第23話『キャンプにいこう』
ホープラランド山の麓、雪の降り積もった河原に、夕闇に紛れる四つの影があった。トールと心明、明明と野鳥愛好家のタンベルだ。四人は冬のキャンプに来ていた。
昼間はタンベルの指南の元、山にいる野鳥のバードウォッチングを楽しみ、夜は心待ちにしていたバーベキューだ。
この日は、世界各地を渡り歩くタンベルの、コレクションしているキャンプ道具の、お披露目会でもあった。
久し振りに街に帰ってきたタンベルにトールは、その自慢の品々を参考に商品開発の足掛かりにしたいと、キャンプを開きたいと申し出た。タンベルは快く了承してくれ、どうせなら何人か集まってやろうと持ち掛けてきた。
そこでトールは、街に来て職人になるための修行をしている、弟子候補の心明と明明も誘うことにした。
仕事の合間を見て声をかけてやると、二人は飛び上がって喜んだ。二人の仕事のかき入れ時がちょうど終わる頃に、キャンプを予定しての今日だった。
「トール! 薪、発火完了! 準備万端! 温熱好輝!」
「トール! 空腹絶倒、食物所望! 早急焼食!」
二人は早くも絶好調で、目に見えてウキウキとしていた。トールとタンベルは、微笑ましく嘆息しながらキャンプを設営していた。トールは、先ほど組み立てたテントに入れたザックの中からマシュマロを出す。
「これでも焼いてつまんでいてくれ」
「何此? 雪似白柔」
「焼? 融解必至、遠火遅待?」
「そうだ、遠火で焼くんだ。こうやって串に刺して、直火だとすぐに黒焦げになってしまうから少し離して表面を軽く炙って焦がすんだ。とろける食感とほろ苦さでそのままに食べるよりずっと美味しいぞ」
串に刺したマシュマロを手渡してやると、二人は嬉しそうに受け取った。
「タンベルさん、今日はありがとうございました。子守りのようなこともしてもらっちゃって」
「いいさ。この愛くるしさは、最高の時間を楽しむための大切な要素だ。やっぱり子供ってのは表情がコロコロ変わって楽しいな。一緒にいるだけで幸せな気分になる」
タンベルの本業は、フリーのライターだった。世界を旅してその時々の出来事を記す。旅の中で培ってきたものが、タンベルを深く構成していた。その中で世界中を飛び回る野鳥は、心の癒しであり、彼の仕事の励みでもあった。見るも鮮やかな鳥は、その姿の羽一枚をとっても美しい。タンベルは、鳥たちの大空を飛ぶことが出来る翼が、自分とよく重なるとトールに話してくれたことがあった。
様々なものを見て、その比較が出来るタンベルの仕事は多岐にわたる。タカヲの服の評論や、マガツの料理研究にも一役買っている。地の物を知るタンベルの的確な指摘。その手腕は、確かに広い世界を見た渡り鳥ならではだとトールは思った。エジフクトの砂漠地帯に立つ古代王家の数々の古墳の謎や、王都マグナファランクスの貴族たちの流行りごとなどの話も興味をそそりる。
新聞でタンベルの記事を見つける度に、勇者と旅をしていたことが懐かしくなる。それぞれに役割があって人間は生きている。その生き方に無理がなく自分らしく力を発揮できれば、その人にとっても社会にとっても、一番いいことなのだろう。
心明も明明も、マシュマロを焼くのがとても上手かった。焦がすことなくトールやタンベルの分も、絶妙な焼き加減で焼いてくれて、準備の手を止めて四人で焼きマシュマロに舌鼓を打った。
今日は随分大荷物になってしまった。タンベルの道具のお披露目会なのに、トールも久しぶりのキャンプで少し心が躍っていたのかもしれない。店の道具も持ち寄り、タンベルの言う最高の時間の要素とした。
タンベルが持ってきたのは、普段はグリルとして使い、火を調節し取り外せばランタンにもなる多機能コンロと、瞬時に組み立てられるワンタッチテントに、バーベキューツール十八点セット。
トールの持ってきたウルチタンのマグと、レッグアルミフの骨組みに、布を張って組み立てるイスとテーブル。これは前にタンベルから譲ってもらったものだ。それに使い込み、よく油をしみ込ませたスキレット。それに加え荷物にはなったが、二人に朝食にトール自慢の、ベーコンとチーズとピクルスのホットサンドを振舞ってやりたかったので、ホットサンドメーカーもあった。
冬の夜の山は静かだったが、ここだけは楽しい明りがあり、ささやかな沢のせせらぎが安らぎのBGMだった。調理の準備が出来た。
まずは雪アスパラのグリル。雪の下からぐんぐんと伸びて、栄養豊富の土壌と、寒さのおかげで十分に甘みを蓄えているが、焼くことでその旨味を最大限に感じることが出来る。味付けはシンプルに塩で。少し贅沢に岩塩と黒コショウを荒めに削る。手で千切った香味ハーブと、モッツァレラチーズを少々かければ出来上がりだ。アスパラのコキコキシャクシャクとした歯ごたえがたまらなく美味しいだろう。
次はメインのスペアリブだ。昨日のうちに下ごしらえは済ませてあった。
桃豚のベイビーバックリブの薄皮をはがし、全体に満編なく塩コショウを振る。酒、醤油、オレンジマーマレードジャムを混ぜた調味液に、半日ほど漬け込む。これで下味がつく。しっかりと熱した網で、じっくりと全体を焼いて、さらに上から新しい調味液を塗る。漬け込んでいた液を使うと血の生臭さが残ってしまうのだ。これで風味がより一層増す。焦げ目がつけば、味に深みが増し旨味が引き出される。
付け合わせのパンは、焼いて楽しい巻き巻きパン。用意していたパン生地を、めん棒で伸ばして、棒の端からくるくると巻き付ける。それを焚き火の近くで回しながらこんがりと焼く。小麦のふんわりモチモチの食感が、やみつきになる。
体を温めるスープは、大振りのイードハマグリと冬芽キャベツをコンソメと、ヤギのミルクをコトコトと煮込んだクリームコンソメスープ。味をまろやかに少しだけ生クリームも入れて。大鍋にたっぷりとこしらえ、残りは朝食にも取っておく。
子供にはホットアップルジンジャーと、大人には果実たっぷりのサングリアを。さぁ、楽しい宴の始まりだ。
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