おまけ1『箒と庭園』

 トールがシンバマハリに里帰りしている頃、道具屋シープコプコフには、可愛い二人の童子が店番をしていた。

 心明と明明。トールの腕に惚れ込んで遠い異国、白蘭から弟子入りを志願した二人は、ここハナサキペトラオウスミカで、職人としての修行を積んでいる。手にはタコや切り傷が絶えないが、それは職人を目指している証のような気がして、二人はどこか満足気だ。

 心明は材木屋で働き、明明は木工製品の加工場で修業を積んでいる。

 二人ともまだ体が小さく、異国から来たことで、言葉も拙々で一人前に働けるとは、到底言えなかった。働けないということは、賃金だって人と同じというわけにはいかない。出来ることやれることを日々探して、職場の人たちが快適に過ごせるように、いつも奮闘している。

 心明などは親方から働きっぷりを買われて、仕事の合間合間に良い木の見極め方や、ノコギリの使い方を教わっている。本当ならばトールの元で、修業をしたかったのだが、トールに「俺はまだ弟子を取る歳でもないし、そんな余裕もない」と断られてしまった。それでも二人は、頑として譲らず、何とかハナサキで暮らしていけるだけの算段をつけてもらった。仕事が休みの日は、シープコプコフに飛んでいき、トールの仕事ぶりを見て、勉強をしている。

 そんな時、師と仰ぐトールの師匠、シスイがボヘヌス遺跡から発掘した、ジドウシャに乗ってやってきた。心明も明明も目を輝かせて、どんな人なのだろうと思っていたが、シスイはトールに、母親の二十回忌は故郷に、一度くらい顔を出してみろとの、シリアスな提案を持ってきた。

 以前二人は、トールにハナサキに来る前の話を、聞いてみたことがあったが、何となく話しづらそうにして、誤魔化されたのを覚えている。トールの過去に深い傷のようなものがあるのが、その時分かった。

 憧れた師の人間味に触れて、二人は出来ることなら支えられたらと思った。

 二人は、二人だから寂しさも紛れているが、国を離れて遠くで一人で生きていくのは、どんなに寂しいことだろう。

 そんな時に、トールは故郷に少しの間、帰るので、その間の店番を二人に頼んだ。尊敬する師からの信頼は、何よりも嬉しい。心明も明明も、飛び上がって喜ぶところを、何とか堪えて、「応任!」と胸を叩いて請け負った。

 だが、店番は、暇を極めた。意気揚々と店の掃除を始めて、お客が来るのを今か今かと待っていても、一向に来る者はいない。確かにトールにシープコプコフでの商売は、仕事から伸びる、葉のようなものだと聞いていたが、これほどとは。

 二人は、時間を持て余すことが嫌になり、すぐに交代で店番をして、空いている時間は勉強に費やした。今は心明が店番の順番だった。カウンターに椅子を用意したものの、やることがない。

 棚の隅から隅まで、隈なく観察して、どこに何があるかを、すべて把握することにした。明明は、奥で昼食を作っている。北側の棚に、何があるか空でもいえるようになった時、店の扉が開く音がした。心明は第一号のお客に元気よく、

「良来!」

 と言って挨拶をした。扉を開けたお客は、びっくりした顔をして、そのままそろそろと扉を閉めてしまった。

 心明はしまった! という顔をして、慌てて扉を開けた。心明の勢いよく扉を開けた音に、踵を返していたさっきのお客は、「ヒィ!」とびっくりして固まっていた。

やっと来たお客を、このまま逃がすわけにはいかない。心明はお客の服の裾をぐいぐい引っ張って、店の中に入れた。眼鏡をかけて、前髪を横に流した、司書のような恰好をしたお客だった。線が細く、どこかインドアな感じのする女性だった。

 明明が勝手口から、

「心明! 来客!?」

 と、飛び出してきた頃、ようやくお客の硬直が溶けた。

「あぁ、びっくりした。心臓が飛び出しちゃうかと思った」

 胸に手を当てて撫で下ろすお客は、深くため息をついた。

「謝々。喜嬉不経意」

 心明は謝っているものの、絶対に逃がしたくないと思って、入り口をしっかりと閉めることを忘れてはいなかった。それを察した明明が、素知らぬ顔でお客の前に立ち挟みこんだ。

「オ求メノ商品ハ何デスカ?」

 覚えたての言葉で、満面の笑顔を振りまく。お客はすっかり帰れなくなって、店内を見渡した。

「庭園を掃除するのに高箒を一つ欲しいんですが」

「高箒……心明倉庫!」

「応!」

 心明が倉庫へ駆けていき、明明がすかさずお茶を用意した。お昼に呑むために用意しておいたのがあって良かった。明明は、茶葉を一ランク上のものにするのを忘れてはいなかった。

 心明も明明もキビキビと動いて、一分の隙も与えなかったが、結果は振るわなかった。お茶を飲みながら会話をするほどに、明明は言葉も知らなかったし、倉庫へ走ってきた心明はガックリと肩を落として戻ってきた。

「無々。目的商品、在庫皆無」

「そうですか、ここの店のが使いやすかったんですが」

 それを聞いて、二人とも顔がサーっと青くなる。

「等待! 心明、此処寄」

 明明が食い下がって、お客を呼び止める。心明と明明はコソコソと相談を始めた。

「如何? 良案提供」

「無手客逃我故不到」

 二人の様子を見て、お客は気まずそうにソロソロと声をかけた。

「大丈夫ですよ、無いなら他をあたってみます」

 ますます二人の顔は青くなる。その時、心明の頭に閃くものがあった。

「良案、明閃! 代替創作!」

 無いなら作ればいい。卵と言っても、二人は職人を目指しているのだから。

「えぇ!? でも見たところ、ご主人は不在のようですけど、誰が代わりに作るんですか?」

 不安そうにお客は眉をひそめる。

「トール代替我々成!」

 心明は胸をたたいた。

「えぇ!? でもそれってどうしたら……」

 困った顔をしているお客に、すかさず明明が機転を利かせた。

「定価半額無構。半人前我々、至極当然」

「う~ん、どうしよう」

 更にもう一押し。

「庭園清掃諾任。如何?」

 二人はこれでもかというくらいに押しに押した。

「……それじゃぁお願いしようかな」

「万感!」「万感!」

 二人は万歳して飛び上がった。この際、利益など考えていられなかった。初めてのお客が取れたことを、心の底から喜んだ。その後、お客と箒の仕上がる日と、掃除をしに行く日を相談した。

 箒の制作は、すぐにでも始まった。何しろ他の客は来なかった。幸い材料となる竹はあったので、その日の夜には、仕上げることが出来る。トールの箒を、売ることが出来なかったことと、半人前の自分たちが代わりを務めることと、一日でも早く仕上げてあげたいということで、期限は出来るだけ短くした。

 試しに試作品を作り、改善点を洗ってから本番を行った。

 そうして夜は更けっていって、出来上がるころには朝になっていた。

 自画自賛かもしれないが、商品として恥ずかしくない良いものが出来たと思う。二人は、少しだけ仮眠をした。ジャンケンをして箒を届けるのは、心明が行くことになった。

 初めて人にお金を払って、買ってもらう商品を作って、しかも師匠の代わりを務めてしまった。もしかしたらトールの顔に泥を塗ることになるかもしれない。ドキドキの心境で心明は届け先に向かうと、そこは立派な薔薇の庭園の広がる屋敷だった。

冬でも咲いている薔薇は、色も濃く香りも強い。艶やかな花弁と甘く華やかな香りに、心明は思わず呆気に取られてぼーっと眺めてしまった。花の名前に、もっと詳しければと思った。こんな薔薇園があるなら、綺麗に保ちたくもなる。花がある箇所と無い箇所とがあるので、四季に分けて管理しているのかもしれない。

 視線を上げてみると屋敷の窓のところで、シープコプコフに来店してくれた、あの司書風の女性が手を振っていた。ハッと我に返り、心明は慌てて玄関へと向かった。

ドアのところで待っていると玄関が開く。

「約束商品持来!」

 緊張で心明の声は、やや上ずっている。

「いらっしゃい。それじゃぁ見せてもらいますね」

 司書風のお客は心明の、微かに震える手に乗った箒を取ると、しげしげと眺め、感触を確かめた。

「うん、良い箒ね。届けてくれてありがとう」

「真明!? 嬉々快々!」

 万歳をしようとしたが、ハッと我に返って咳ばらいを一つ。

「コホン、早速清掃、迅速快動」

 心明の照れ隠しに、司書風のお客もクスクスと笑う。

 こうして店番中の記念すべき第一号のお客を、二人は見事に対応することが出来た。

 しかし、トールが帰ってきてから、店にあった高級な竹材をすべて使ってしまったことで、大目玉を喰らったというおまけもついていたが。

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