おまけ2『白熱! ベーゴマ対決』

 正月休みに入って、心明と明明はシープコプコフで一日を過ごしていた。

トールは新年の工房での仕事はまだ受け付けていないが、一日暇をしているのも性に合わないと、昼から店を開けていた。相も変わらず客足は鈍いが、ちらほらと新年の挨拶に来るご近所さんたちがいた。明明はお茶を出したり、世間話に付き合ったりして忙しそうにしていたが、心明は何が面白いことはないかと、シャッコーの上で呆けていた。何処か行くなら行こうじゃないかと囃すシャッコーが、鳥小屋の柵を突っつく。そうじゃないんだと心明は、非日常的な何かを求めていた。そんな時、

「心明にいちゃ~ん」

 外で心明を呼ぶ子供の声が揃ってした。その声は、今にも泣きついてきそうなくらい哀願に満ちていた。何やら事件の匂いがした。心明はシャッコーから飛び降りると、すぐさま子供たちの元に駆け寄った。

「何過業?」

「あ、心明にいちゃん!」

 子供たちは心明の姿を見るに、やはり泣きついてきた。ぽろぽろと涙をこぼし、しゃくりを上げている。

 心明はこの辺りの子供たちの中でお兄さん代わりをしていた。異国から来たことで言葉はたどたどしく体も小柄なので、そこが子供たちに歳の差を感じさせない安心感を与えていた。心明も子供は好きなようで、若くして仕事をしていることも羨望の眼差しで見られ、それを鼻高々に兄貴風を吹かせることもしばしば。

 そんな弟分たちが、目を真っ赤にして泣いている。これはただ事ではない予感がした。

「詳細所望。少度、少度口話」

 心明が、少しずつでいいから何があったのか話してくれと子供たちに言うと、子供たちはその時のことを思い出したのか、一斉にわんわん泣き出した。

 心明は、とりあえず泣き止むまで子供たちの頭を撫でた。すると、

「心明、何事?」

 と、明明が子供たちの泣き声を聞きつけて店から出てきた。明明は、心明に抱きついて泣いている子供たちを見て、心明が何かしでかしたんじゃないかと思った。

「心~明~!」

「違我、過失皆無、突然号泣、皆目見当」

 心明は慌てて明明に弁解した。子供たちは明明を見留て、明明にも駆け寄った。半分半分になった子供たちを、二人はそろって泣き止ませた。集まった子供たちは年少の子ばかりだった。その中でもわずかに年上の、エドが悔しそうに涙をこらえて歯を食いしばっていた。

「エド。何事?」

 心明は屈んで話を促した。エドはポツリポツリと何があったか話し始めた。

「……僕らは公園で遊んでいたんだ。シャボン玉をしたり……お手玉したりして。みんな好きな遊び道具を持って。そしたら年長の奴等が、ここは今から俺たちの遊び場だって、僕たちを突き飛ばしたんだ。それで皆はびっくりして泣いちゃった……それでも僕が公園はみんなの遊び場だからって言ったら、じゃぁ勝負して勝った方がここの所有権を得るってことで良いなって言われて……なんだよ、勝負ってって言い返したんだけど、言う通りにしないとその時点で負けとみなすって年長の奴等は言うんだ……僕は勝負を受けた。勝負はベーゴマ対決だった。僕もベーゴマには自信があるから自分のコマで闘ったんだ……でもあいつらのベーゴマは普通じゃなかった。変な形をしていたし、それにとても強かった。僕は負けた。敗北者は出て行けって言われて、それで……」

 エドは途切れ途切れにだが、しっかりと事の詳細を話してくれた。最後には悔しさを思い出したのか、他の子どもたちと同様にポロポロと涙をこぼした。

 良く最後まで話してくれたと、心明はエドの頭を抱いて背中をさすった。エドは堰を切ったように泣き出して、心明の服を濡らした。心明の眼には静かな炎が立ち登っていた。


 エドが泣き止んで、皆に温かいものを飲ませて気持ちを落ち着かせた後、心明は自分のベーゴマを引き出しから出した。トールの店の二階には、心明と明明のちょっとした小物を置くスペースがある。心明もベーゴマが得意だった。これで年長の子と勝負をして話を着けてくるつもりだった。

「心明、勝負行?」

 明明がドアのところで言った。

「男ニハヤラナキャイケナイ時ガアル」

「奇態台詞。但、絶対勝利、是」

「応任」

 可愛い弟分たちを泣かされて、静かではあるが二人とも眼から炎がメラメラと燃えていた。

「トール、少々外出!」

 心明は断りを入れると、すぐさま公園へと向かった。そこには公園を占拠した年長の男子たちが、ボールをぶつけあったり、ブランコにしがみついて、蹴ったり掴み合ったりして乱暴に遊んでいた。年長の男の子たちは心明と後ろに隠れる年少の子たちを見て、へらへらと薄笑いを浮かべた。

「公園広大、遊技場多々、皆仲良」

 心明が言うと、その中でも一番体の大きい男の子が出てきた。面識はあった。確か鋳物屋の倅のヒロトだ。ヒロトの歳は心明よりも下だろうが、体は大きく、心明は見下される形になってしまっている。

「ここは強い奴だけが使える場所なんだ。弱い奴は出ていけ」

 その子が威勢よく啖呵を切ると、周りの子たちもそうだ、そうだと囃し立てた。

「公園使用、皆自由、無制限、ルール無用」

「いいか教えてやる。ルールのないところに秩序は生まれない。無秩序なところにはバカしか集まらない。ここではもっとここを有意義に使える奴が使うべきなんだ。わかったらお前はどっかにいけ」

 と、ヒロトは心明を突き飛ばした。突き飛ばされた心明の後ろにいた年少の子が尻もちをついて泣き出した。心明はキッと年長の子を睨み返して、

「就、勝負受諾! 正々堂々!」

 と、自分の持ってきたベーゴマを見せた。

 ベーゴマを見た年長の子たちは、ニヤニヤとまた薄笑いを浮かべ、男に二言はないなと釘を差した後、早々と床を用意した。

 バケツの口を上向きにして、その上に黒い幌を被せる。それを紐で縛って固定し、真ん中を少しくぼませたらベーゴマの闘技場である床の出来上がりだ。

 心明がベーゴマに結び目の着けたタコ糸を巻き付けていると、ヒロトが、

「そんなベーゴマで勝つ気でいるのか?」

 と自分のベーゴマを高々に掲げ、自慢げに見せた。

そのベーゴマは普通のベーゴマの形とは違い、四枚の刃がついていた。

 回すコツをつかむのに相当な鍛錬は必要だろうが、遠心力と重量のぶつかり合いになるベーゴマの対決で、それは脅威に思えた。それに刃を取り付ける影響で一番大きい高王様の位の大きさだ。心明のは最もポピュラーな角六。大きければその分、重さと力が発揮されて、有利となるが、大きさばかりだけで勝負が決まるわけではないと、心明は意気込んだ。ただ禍々しいばかりの凶悪な四枚の刃は、心明の不安を嫌が応にも掻き立てた。

 両者が紐を巻き終わり構えた。年長の子たちの中で一人審判をするものが出て、行事を取った。

「ルールはヒロトのベーゴマの方が大きいからヒロトが先入れ、年少組が後入れだ。床から弾き飛ばされたり、先に止まった方の負け。先に投げたヒロトより、後から投げる方が三秒以内に投げなかった場合は、その時点で負け。投げ方は自由。パッカン(同時に床から飛び出す場合)の時はやり直し。カマはなし。もちろんホンコ(勝った方が負けた方のベーゴマを取ること)はありだ。いいな」

 行事風に真似をする男の子がそう言うと、

「おう」

「応任」

 と、勝負をする二人が答えた。

「いけー!」

「心明にいちゃん、勝ってー!」

 年少の子たちは揃って心明に声援を飛ばした。

「それじゃいくぞ、レディ……ゴー!」

ゴーの合図でヒロトがベーゴマを放った。少し遠い位置から順手で放たれたベーゴマは微動だにせず、中央でズンと床に根差したような安定感を見せた。かなりの腕前だし、見た目の凶悪さから攻撃に特化した型かとも思ったが、ルール上ヒロトの方が先入れなのでどうやら防御型のようだ。シュンシュンと風を切る音が、いかにもと言う程に存在感を放っていた。

「どうした? 早く投げろよ! 失格になるぞ!」

 年長の子たちは囃し立てたが、コンマ一秒でも後に投げた方が、相手のスタミナを消耗できる。

 心明は制限時間のギリギリまで耐えて、下手投げでベーゴマを放った。自分のベーゴマが、空中でヒロトのベーゴマを追い越したところで、心明は紐を鞭の要領で素早く引いた。

 ヒャッチャキと言って、先に床にあるベーゴマの向こう側から、打ち込むテクニックだった。心明のベーゴマは見事にヒロトのベーゴマの下に潜り込んだ。これ以上ないくらいに投擲は成功して、いけるという確信があった。

 皆が床を食い入る目で凝視した。迎えた一合目。激しい音を立ててぶつかり合ったベーゴマからは火花が散った。

 観客の子供たちから歓声が上げる。

 最初の一撃は、心明が旨く投擲したことで、ヒロトのベーゴマをぐらつかせることが出来た。ヒロトの表情が変わると思って上目で窺ったが、この程度のことは想定済みと言わんばかりに、身じろぎ一つしていなかった。両者が床の端まで距離を開かせ、そしてどんどん中心に集まって距離を詰める。

 二合目、またも激しくぶつかる音が響いたが、それは形勢が逆転した不吉な響きだった。

 ヒロトの四枚の刃が本領を発揮して牙をむいたのだ。弾き飛ばされた心明のベーゴマは頼りなくよろけながら左右にブレた。力はなく、もう一度は耐えられないかもしれない。

 それでも年少の子供たちは、最後まで見届けようと、目を凝らしながら声援を送り続けた。負けないでくれという祈りを込めた三合目。ガキンと音を立てて心明のベーゴマは、あえなくヒロトの刃に強襲され床の下に弾き飛ばされた。

「やったーヒロトの勝ちだ!」

「やっぱりヒロトのベーゴマは最強だ!」

 年長の子たちがヒロトの勝ちを喜んでいると、ヒロトは地に落ちた心明のベーゴマを拾った。

「弱っちいけどこれは俺が貰ってやるよ。さぁそっちが勝負に負けたんだ、早く公園から出ていけ」

 鼻で笑い、心明のベーゴマは、ヒロトの木の箱で出来たコレクションボックスの中に収められた。

 心明は悔しそうに奥歯を噛み締めた。

「駒、持余。再一次希望!」

 心明は、自分のベーゴマ入れから、新しいベーゴマを取り出して再戦を宣言した。

「なんだよ、潔くないな!」

「素直に負けを見止めろよ!」

 年長の子たちは口々に心明の諦めの悪さを罵ったが、ヒロトがそれを恭しく制した。

「俺は何回勝負したっていいんだぜ。お前の持っている駒が全部俺のコレクションになってもいいならな」

 ヒロトは如何にも意地が悪そうに、心明を指差していった。

「無構」

 策はない。だが一度の敗北を味わったくらいで、諦めるわけにはいかなかった。背中を見守る子供たちに、かっこ悪いところは見せられない。皆の遊び場を取り返すんだ。心明は自分の持っている持ち駒、全てを賭けても勝たなければいけない。そう強く心に誓い、ヒロトのベーゴマを睨みつけた。


「それで、結局一度も勝てずに全部持っていかれたのか」

 居間で項垂れる心明には聞こえないように、トールは明明に言った。公園から帰って来た心明は、帰って来るなり放心状態になっており、ご飯を食べている時も上の空で、いつもの半分も食べていなかった。そしてそれが徐々に解けると、明明が事の顛末を聞いた。話している時、心明は悔しさを思い出して涙を溜めていたそうだ。

 心明が新しい駒を出して二回戦を申し出て、年少の子たちは初めのうちはまだ勝てるかもしれないと期待を込めて声援を送っていたが、心明のベーゴマが一つ、また一つと奪われていくのを見て、徐々に声が小さくなり、日が暮れるころには「心明にいちゃん、もういいよ」と心明を止めたそうだ。

 子供たちは家に帰る時間になり、名残惜しつつも帰路に着き、その後心明は、一人でヒロトに挑み続け、結局自分のコマの全てを使ってでも勝つことはかなわなかったとのこと。得意のベーゴマで、しかも年下の子供に勝負で負けたことも、年少の子たちの遊び場を取り返すことも出来なかったことも、心明のプライドをひどく傷つけただろうなとトールは思った。

「トール。心明救済、策浮無?」

「こればっかりは男の子の問題だからな」

 子供の問題に大人が口を出すものではないと、トールは口にしつつも、内心は心明の男の子らしさを良く思っていた。こういう悔しさは、一生懸命になっている者にしかわからない。プライドを持つことは容易に投げ出さず、堪えることの出来る人間と言うことだ。それに誰かを守るために、自分の力を精一杯使える人間というのは、そう易くいるものではない。そんな心の持ち主が、自分の弟子になりたいと思っていることが、トールは誇りに思った。

 とは言っても、このままにしておくこともいけないと思って、トールは腰を上げた。

 居間にいる心明を呼ぶ。

「心明」

 心明が項垂れながら来た。顔に悔しさが滲み出ていた。その心明の頭に手をのせてトールは言った。

「お前はよく頑張った。皆もそう思ってくれていると思うぞ」

 励ましの言葉をかけてやる。それでも心明は項垂れたままだった。だから、

「だけどな、心明。お前はどこに修行に来ているんだ? 自分に出来ることは本当にないのか考えてみろ。お前ならきっと活路を見出せるはずだぞ」

 トールの言葉を噛み締めて噛み締めて、心明の眼に光が徐々に戻ってきた。

「トール! 炉拝借、使用許可求!」

「いいよ、好きに使いな」

 心明は目を輝かせて工房へ向かった。


 それから心明は、新型ベーゴマの製作に明け暮れた。ベーゴマは鉄を溶かして作る鋳物だ。シープコプコフの工房にある炉を活用すれば、自分用のベーゴマを作ることも可能だった。それには自分で砂型を成形しなければならない。まずはデザインを考えるところから作業は始まった。ヒロトのベーゴマのように刃を着けるにしても、バランスが命のベーゴマに、下手な細工では却って邪魔になってしまう。

 心明はヒロトのベーゴマの細部まで思い出して、図面を引いた。何度も、何度も打倒されたベーゴマの形は手に取るように思い出せた。まずは似せたものを作ってみた。

 店にある鉄を使うわけにはいかないので、自前で最適な鉄を購入した。それを荷車に乗せ、店まで帰る最中、子供たちの遊ぶはしゃいだ声が聞こえたが、今はただ前を向いて荷車を弾き続けた。

 ドロドロに溶かした鉄を砂型に流す。鉄が固まるまでは、更に打ち込みが上手くなるように、トレーニングを積んだ。

 鉄が冷えたのを確認して砂型を崩す。二度は使えないので、もう一度作る時はまた整形し直さなければならない。

 バリを削り、試作品第一号が出来上がった。こうしてみると刃がついている方が確かにずっと強く見える。早速、紐を巻いてみる。刃に紐が引っ掛かり、普通のベーゴマより巻き易さを感じた。

「明明! 試験試合求!」

 心明は明明を呼んで試し打ちの準備をした。明明が居間の暖簾をくぐり心明の新型のベーゴマを見た。

「試一号完成? 此、強形成」

 明明もベーゴマには覚えがある。心明との成績は五分だ。もし心明が闘っていなかったのなら自分が出ていたところだっただろう。心明の闘いに明明も助力の限りを尽くそうと思っていた。やったこともない鋳物作りに奮闘する心明は、双子の兄妹ながら随分と逞しく頼もしく見えた。

「我、先発投入。力量見。明明、尽量求」

「応任。全力相対行」

「真行!」

 心明が床に向かって新型のベーゴマを投擲した。やはり普通のベーゴマを回すのとは勝手が違い、いつも通り正確に、というわけにはいかなかった。やや斜めに傾きながら、新型は床を大回りに三周して、ようやく中心に収まった。

「明明!」

「行!」

 明明が自分のコマをすかさず投擲した。普段の心明にも負けないくらい正確な打ち込み。ガッチャキという空中から先にある駒にぶつける技で、もろに喰らえば大きくて強い駒でも易々と弾き出すことが出来る。それを喰らっても、心明の新型はよろけはするものの床の外に弾かれることなく回り続けた。そのことで防御力も向上していることが分かった。床に着地した明明のコマと新型がぶつかり合う。金属を弾く高い音がして、明明のコマが弾け飛んだ。

「良!」

 心明の新型は明らかに攻撃力も飛躍的に向上していた。

「明明! 次度、此駒試験、是!」

 心明はもう一つの新型のコマを明明に手渡した。普通のベーゴマに圧勝できても、新型同士の勝負で勝たなければ意味がない。その時のために二つの新型を用意していた。明明に手渡した方の新型についている刃は、雷のようにジグザグになっている。これは心明がヒロトのベーゴマに対して考えた秘策だった。初めての勝負で自分ではなく、明明に投げさせるのは、確信が持てなかったからかもしれない。

「次度、同時投擲。是」

「応」

 二人は紐を巻いたコマを構えた。

「行!」「行!」

 投擲。新型を打ち込むのは、心明も先ほどが初めてなので、アドヴァンテージはほとんど変わりがない。

 回転しながらコマが宙を舞う。床に一度跳ねてから、今までに聞いたことのない音で新型同士がぶつかり合った。刃と刃がぶつかったことで、黄色と赤が混ざった火花がギンッっと散った。激しくコマとコマが弾け飛ぶ。

 両者とも床のギリギリのところで留まり、また中心へと進んでいった。今の一合で新型の攻撃力の高さを再認識した。あとはどちらが先に倒れるか。両者とも盛大な風切り音を放ち二合目の闘いを見せた。徐々に間合いが詰まり、必殺の一撃と言うより、畳みかける連打。それも刃によって攻撃力の増した高度な攻防。

 心明も明明も息も堪えて決着がつくのを凝視していた。僅かに明明の放ったジグザグ刃の新型がよろめいた気がした。それでも攻撃力を残したまま、激しくぶつかると心明の対ヒロト用の新型もよろめき始めた。二つの回転は微力になり、最早回っているだけという具合に、フラフラと頭を振り、どちらと共なく回転を止めた。

「両止。不計力量」

「但、力量飛躍向上。此成勝利在、是」

 心明の眼の希望の灯火が輝き始めた。

「改良多々。得越真価極。明明、試仕合更々」

「応任。幾但付合」

 年少の子供たちに遊び場を取り返す日も近い、そう心明は確信を心に宿しつつ、試作改良試験を続けた。


――果たし状。

 そう綴った手紙をヒロトの内のポストに投函し、心明は再試合を待った。

 中にはトールに教えてもらったこっちの言葉で、心明の気持ちを綴り、再戦が適った暁には、その勝負の条件、勝ったものが遊び場をどう使っていいかの権限と年少の子供たちへの謝罪や、もし負けたならもう二度と遊び場を使ったりしないという誓いが書かれていた。

 年少の子供たちにもこの内容で見せ合って決めたことだった。

 心明の果たし状を持った手はポストの投函口で震えていた。前回の勝負は使命感とプライドに心を奮わせたが、今度はそこに責任も加わっていた。もしまた負けるようなことがあったら立ち直れないほどの挫折を味わうことになるだろう。

 新型ベーゴマを作っている時にだって思った。これだけやってもし駄目だったら……モノづくりに打ち込むことで、その暗雲を振り払った。モノづくりはそれだけでも楽しいものだが、そこに理由がつくと嫌に力が入ってしまう。出来るだけ冷静に、丁寧に分析して心意気よりも、現実的に物質と向き合った。出来る限りのことはやった。あとはそれを試すだけだ。

 決戦の日。木枯らし吹き荒れる公園で心明は腕を組み、ヒロトを待っていた。後ろには心配そうに見つめる年少の子たちと、それを励ます明明がいた。

 公園の入り口に、ヒロト達年長の子たちがやって来た。先頭にはヒロト。取り巻きのように脇にいる子たちは、意地悪そうににやにやと薄ら笑いを浮かべていた。

「逃げずに待っているなんて立派じゃないか」

 ヒロトが鼻を人差し指の甲で掻きながら言った。

「シュショーな心掛けってやつだな」

 恭しく両手を広げて、何とも嫌な感じだった。

「また負けることが分かってるのに諦めの悪い奴だな」

「今度は泣きべそをガキたちにも見せられるな!」

 年長の子たちが口々に心明を罵った。心明はそんなものには聞く耳を持たず、

「決勝決! 志ヲ賭ケロ!」

 新型ベーゴマを突き出して高らかに宣言した。

「おい、見ろよ。あのベーゴマ、ヒロトのと同じで刃がついてるぞ」

「あのベーゴマはヒロトの家でしか作れないんじゃないのか」

 俄かに年長の子たちがざわつきだした。

「ヒロト、大丈夫かよ」

「うるせぇ、俺のベーゴマが負けるわけねぇんだよ!」

 ヒロトも強がりが、大きな声で年長の子たちに檄を飛ばした。あんまりにもヒロトの語気が強くなっていたので年少の子たちまでも肩をしゅんとつぼめてしまった。

勝負の緊張感が高まり、前回行事を行った子がまた二人に勝負内容の確認を始めた。

「今回は同型のベーゴマだから、床入れ勝負だ。床から弾かれたり、先に回転の止まった方の負け。もちろんホンコだ。そっちの勝った時の条件は、遊び場の権利と謝罪。こっちが勝った場合は今後一切個々の遊び場に対して口を出さないこと。それでいいか?」

「いいぜ」

「応」

「それじゃぁ勝負開始だ! 構えて!」

 心明とヒロトがベーゴマを構えた。

「レディ……ゴー!」

 ゴーの合図で二人とも同時にベーゴマを投擲した。二人の呼吸がぴったり合っていたのか、ベーゴマ同士が空中でぶつかり合うぶつかり技の浴びせ合いだった。激しく打ったコマは空中で弾けた。

「ああ!」

 皆から驚きの声が漏れたが、両者床には入らず引き分け。まずは互角と言ったところか。二人が自分のコマを拾い直して、場が仕切り直された。もう一度構えて、

「仕切り直して、構え! レディ……ゴー!」

 再び心明、ヒロトがコマを投擲する。今度は二人とも床の端っこに着地する際どい打ち込み。外周を旋回して両者が睨み合う。

「いけー! 心明兄ちゃんがんばれー!」

「やっちまえヒロトー!」

 声援が飛ぶ中、心明とヒロトは食い入るような眼差しで一合目を見守った。徐々に間合いが縮まる。誰かのゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 ギンッ! 強く金属がぶつかる音がして、皆が目を皿にして歓声を上げた。

「わぁー!」

「嘘だろ!」

 年少の子たちからは黄色い声援が、年長の子たちからは驚愕の叫びが。

一合目の勝敗は心明に軍配が上がった。大きくヒロトのコマを床の端に弾き飛ばして、心明のコマは微動だにせずその場で回転し続けた。しかし、勝負は最後までどうなるかは分からない。二合目を迎えるに、また緊張が高まり始めた。

 ヒロトのコマが隙を伺うように旋回し、また徐々に間合いを詰め始めた。ヒロトのコマの地力も強かった。流石は心明の、あるいはほかの子たちの数々のベーゴマを屠ってきただけあって、ただではやられない意地を見せた。

 心明のベーゴマに連撃を加え、徐々に体力を奪う。一撃一撃が重く、隙があれば逆転もあり得た。それでも、心明のコマは強かった。見事なハリケツに強く仕上がっていた。  

 あれから改良に改良を加え、刃の角度や構造も試作を重ね見直し、上面に鉛を接着したり、軸先を鋭くして持久力を高めた。ベーゴマにかけた熱意も、向き合った情熱も、ただ弱い相手を打ち負かして得意げになるのとはわけが違っていた。

 ヒロトのコマが粘りを見せたが、最後の一撃を加えたのは心明のコマだった。フラフラになったところに、磨き上げた刃が華麗にフックを決めた。ヒロトのコマは頼りなく床の外へと弾き飛ばされた。

「やったー! 心明兄ちゃんの勝ちだ!」

「すごい、ほんとに勝っちゃった!」

 年少の子たちは両手を上げて跳ねまわった。明明はホッと一つ溜息を吐いた。ヒロトが自分のコマを悔しそうに拾って、心明のコマを睨みつけた。

「ちくしょう。俺のコマが……」

「完全勝利! 再戦果!」

 心明は天に手を上げて鼻息を吐いた。握り込んだ親指が痺れるくらい心明は勝利を高らかに掴んだ。

「ヒロトが負けるなんて……」

「くそっ。信じられねぇ」

 年長の子たちは肩を落として悔しがっていたが、そこへエドが前に出て言った。

「心明兄ちゃんはこのコマを自分で作ったんだ。あれからずっとシープコプコフの工房でこの日のために頑張ったんだ。それが君たちに出来るのか」

 年長の子たちは黙って俯くしか出来なかった。その中でヒロトだけが一歩歩み出て、自分のコマを心明に差し出した。

「約束通りこれはお前のものだ。煮るなり焼くなり好きにしろ。皆、いくぞ」

 心明がコマを受け取り、ヒロトたちは踵を返して去って行こうとした。

「待行」

 それを心明は呼び止めた。振り返る彼らに心明は言った。

「公園広大、遊技場多々、皆仲良使用、ルール無用」

 言って手を差し出した。年長の子たちはバツが悪そうに、砂を蹴ったり鼻を掻いていたりしたが、そこはリーダーであるヒロトが心明の手を握ることで、仲直りの握手とした。

 こうして、公園での白熱のベーゴマ勝負は終わった。今では子供たちは遊具を貸し借りしたり、年長の子が年少の子に新しい遊びを教えたりして、みんな仲良く公園を共有していた。

心明のひと時の非日常もこれにて幕を閉じたが、子供たちは知らなかった。この勝負をきっかけに、大人たちでも新型ベーゴマを使った勝負が大流行することを。それはまた別のお話で。

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