第5話

「……何だよ,お前も『赤』バージョーンかよ! じゃぁ出るポケモンいっしょじゃん!」てっきりトリナが自分とは異なる『緑』バージョンを持ってきた,と思い込んでいたゴンタが,不満の声を上げる。

「まぁ,まぁ。でも,お互いに交換したいポケモンはあると思うよ」すかさずトリナは彼を諭すと,「ポケモンずかん」が映った画面を見せた。図鑑を見れば,どのポケモンを捕まえているかを確認することができる。

「あ,ピッピ持ってるの? じゃあ,それ,ほしいな」画面をのぞき込んだゴンタが言う。続けて、交渉を持ちかける。

「オレね,プリン持ってるから。お前,持ってないっぽいな。よし,交換! 決まりだ!」

「えっと,プリンってどれだっけ?」まだ,トリナはポケモンの名前と姿が覚えきれていない。

「これこれ」今度は、ゴンタが自分のゲームボーイを見せて、プリンというポケモンを画面に映す。

「あ,持ってないなぁ。野生で出るんだっけ?」

「たまに出るっぽい。じっさいにオレ,捕まえたし。欲しいだろ? 多分,自分で探すより,交換したほうが早いよ。さ」

「でも,ピッピは1匹しか持ってないからなぁ。交換したら,いなくなっちゃう」トリナは交換を渋る。

「必要だったら,また捕まえればいいじゃん」

「う~ん……。じゃぁ,ピッピの代わりにポッポでいいかな?」

「何の代わりだよ! やだよ! ポッポはどこでも手に入るだろ!」

 ゴンタはトリナの代替案を即刻却下し,半ば強引にポケモン交換に押し切った。


「あ,そうそう,オムナイトとカブト。お前はどっち持ってる? それも交換しないか?」二人の最初のポケモン交換の合間にも,ゴンタはしゃべり続ける。

「えっと,オムナイトって何だっけ? あと,カブトってポケモン? 何だっけ?」トリナが聞き返す。

 ポケモンを始めて一週間。いくら没頭して攻略したとはいえ,トリナはポケモンの名前を十分に覚えられていない。もちろん,野生で嫌というほど出会って目に焼き付いたポケモンもいる。反対に,ほとんど戦った覚えがないポケモンもいる。そもそも見たことも聞いたこともないポケモンすら,まだだ存在するだろう。そんな中で,ゴンタの口からポケモンの名前が次々と発せられる度に,何だっけ? と,記憶を辿たどることになる。

 都度,ゴンタは「これだよ,これ」と,どういうポケモンなのか,トリナに教えていく。彼のほうが前からポケモンを始めていたとはいえ,よくこんなにポケモンを覚えてるんだな,とトリナは感心せずにはいられなかった。

 だって,確か小2の三学期,ゴンタはかけ算の九九が全然覚えられなくて,毎日補習を受けていたような――トリナは,当時の彼の記憶力の程がうかがえる日々を思い出していた。


 「えっと,9×7くしち……9×7くしち……なんだっけ?」補習時のゴンタは悩む。

 「……さっきも言わなかったかな? 63ですよ」先生が苦笑しながら答える。

 「そうだ,そうだ。63だった!思い出した!」

 こんなやりとりがあった次の日には,「えっと,9×7くしち……9×7くしち……なんだっけ?」と,また忘れてしまう。さらに次の日には、「えっと,9×7くしち……61?あ,ちがう。67!」と,あろう事か,かけ算の答えに素数を顕現させる始末。ゴンタと一緒に帰るべく,廊下で補習が終わるのを待つトリナの耳に聞こえてくるやり取りは,何とも不安にかられるものであった。はたしてゴンタは,このまま九九を覚えずに,小3に進級してしまうのだろうか――。

 

 しかし,そんな彼が持つポケモンの知識は,算数の知識とはうってかわって豊富であった。ポケモンの名前はもちろん,それぞれのポケモンの特徴――攻撃力や防御力の高さや,得意技,弱点など――も詳しかった。交換中にも,トリナの攻略状況を伺っては,あれを捕まえたほうがいいとか,この技をポケモンに覚えさせたほうが良いとか,まるで先生さながらの態度だった。

 そうしている間にも,ゲームボーイの通信が終了した。トリナの画面には,ゴンタが捕まえたポケモンであるプリンが映っている。通信ケーブルでやってきたポケモン。トリナは今一度,通信ケーブルにそっと触る。ここを通ってやって来たのか――。何とも新鮮で,しかし不思議な感覚に覆われていた。

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めざせポケモン最長しりとりマスター @reakoirer

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