文字魔術師の人助け
三谷一葉
駆け出し冒険者、頑張る
「魔術を使うのに何が必要かって? そんな大したことないですよ。紙とペンと創造力があれば充分です」
☆☆
《嘆きの洞窟》の最奥には、ある魔術師が遺した薬草園がある。
そこに群生している薬草は、どんな傷や病もたちまち治すのだと言う。
盗人たちから薬草園を守るため、魔術師は土人形を作った。何度破壊されても再生する土人形は、主がこの世を去った後も、健気に薬草園を守っている。
「いぃぃやああああああっ! 無理無理無理無理、死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬぅ!」
「あらあらまあまあ、大変ですねえ」
そうして今日もまた一人、無謀にも《嘆きの洞窟》に挑んだ冒険者が、無様な悲鳴を上げていた。
頭上から降ってくる土人形の腕を、大きく横に跳んで回避。そのままゴロゴロ転がって、涙目のまま立ち上がる。情けなかろうが何だろうが、とにかく剣を構えた彼のすぐ横で、ほわほわとした声援が聞こえた。
「頑張ってください、ジェフさん。今のジャンプ格好良かったです」
「ありがとう、リム。現在進行形で俺頑張ってる。頑張り過ぎてなんか涙出てきた」
「ジェフさん頑張りました大賞ですね」
銅の剣に革鎧という、典型的な駆け出し冒険者の格好のジェフが言えたことではないが、こんな状況でもほわほわと笑っている彼女は、大きな三角帽子に黒いマントという、いかにも魔術師といった格好だった。紐をくくりつけた木板をネックレスのように首からぶら下げ、杖の代わりに羽ペンを握っている変わり者の魔術師だが。
《嘆きの洞窟》の土人形を攻略するためには、魔術師の協力が必要不可欠だ。剣での攻撃は土人形には通用しない。魔術で土人形を封じなければならない。
小説などによくあるような「幼馴染の駆け出し魔術師の少女」などという都合の良い存在は、ジェフにはいなかった。
ダメで元々と冒険者ギルドに泣きついてみたが、駆け出し冒険者のジェフと組みたいという奇特な魔術師はいなかったし、ジェフには魔術師を雇えるだけの金もなかった。
冒険者ギルドの入口の前で途方に暮れていた時に、通りかかったのがリムである。どうしたんですかと問う彼女に半泣きで事情を話したところ、それなら私が一緒に行きましょうと言ってくれたのだ。
そこまでは良かった。《嘆きの洞窟》の薬草園に向かうまでの道のりも大丈夫だった。
問題は薬草園に着いた後。薬草園の番人である土人形が動きだした直後である。
「あ、これ無理ですね」
肝心要、頼りの綱だったリムが土人形を見るなりそう呟いて、その場にぺったりと座り込んでしまったのだ。首からぶら下げた板を机代わりにして、その上に広げた紙に何やら猛然と書き始める。
大変なのはジェフだ。侵入者を目前とした土人形に「ちょっと待って!」など通じるはずがなく、一人で奮闘するハメになった。
動かなくなったリムを守るために、効かないと分かっている剣を振り回す。殴りかかってくる土人形の腕を弾き、軌道を逸らし、奇声を上げたり意味もなくごろごろ横転してみたりと、とにかく色々頑張った。
だが、そろそろ限界である。剣にはひびが入ってるし膝はがくがく笑っているし、涙でぼやけて前が見えない。
やっぱり無謀だったのだ。駆け出し冒険者が《嘆きの洞窟》に挑もうなんて。
「あ、ジェフさん、上~」
「ぎゃふぃっ!」
ほわほわしたリムの声に、反射的に顔を上げると土人形が腕を振り上げているところだった。
リムを肩に担ぎ上げ、大きく横に跳ぶ。着地は上手く行かずに、ジェフは膝からべしゃりと崩れ落ちた。土人形の腕が、地面に突き刺さる。
地面から腕を引き抜いた土人形が、ゆらりとこちらに向かってきた。ジェフにはもう立ち上がるだけの体力もない。
覚悟を、決めた。
「あの、リムさん」
「はあい?」
「まだ、元気ありますか」
「元気いっぱいですよ」
「じゃ、じゃあ、俺、もう一回だけ頑張るんで。俺が土人形に斬りかかったら、全力で入口まで走ってください」
「はい?」
「付き合ってくれて、助かりました。それじゃ────ううぇっ!?」
最後の力を振り絞って立ち上がり、土人形に斬りかかろうとしたところで、後ろから思い切り腕を引かれて失敗した。ジェフは再びべしゃりと崩れ落ち、入れ替わるように立ち上がったリムを見上げる形になる。
「ジェフさん、変なこと言いますね」
「え、変なことって…………だって俺が頼んだからこうなったわけだし、それなら俺が責任取らなきゃだし」
「まだ薬草、採ってないでしょう。駄目ですよ、そんなの。何のためにここまで来たんですか」
「り、リムだって無理だって言ってた」
「もう大丈夫です」
リムはにっこりと笑って、板の上に固定していた紙をジェフの前に広げて見せた。
そこにはびっしりと、書き殴られた言葉が並んでいる。
────土人形、鎖で縛れ。鎖で固定。鎖で締め付け。土人形、動くな止まれ。そのままそこに。ジェフが薬草を詰むまで邪魔をするな。私達が出るまで石になれ。邪魔をするのは許さない。
「ジェフさんが時間稼ぎをしてくれましたから何とかなります」
リムはそう宣言して、ふわりとその紙を土人形に向かって投げた。
腕を振り上げた土人形の顔に、ぺたりと紙が貼り付いた。土人形が紙を払い落とすよりも早く、紙からいくつもの太い鎖が飛び出した。
じゃらじゃらと鎖が擦れ合う音がする。鎖は土人形の身体に何重にも巻きついた。拘束から逃れようと土人形は暴れているが、やがて石にでもなったかのようにぴたりと動きを止める。
その様子を見て、リムは飛び跳ねて喜んだ。
「やりました! 大成功です!」
「い、一体何が」
「何って、私の魔術ですよぅ。私、文字魔術師ですから」
「文字魔術師ぃ?」
そんなもの聞いたことがない。
「魔力を羽ペンに込めて、紙に文字を書いて魔術を発動させるんです。必要なのは、紙とペンと創造力!」
「そんなの初めて聞いた…………」
対象をどうしたいか、どんな現象を起こしたいのかを紙に書いて、実現させる。それが文字魔術師なのだとリムは言う。
「手持ちの紙で何とかなるかなって思ってたんですけど、実物見たらやっぱりその場で書かなきゃ無理だなって思いまして。ジェフさんが時間稼ぎをして下さって助かりました」
石化した土人形の脇を通り過ぎ、リムは薬草園へと足を踏み入れた。ジェフの方を振り返って、真面目な顔で言う。
「さあジェフさん、邪魔者はいなくなりました。思う存分薬草を採ってください」
「ああ、うん」
「この薬草で、ジェフさんの村の流行り病、一網打尽にしてやりましょうね!」
「うん。…………俺、リムにその話してたっけ?」
ジェフが駆け出し冒険者になったのは、《嘆きの洞窟》にどんな病も治せる薬草があるという噂を聞いたからだった。その薬草を手に入れることが出来れば、故郷を救えると思った。
「ジェフさんが冒険者ギルドで頑張ってるの、私、ずっと見てたんですよ」
故郷を救うべく、生まれて初めて村から出た駆け出し冒険者が、冒険者ギルドの連中に身の程知らずの田舎者だと馬鹿にされ、そんな端金じゃあ誰も雇えはしないと嘲笑われているのを、文字魔術師はずっと見ていた。
「だから、お手伝いしたいと思ったんです。ジェフさん、よく頑張りました。頑張りました大賞です」
「…………うん」
安心したら、また涙が出てきた。
リムにそれを気づかれる前に、ジェフは慌てて顔を擦った。
文字魔術師の人助け 三谷一葉 @iciyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます