指先で答えて

夏祈

指先で答えて

 初恋の女の子は、指先から光を発する子でした。


 それを知ったのは、共に日直になったその日、懐中電灯も持たず真っ暗な倉庫に入って行った放課後のことだった。懐中電灯を持たなかったのは、単純にそこがそんなにも暗い場所だと知らなかったから。行って、そのことを知り、灯りを取りに戻ろうとした僕の制服の裾を引っ張って、彼女は言った。

「わたし光るから、大丈夫だよ!」

 こう言われて、頭の中にクエスチョンマークを浮かべない人がいるだろうか。彼女の名前は指原ひかり。新手の名前をもじったジョークか、と思った矢先、彼女が伸ばした人差し指の先が、光を発していた。

「ほらね!」

 いや、ほらね、じゃないだろ。何それ、何仕込んでるの? てか結局名前のまんまじゃん。

「ほら、青井くんも探して!」

 考える暇すらも与えてくれない彼女が発する仄かな光で、僕らは目当ての本を探す。そもそもこれ、日直の仕事にさせるなよ。


「指原さん」

「ん?」

「さっきの…何?」

 皆帰って誰もいない教室に戻り、もう先程の光の欠片も無い彼女にそう問えば、あぁこれ?と言って、その指先に光を灯す。前後の席に座って、振り向く彼女の指先をまじまじと眺めた。どうやら割と広範囲を照らせるタイプらしい。光量もなかなか申し分ない。

 ──まぁ、これが生きる場面など暗い中で鍵穴を探す時くらいじゃないだろうか。

「これねぇ、家族みんな出来るんだよ。だから家族写真とかみんな光りながら写るの」

 なんだそのカオス。しかも一族揃ってその能力持ってどうするんだよ。

「その能力、持ってて今まで良かったなぁって思ったこと、ある?」

 僕がそう訊けば、彼女はうーんと唸りながら少し上を向いた。茶色のふわふわした髪が、白い頬を撫でながら零れ落ちる。くるりと上を向く睫毛が二、三度ぱちぱちと動いて、その視線は僕に戻ってくる。

「停電した時とか便利だよ。お腹の減りが少し早くなっちゃうけど」

 少し照れながら笑う、その表情は愛らしい。普遍的な言葉しか無い自分の語彙を恨むが、明るく誰にでも分け隔て無い彼女は、名前の通り光が似合う人だった。例え、本当に光を発する人じゃなくとも。

「でもさっき、青井くんが懐中電灯を取りに戻ろうとしてたでしょ? その手間を省くことが出来て、良かったなぁって思ってるよ」

 微笑むその表情に、その言葉をさらりと言える彼女に、僕は前から恋に落ちていた。それが、彼女が誰にでも向けられる感情のお零れだったとしても。少しだけそんな気持ちを持ったまま、それでも胸の奥に仕舞って置こうと決めていた。だって彼女は皆に愛される人だから。皆を愛するような人だから。

「あっ」

「えっ、どうしたの」

「んっとね、楽しいことするの」

 そう言って、彼女は自分の鞄を漁り始める。取り出したのは、何の変哲もないルーズリーフとシャープペンシル。

「そこに私の名前、書いて」

 唐突にそう言われて、僕は首を傾げながらそこに彼女の名を綴る。たった五文字、彼女の人生を賭したそれは、存在を作り上げる長い時間とは裏腹にあっさり書き終わってしまう。指原ひかり。本当に、彼女を表すに相応しい言葉。

「青井くん、字綺麗だね」

「そうかな。あんまり言われたことない」

「わたしの文字、丸文字だからそういう達筆みたいなのに憧れるなぁ。ペン習字とかやったら上手になるのかな」

 彼女は唇を尖らせて、くるくるとペンを遊ばせる。紙の端っこに小さく彼女が書いた『青井くん』の文字は、確かに可愛らしい丸い文字をしていた。

「そうそう、青井くんさ、小学生くらいの頃にブラックライトのペンで遊んだことある? あの普通に書いたら見えないけど、ブラックライト当てたら書いた文字が浮かび上がってきますーってやつ」

「あぁ、あれ……知ってはいるけど」

「うーん、男の子は使わないものなのかなぁ…あれすっごいわくわくするのに…」

「僕の周りがあんまり使ってなかっただけなのかも。で、それがどうかしたの?」

 僕の返答に眉をひそめて、唸る彼女にそう声をかければ、ぱっと嬉しそうな表情をする。透き通るような茶色の目を大きく開いて、楽し気に口を開いた。

「そう、あれみたいにね、私のこの光を書いた文字に当てると、その人の感情が見えるんです!」

 具体的なものの名前だとね、そのものに対するその人の気持ちが浮かび上がるんだよ、なんて弾ませた声で彼女は言って、先ほど僕が書いた文字に指先を向けた──ちょっと待って? 彼女はいま何と言った? 具体的なものの名前だとそれに対する気持ち、と言わなかっただろうか。僕が書いた文字は彼女の名前。それはまぁもう具体的な名前だ。紛うことも無く。つまりそれは、彼女に対する僕の気持ちが見えてしまうというわけで、そんなもの、そんなもの!

 気付いて手を伸ばした時にはもう遅くて、彼女が発する光は確実に僕が書いた文字を射抜く。指先から零れる真っ白な光が紙を照らして、その部分が淡く色付く。言い逃れも出来ない、桜色。感情を示す色の規則性を知らなくたって察せる。だってこれは僕自身の感情なのだから。それは、きっと好きなものに向ける色。

──あぁ、やってしまった、バレてしまった。ずるいじゃないか、そんなの。

 せめて謝罪だけでもしようと視線を上げて、彼女を見れば、薄く色付いた頬。ひゅっ、と音になっているかも怪しい声を上げながら彼女が引き寄せた手が、先程彼女が書いた僕の名前を照らす。そこに浮かんだのは、同じ桜色。

「────え」

「えっ、いや、あの、違うの、これは、ね、えーっと、その……」

 わたわたと両手を振って、どうにか弁解しようとしているようだった。でもその意味は彼女がさっき自分で言っていたのだし、それが嘘で、ただのタネのあるマジックなのだとしたら、この反応はどう考えても可笑しいだろう。

「──指原、さん」

 奇妙な声をあげて、彼女が僕を見る。その視線を受け取るように、僕も真っ直ぐに彼女を見た。

──ねぇ。答え合わせを、しても良いだろうか。

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