第3話

 まぁ,『赤』でもいいや。

 結局,トリナはなけなしのお年玉で『緑』は買わないことにした。別に,ゴンタへの弁明は何とでもなる,と踏んだのだ。

 今日は月曜日。約束の日曜日までには時間はたっぷりある。今のうちに少しだけ進めておいて,さっさとスーファミをやろう。そう思ったトリナは,急いで倉庫に眠っていたゲームボーイを掘り起こした。手に入れたばかりの箱を開け,中の説明書を開くことなく,すぐにカセットを入れ,電源をONにする――

 ――が,電源が入らない。電池切れだ。トリナはスーファミにはない不便さを感じつつも,やはり倉庫に眠っていた新品の乾電池を見つけて交換する。今度こそ,電源が入った。

 ゲーム名にもなっている「ポケットモンスター」,縮めて「ポケモン」は,同ゲーム内に登場する不思議な生き物の総称でもある。フシギダネ,ヒトカゲ,ゼニガメ。トリナは,この3匹のポケモンの中から,1匹を入手して冒険を進めるということぐらいは,事前に知っていた。

 何となく火を使うポケモンがカッコいい。トリナは直感で,尻尾に炎をまとった爬虫類はちゅうるいのようなポケモン,ヒトカゲを選択した。

 後はちょっとだけ遊んでセーブして,スーファミに切り替えよう。そんな軽い気持ちで,ポケモンの世界に入っていったのである。


 ポケモンのストーリーの粗はこうだ。

 主人公は赤い帽子を被った10歳の男の子。一貫して生意気な幼馴染おさななじみと近所に住んでいる。ある日,オーキドと名乗る,孫の名前も思い出せなかった耄碌もうろくしている博士が,子供1人で町外に行くのは危険という理由で,主人公と幼馴染に1匹ずつポケモンをタダで渡すのである。こう言うと一見親切そうな博士に思えるが,もちろん,これはわな。隙あらば謎の図鑑を押し付け,自分の若い頃の夢だった等と抜かしつつ,「すべてのポケモンを集めて図鑑を完成させよ」という歴史に残る偉大な仕事を一方的に押し付けていくのである。試食したのに商品を買わずにいると罪悪感を覚えてしまうアレと同じで,純真無垢むくな少年達に,たったポケモン1匹で無理難題の要求を断れないように仕向けてしまった。老いぼれを自称する割に,その老獪ろうかいさは存外計り知れない。

 それでも,少年達は図鑑の完成を目指し,というより,ポケモンを育てて戦わせて強くなるという目的がいつの間にか追加された上で,山を抜け,海を超え,ついでに化石を復元し,ひたすら冒険していく。彼らはポケモンを育て戦わせる「ポケモントレーナー」として,その実力を証明するために,各地方にあるジムの凄腕すごうでトレーナー「ジムリーダー」に打ち勝ち,しまいにはトレーナー最高峰が集う「ポケモンリーグ」へと挑んでいくのである。

 主人公がポケモンリーグの四天王に勝利し,チャンピオンのいる部屋に向かうと,そこには,かつての生意気な幼馴染の姿が。彼との熾烈しれつな戦いの末,勝利すれば,博士が悔しさを滲ませている幼馴染に「お前が負けたのはポケモンへの愛情を忘れているせい」と,極めて心無い台詞を吐き捨てて立ち去るとともに,めでたくゲーム本編としてのエンディングを迎えるのである。


 トリナは,これまでに遊んできたRPGとは違う,この相対したモンスターをただ単に敵として倒すのではなく,仲間にもできるという事実に,十分な新鮮味を覚えていった。そして,最初にもらったヒトカゲとともに,新たに加わった仲間もみるみる成長して強くなっていく。成長すればするほど,それぞれのポケモンは,多様な「わざ」を習得できる。ジムリーダーにも挑める強さにもなった。レベルをあげよう。草むらを抜けよう。洞窟を進もう。化石を手に入れよう――。

 さて,今日はどこまで進めればよいかな。と,トリナはゲームの区切りを意識しつつも,そう簡単には十字キーとボタンからは手が離れなかった。


 ――日曜日の朝。

 棚の上にずっと置かれていたスーファミの表面には,うっすらと埃が積もっている。

 「トリナ」と名前が付けられた赤い帽子の主人公は,チャンピオンになっていた。

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