第34話『呪いの道具商人ココ』
半月ぶりにハナサキペトラオウスミカに、トールは帰ってきた。
列車に揺られる旅は、初めてここに来た時とは違って、なかなか乙なものだった。照りのついた七元豚の角煮弁当の屑を、駅構内のごみ箱に放り、シープコプコフに帰る所だった。
とぼけた顔で佇んでいた一人の男が、トールを見止めた途端に、ギョッと表情を変えた。
「げ、あんたか」
「お前、こんなところで何をしているんだ」
男は商人のココだった。ココはただの商人ではない。呪いの道具を扱う魔族だった。黒いターバンで頭を覆っているが、耳はピンと尖っていて、肌も鬼火のように青白い。トールは、また良からぬ商売をしているのではと訝しんだ。
「この街に呪いの類を持ち込むのはよしてくれないか? みんな穏やかに暮らしているんだ」
トールが咎めると、ココは鼻で笑い返した。
「はんっ、僕は人間の心の弱さを商売にしているんだ。人間が生きていれば、嫉妬や欲望の類は必然的に生まれる。そのちょっとばかしを金に換えて何が悪いのさ」
ココの扱う商品は、一風変わったものだった。幸運に恵まれるが、著しく健康を害すお守りや、一時的に願いをかなえる代わりに、将来に大変な失敗をもたらす隕石のかけら、成績を上げる効果があるが、夜な夜な家の中を叫び回る、呪いの人形なんかもあった。
トールの道具とは違って、ココの道具には魔力が宿っている。どこからかそんな品々を買い付けてきて、興味を持った客に売りつける。高価な品が多かったが、求める者は後を絶たない。因果な商売だった。
ココの道具は、街全体が呪われてしまうほど危険なものではないが、誰かが不幸になることに、無関心ではいられない。トールは見過ごせなかった。
だが商品を全部買い取って教会に持って行って浄化してもらう、なんてのは現実的じゃない。言い方は悪いが、家の中でゴキブリに遭ったようなものだ。さてどうする。
「あんたに言われて、僕だって客を選ぶようにしているんだぜ? 金持ちにしか売らないって決めているんだ。この商売は、流行ってしまったらそこでお終いなんだから」
「生活の術はもっと他にあるだろう。人間の不幸を喰らって生きているわけじゃないんだから」
「はっ。人間に迷惑をかないなんて、魔族として終わってる。僕らは疎まれて、陰で生きていくのが性に合っているのさ。日向を歩いている者にはわからないことだろうがね」
ココは真っ直ぐにヒネていた。
「お前の好きなドーナツだって、真っ当に働いた金で食べる方がずっと美味しいと思うぞ」
「うるさいな、僕がドーナツが好きなことをこんなところで言う必要ないだろ! それにドーナツは陰でコソコソ食べるから美味しいんじゃないか」
「お前の道具でドーナツを作る人が不幸な目にあって、食べたいときに食べられなくなったら悲しくなるのは自分なんだぞ」
トールが窘めると、ココは目を逸らしながら言った。
「それは……そうだが。でもな、僕はこの生き方を変えるつもりがない。食いっぱぐれのない美味しい商売なんだ。これ以上邪魔をするなら、ここで一暴れしたっていいんだぞ?」
ココの金色の瞳に、怪しげな雰囲気が漂った。
「魔王様がおかくれになってから、僕たちは路頭に迷うしかなかったんだ。いいだろ、ちょっとぐらいの不幸がなんだ。そんなもん問題にならないくらいに人間は満ち足りた暮らしをしている。ずるいよ」
少し悲しいような、寂しいような色も彼にはあった。トールも、なんだか哀れな気持ちになってきた。
「魔族と約束をしても絵空事だと俺も思うが」
「あんっ?」
ココは顎を上げて不愉快気に首を傾げた。
「女子供には売りつけないでくれるか? 病人や怪我人にもだ」
「聞こえなかったのかよ、私腹を肥やしてる太った金持ちなんかにこういうのは高く売れるんだ。商売人を馬鹿にするな」
「それでもあくどい商売には変わりはないんだが」
魔族なりの哲学を持った商売の仕方に、トールは怪訝して嘆息をついた。そんな様子にも動じずココは、
「なんならあんたも一つ買ってみるといい。何かを犠牲にしないと大事な何かは手に入らないんだぜ?」
と、得意げに提案した。
「俺は自分の努力で何とかするよ。何にも失わない方法でね。昔から魔法や魔術の類はあまり好かないんだ」
トールは、手をズボンのポケットに突っ込んで遠慮を言った。ココはそんなものを気にもせず、
「あんたの仲間に、一等気取った魔女っ子がいただろ? あいつと上手いことしっぽりやる方法だってあるんだぞ」
と言って、実に卑しく笑った。
「人の気持ちを簡単に左右してしまうものなんて、あってはならないんだ。誰だって懸命に生きている。それを軽んじる事は許さない」
ココに、真っ当な言葉が響かないのは分かっていても、こういうものは誰かが言い続けないと駄目だ。
「世の中、あんたみたいに健全な奴だけじゃないんだぜ? 誰だって心の奥では他人を如何に楽に出し抜くかを考えている。それはそうとライバル店の売り上げを、ガクッと下げちまうなんてものもあるんだがお試しでどうだ?」
悪びれもせず、ココは小声で呪いの商品を勧めてきた。
「結構だ。やっぱりお前みたいのは教会に突き出すしかないな」
「そうはいくか、逃げるが勝ちよ!」
そういってココは、懐から取り出した煙玉を、地面に勢いよく叩きつけた。駅にいた人たちは何事かと騒然となった。煙に咳込むトール。煙が風で流れた頃には、ココの姿はキレイさっぱりなくなっていた。
ココも、かつては強いもの弱いもの見境なく、手当たり次第に商売をしていた。時代の流れと共に変わっていく魔族の生き方に、何とも言えない理不尽さを味わいながら、トールはやれやれと嘆息を一つして、懐かしき家路に着いた。
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