。

「ペンが紙に触れた瞬間その液体が放出され、紙の奥深くまで侵入するんだ」

 先ほどまで天井を見上げていた部長の瞳は、すでに俺を標的に据えていた。セックス問答という闇に引きずり込むために。

「その証拠にガラスには文字は書けない。紙には女性的な懐の深さがあると思わないか?」

 それって万年筆や水性ボールペンとかの話ですよね?

 マジックインキならガラスにも文字は書けちゃいますよ。

「一度紙に触れたペンは、その身を離すことなく動きながら液体を放出し続けるんだ。時には激しく、時にはゆっくりと」

 お願いだから連想させないで下さい、部長。

 だから、スカートを揺らしながら腰をくねらせないで!

 ――踊れ、パッペーくん!

 俺は部長のなまめかしい腰の動きを、パッペーくんの変な踊りに脳内変換した。

「紙の繊維の奥に侵入した液体は点を結実し、ペンの動きに合せて線に発展する。そしてそれは文字となり、やがては文学という子を紙に宿すのだ」

 先ほどまで顎に当てていた左手を下し、制服の下腹部を押さえる部長。この場所が子宮と言わんばかりに。

「しかし最近、私は感じたんだ。紙とペンはセックスレスの時代を迎えたと。こいつのせいでな」

 そう言いながら、部長は右手のタブレットを胸の前にかざした。


 そのタブレットは、最近部費で買ったものだった。

 ネット環境の充実によって、文学の世界においてもネット発の作品が増えて来た。ネット小説が原作となってアニメ化、そして映画化に発展し、社会に影響を与える作品も現れ始めている。つまり、最新の文学情報を手に入れるためには、ネット小説にも目を光らせる必要がある――という我々の主張を学校側が認めてくれたのだ。


 部長がかざすタブレットには、有名なネット小説サイトが表示されていた。

 ――マルヨム。

 三周年を迎えたそのサイトからは、すでに小説が何冊も発刊されている。

「これが、紙とペンのセックスレスが産んだもの――と私は考える」

 伏目がちに、部長は俺に伝う。

 さらに長さを増して見える艶やかなまつ毛が何かを訴えている。

 そうか、部長が最近寂しそうな顔をしていると思ったら、これが原因だったのか……。

 部長は本が好きなんだ。

 根っからの文学少女なんだ。

 紙とペンのセックスを本当に望んでいるんだ。

 だから俺は声を掛ける。目の前のパッペーくんではない大好きな部長に。艶やかなまつ毛を上げて、再び前を向いてもらうために。

「そういえば部長。マルヨムでこんなアンケートをしていましたよ。今後はネット発の本をどんどん印刷していくんだって」

「えっ? そうなのか?」

 輝きを取り戻す部長の瞳。

 この光を浴びるために部活に来ていることを、俺も忘れかけていた。

「紙は文化の母であることに、ようやく社会も気付いたんでしょうね」

「そうだよね、そうだよな! 紙とペンのセックスをこれからも続けようじゃないか。そして二人でどんどん子供を産み出そう!」

「ちょ、ちょっと部長。声が大きいですよ!」

 さすがに今のはヤバかった。

 廊下で漏れ聞いた生徒は何を思うだろう。

「わ、悪かった……後輩……」

 初めて見る、ほんのりと顔を赤くする部長。

 その表情を愛おしいと、俺は心から思うのであった。

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