第14話『可愛童子職人』

「弟子入、懇願」

「心深給尽」

「ダメだ」

 トールの元に、双子の兄妹が平伏していた。異国から来た二人は兄が心明、妹が明明といった。二人ともまだ幼い。歳は十一、ニといったところだろう。トールは、人に恥じるような仕事は、決してしたことがないが、まだまだ弟子なんかをとれるの腕のないことは、よく自覚している。しかし二人はトールがうんと言うまで、床に張り付いたまま動かない勢いだった。

 トールは、木工製品の製作を最も得意としている。小さいものは、箸置きから万年筆など。大きいものは、箪笥やベッドまで幅広く工房で製作する。得意先から注文を受け、オーダーメイドで作る日用品は使い心地も好評で、丈夫で長持ちすることが人気の理由だった。それを、どこで嗅ぎつけたか知らないが、噂を頼りに二人はここまで来たらしい。心明は家具を、明明は小間物を学びたいとのこと。しかし困った。

 ――まさかこんなに早く鉱夫の親方に言われたことを目の当たりにするとはな。

 それに、もし修行させるにしても、二人を養っていくほどの稼ぎはない。

 しかし、せっかく遠くから都に来た幼い二人を、このまま追い返すことも少し気が引けた。

「主人、良腕。心底勤勉」

「我的道具蒐荷、遠路遥旅。暗夜行路、艱難辛苦」

「ダメだダメだ。弟子を取るような歳でもないのは見ればわかるだろう」

「我他否考。心眼的中。無問題」

「我等辣腕。主人安慮必至。無問題」

 言っても聞かないのは、子供の特権なのか。二人は目を輝かせてトールを見つめる。そんなにキラキラした眼差しで見られても、トールは困る一方である。

「俺なんかより腕のいい職人はたくさんいるだろう。どうしてなんだ?」

「主人在道具愛好。一見惚々、使用感抜群、丈夫良長持。心底愛好」

「更、主人在道具身命救済」

「なんだって?」

「二載前発生大地震。其頃我等立体寝床下二人身隠。恐怖心身怯震々。但、寝床頑健丈夫。落下物多数。我家倒壊。但、寝床不動立体。二人共身命救済」

 確かに二年前に、ここから離れた東方の都『白蘭』に大地震が起きた。ハナサキでは、打ち寄せる波が少し高くなったくらいで被害はなかったが、白蘭では数百人の死者を出し、数万人が被害を受けたと、新聞で読んだことがある。二人は被災児だった。

 トールは、遠く離れた異国にまで、自分の評判が及んでいたことに驚いたが、それ以上に自分の作ったものが誰かの命を救い、そして旅をさせる程に、強い影響を与えたことに驚嘆した。

「親はどうしてる? ……まさか」

「健康万全! 放任教育!」

「自由奔放! 実力主義! 早熟激励!」

 ――なんてことだ。

 トールは頭を抱えた。二人の話によると、貿易商を商う両親の仕事柄、幼い頃からたくさんの異国の輸入品が身近にあったらしい。そこで見つけた道具の出来栄えに見惚れ、自分なりに研究しては、試行錯誤を繰り返し、異文化の新しい発見と技術力に驚き、心がときめいたのだという。

 そんな中、大地震を被災し、その道具たちに命を救われた。そして自分達の愛用する道具が、全てハナサキペトラオウスミカのトール=マキナの製作したものと知り、遥かな距離を、旅する決意を漲らせたのだという。

 ――なんて無茶な話なんだ。

 こんなに幼く可愛い子供二人を、会ったことも見たこともない男に預けるなど、普通では考えられない話だったが、震災というものは、何かを決意させるものなのかもしれない。

 トールは二人が歩んで来たであろう、旅路を思った。列車や船を乗り継いで出なくては、ここには辿り着かない。少ない手がかりを頼りに、手探りでここまで来たに違いなかった。そんな子供二人を、無碍に返すほどトールは不実ではない。

 どうしようものかと考えていると、静寂を割るように、高らかにグーという音がユニゾンで鳴った。二人とも、恥ずかしそうにお腹を押さえている。

「とりあえずなんか食べるか」

「心身承諾!」

「満漢全席!」

 トールはやれやれと苦笑すると、店を出る準備をした。


「……それで、なんでうちにくるんだよ?」

「構わないだろ、客としてくるんだから」

「いらっしゃい、トール君。この子達小っちゃくて可愛いねぇ! 髪型は違うけど二人とも顔がそっくり!」

 トールが来たのは、マガツとハツが切り盛りする小料理屋『ヒイラギ』だった。ハツが双子を両腕に抱いて、マガツは不機嫌に顔をしかめていた。

「いいだろ、せっかく都まで来たんだから、旨いものを食わせてやりたいんだ」

「餓鬼に食わせるには、俺の料理は繊細なんだよ」

「あんた、いいからさっさとたらふく食わしてやんな。今温かいお茶を持ってくるからね」

 ハツはマガツに低い声で睨みを利かせると、二人には打って変わって愛想の良い笑顔を向け、奥へと消えていった。

「くそっなんで餓鬼なんぞに」

 尚も悪態をついていると、ハツが顔だけ出して、

「いいから。同じことを二度も言わせるんじゃないよ」

 と、言った。マガツは、不満そうに厨房へ戻った。が、声だけはかけてくる。

「だがどうすんだ? 弟子に取らねぇ追い返すこともできねぇじゃ、そいつらだって困るだろう」

「それを今考えている。俺だって独り立ちするには、何年もかかったんだ。仕事の厳しさを肌身で知っている。この二人にはまだそれが分からないんだろうが、それは勉強中なんだから当たり前のことだ」

「市に掛け合ってみる?」

 ハツが提案したが、

「いや被災した白蘭からは遠い。被災児でもここまで来て、何かしかの援助が受けられるかは見込めないだろう」

 行き当たりばったりの二人を一体どうしたものか。

「トール君の子供として……ってのは無理があるしね」

「そうですね、こんなに大きい子供二人抱える覚えはない」

 トールとハツが考えを巡らせている内に、双子はメニューを読み漁っていた。

「高級洋食。嬉々快々。明明質問、我読解不可」

「数字必見、高順美味証明」

「豪気?」

「豪気、豪気」

「こら、そんなに高いものは食わせられないぞ」

「意気消沈」

「暗中模索、最適一手。アマトリチャーナ」

「こっちの言葉も読めるのか?」

「少々読解、想像頼助」

「なんだ、当てずっぽうか。でもそれも旨いよ。一つ頼もう」

 トールは、適当に見繕ってメニューを決めて、ハツにオーダーを頼んだ。オーラトマトとモッツァレラのカプレーゼ。ミューネエビとチーズのブルスケッタ。キノバジルの効いたラタトゥユ。パテの多いテリーヌと、明明が頼んだアマトリチャーナが出揃った。子供が食べるには早過ぎる大人の味だが、それがマガツのプライドだった。

 それぞれアツアツのものと、常温のものと、冷えたものと全て手際良く料理してくれた。

「喰飯」

「喰飯」

 ――すごい勢いで食べそうな挨拶だな。

 唖然としつつ、トールも併せて「いただきます」を言うと、食事が始まった。二人とも相当腹が減っていたらしく、案の定、物凄いスピードで食べ始めた。両手に物を持って、片方ずつ交互に齧っては二人同じタイミングで喉を詰まらせ、ハツが慌てて水を運んだ。


「心身満足、美味極彩色」

「満腹不動、暫歩行不可」

 二人は満足そうに腹を撫でている。トールもそれを見て少し安心をした。

しかし二人には、教えておかなければならないことがあった。生活の術だ。働かざる者は食うことは出来ない。食べることが出来なければ、人は生きてはいけない。食べる物を手に入れるには、働いてお金を稼ぐ必要がある。そのためには、人に役立つ術が無くてはいけない。

 どこで働くにしろ、誰かの代わりに何かをしたり、求められる需要を満たすために、人は仕事をする。やりがいや夢は、本来その先に見出すべきものかもしれない。ましてや子供。子供の本分は勉強だ。

 二人は夢のために、トールの技術を学びに来た。その点は、嫌だ嫌だといっているそこらの子供より、しっかりとしたものがある。しかし、それらを一触単に結びつけてしまう程に、二人はまだ成長過程なのだ。

 トールは食事中も、二人にとって一番いい方法を考えていた。子供が自分たちだけで、生活できるほどの金を稼げることはまずない。あるとすれば、奉公人にでもなって、住み込みで働くしかないだろう。でもそうなれば、二人を同じ場所で雇うことはできない。働いている間は離れ離れになるだろう。仕事だってきつい。幼い二人には辛いことだろう。それでも職人を目指して勉強がしたいなら、きっと寝る間もない日々が待っている。

「二人とも。さっき言った通り、俺のとこでは修行させてやれない」

「但!」「但!」

 二人は尚も食い下がった。それをトールは手で制した。

「まぁ聞いてくれ。俺の所ではお前たちを雇ってやることは出来ないが、他に口利きは出来る。

一つは俺が商品を作るのに、木材を調達している材木屋だ。木の選定、裁断、加工までが見られるが、子供のお前らじゃ力仕事はできない。もちろん初めは雑用からだ。掃除洗濯食事の準備に片付け。毎日やることはめまぐるしく、体が慣れるまでは空いた時間は、眠ることくらいしか出来ないだろう。それでも木工を基礎から学ぶには、最適な場所だ。

もう一つは工場だ。工具の扱いは学べるが、単純だが時間にも追われる作業を、一日中代わり映えなく行い、飽きようが、なにしようがそれが毎日続く。初めは面白いだろうが、慣れてくれば自分の存在意義を自問したり、自分の中の深層世界に入ってしまう人も多い。どっちも辛く苦しい仕事だ」

 トールの提案に、妹の明明が口を開いた。

「主人的店何時来?」

「一年後か五年後かもわからん。お前たちはまだ心も体も成長しきっていない。夢だって次第に変わってくるかもしれない」

「否! 我等夢不変。頑固一徹!」

「否! 夢叶為那就犠牲非厭!」

 トールの年長者としての心配を、二人ははっきりと芯の通った声で強く否定した。

「絶対夢叶!」「絶対夢叶!」

 二人のどこまでもまっすぐな瞳に、トールは目を丸くした。その瞳の光は子供の夢だと侮れない、真剣そのもの。頑なで、融通が効かない不器用さと、愚直に夢に向かって歩む、情熱に満ちた眼差しだった。

――そういや俺も自分の将来を決めたのはこのくらいの歳だったか。

 トールは昔の自分を思い出した。

「……あの頃の俺も師匠にかじりついてうんと言うまで離れなかったな」

「いいんじゃねぇの? やらせてやれば」

 マガツも腕組みをして、二人の背中を押す。職人に一番大切な頑固さを二人は持っている。

「そうなったらこっちの言葉も勉強しなきゃいけないな」

「語学勉強嫌。但、夢叶為已無」

「主人共大量会話所望!」

「よかったね、二人とも。今サービスでドルチェをもってくるわ」

 こうなれば自分も、二人にものを教えられる人間にならねばならない。トールはやれやれと嬉しさの混じる苦笑を一つ漏らし、二人を励みに仕事を紹介する算段をはじめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る