雨、津々と。

RPGA1069

第1話

全身が湿気と暑さで覆われている。

日差しは黒々とした雲に隠れ、屋根からは花火を散らすような細かな音と大小の雫がアスファルトに絶え間なく流れ落ち、周りからは湯気が上がっている。私は雨音に耳を澄ませ、強い自然の匂いに身を委ねていた。


「止みませんね、雨」

後ろで座っていた女性が静かに呟いた。

まるで独り言のように小さく、繊細で、どこか丁寧さを思わせる声だった。

「そうですね」

私も呟くように答え、雨の滴りをぼんやりと見つめていた。


ここらは夕方でも車通りが少なく、ひたすら山に囲まれている。それ故か天気も非常に変わりやすく、先程まで雲ひとつない晴天の空が、厚い雲に覆われ、嵐のような大雨が地面に降り注ぐというのは、ここらに住む人にとっては珍しい光景ではない。

「ここまで激しい夕立なんて、珍しいですね」

腹部に響く程に激しい雨が降り頻る中、女性の声が小さく、緩やかに耳に届いた。

「そうですね。ここら辺じゃ、雨が降るなんて日常的ですが、こんなに土砂降りなのは久し振りですね」

遠くの山は雨に煙り薄く包まれていた。


時折、少し強い風が吹き、顔に張り付いた蒸し暑さに水滴と共に少しの涼しさを感じさせる。煙りが流れるにつれ、山の緑は少しの間だけ姿を現し、そしてまた白い影に包まれ見えなくなっていった。


アスファルトにはいくつもの水溜まりができ、小さな波紋が細かく広がっている。足元でできた水溜まりには、揺らぎ刻まれている私の姿が映っていた。

一瞬だけ光を感じた。私は空を見上げた。まるで硝子棒から垂れる一滴の石灰水のような遠雷が、連なる山々で走っていた。

「雷……遠いですね」

女性の声は以前より小さく私の耳に届いた。

「雷が落ちるのも、この辺りでは珍しくないんですか?」

「ええ。珍しくはないです。もっと町の近くで落ちることもあるんですよ……」

そういえば、幼い頃は雷の音が怖かった。

あの敵意にも似たような、今にも襲いかかってくるような閃耀と地響きのような重低音が嫌いだった。

今ではもう、その恐怖も忘れてしまっていた。

儚い夢のような想起。

響く雷鳴を、私は激しさを増す雨音と共に感じ取っていた。


この場所に立ち、暫くが経った。

雨は以前とは違い、細かく、繊細な粒となり、今まで響いていた雨音は静まり返り、周りは霧のように白く染まっている。遠くでは相変わらず雷が瞬いていた。

私は自然が繰り出す音の波長に身を任せ、朧気にアスファルトを見つめていた。

ふと、遠くから微かに羽音のようなものを聞き取った。

羽音の方向に顔を向けた。すると霧の中から光の粒がこちらに向かってきているのが見えた。

それは少しずつ大きくなり、やがて羽音はタイヤがアスファルトを蹴りつける音に変わった。

「バス、来ましたよ」

私は女性に告げ、一歩だけ後ろに下がった。

「本当だ。なんだかとても長い時間ここに居たみたい」

「ここは時間の流れがすごく遅いですから」

バスはこの場所に近づくにつれ緩やかに速度を落とし、目の前に停車した。

すぐにプシュー……という空気が抜ける音と共に扉が開いた。中は明るく、その明かりは水溜まりに反射していた。


「それでは」

女性は私に別れを告げ階段を上ってゆく。

私は軽い会釈をし、別れを告げた。

やがて扉は閉まり、緩やかに速度を上げていく。

私は霧の中に溶けてゆくバスを見送った。

雷は既に止み、霧は少しだけ薄らいだ。アスファルトの水溜まりの波紋は静かに弧を描いていた。

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