第11話『Feelings without unfocused』

 トールは、出張修理のために学校に来ていた。街の子供が通う小学校だ。

 やんちゃな子供たちのお陰で、勉強道具たちの劣化は早い。歪んだ椅子。刃物で削って凹凸の出来た机。教師が使うはずの先の折れた大きな三角定規。ガタついたチョーク入れ。それらを一度倉庫に集め、トールが一日かけて修理する。

 昨日のうちに修理道具は運び込んでおり、後は集中して作業に取り掛かるだけだ。倉庫といっても、掃除が行き届いていて床がピカピカだった。埃っぽさなどは感じられない。この日のために掃除しているのか、普段からやっていることなのか分からないが、児童たちの素直さの表れの様で、気持ちよく仕事が出来る。

 公共のことなので報酬は安い。ほとんどボランティアのようなものだが、トールはこの仕事を買って出ている。少しでも街に貢献すること。お世話になっている街には、何かしかで恩を返していきたかった。

 堅い樹脂の板を作業台に置き、椅子の歪みを叩いて調整する。長年の業の賜物だった。バンッと椅子の足を板に叩きつけるだけで、歪みは均一に直り、ガタつきがなくなった。

 その作業を繰り返していると、倉庫の扉がそっと開けられる音がした。何かと思って振り返る。子供が一人トールの作業を覗いていた。年少の男の子だ。

 トールは気にはなったものの、特に注意を払うことなく作業に戻った。あらかた椅子の調整が終わると、今度は鉋の刃を調整して天板の補修に取り掛かった。鉋を机にかける時、男の子はいつの間にか忍び寄り、トールの作業を近くで見ていた。

「坊主、どうした?」

「見ててもいい?」

「構わないが、危ないから少し離れてな。道具の修理が物珍しいか?」

「おじさんの手は凄いね、壊れてたのがどんどん直っていく。道具のお医者さんなの?」

 少年は、トールの手際の良さに、目をまん丸く輝かせていた。

「修理もやってる道具屋だよ。子供は力の加減をまだわからないから、こうして度々壊れた道具を直しに来るのさ」

「物は大事に扱いなさいってお母さんが言ってた。物には魂が宿っているんだって」

 少年の口調が、自分のお母さんの口調を真似しているのが可愛らしかった。

「道具を大事に使ってやれば道具も君を大事にするよ。お母さんの言いつけを守って偉いな」

 トールは笑いかけたが、どうにも男の子の表情が浮かなかった。

「何かあったのか?」

 聞いてやると、男の子はポツリポツリと口を開いた。

「友達から仲間外れにされた。いつも仲が良かった四人組なんだけど、遊んでたら突然みんなクスクスって笑いだして。僕はあんまり好きじゃない公園にあるグルグル回る奴の中に入れって言われて、中に入ると目一杯回転させられて。僕は振り落とされないように目をつぶってしがみついていたら、いつの間にか皆はいなくなってた」

「それはちょっと意地悪だな」

 集団でいると、弱いものを見つけて、意地悪をするという残酷なところは現れがちだ。トールも経験が無い訳ではない。子供っぽい悪戯と言ってしまえばそれまでだが、これは精神が成熟しているはずの大人の間でも、起こり得る難しい問題だ。

大人であれば、仕事や趣味に逃げる術を持ってはいるが、幼い子供にとって仲の良い友達同士というのは、世界の大半を占めている。幼少期の嫌な思い程トラウマになり、今後の成長していく時間に、多大な不利益を生む。

 まぁそれが逆に、逆境に打ち勝つ精神の構築に役立つこともあるのだが。

「坊主はその友達とどうなりたいんだ? また遊びたいか?」

「わかんない。また意地悪されたら、すごく嫌な気持ちになるだろうし、そんなの友達って呼べない気がする」

「そうだな。俺も友達の多い方じゃないが、友達ってのはお互いを高めたり、足りないところを補ったりして、一緒にいて心地いい時間を過ごせなきゃいけないと思う。坊主がこれからその子達と仲良くしていきたいんだとしても色々と方法はあるが、それ以外の道もある」

「どんな?」

 男の子は、上目遣いでトールに聞いた。

「坊主は勉強が好きか?」

「あんまり」

 今度は男の子の眼が下を向き、しゅんと項垂れた。表情がコロコロと変わる。

「だったら本を読むといい。最初は読みやすいものから、絵本でもいい。次はもう少し複雑なもの。主人公が自分の年齢と近かったり、ちょっとだけページが厚いものを。気に入った作家がいれば、その人の書いた別の本を読んでみるといい。世の中には、坊主みたいに友達と上手くいかなかった人もたくさんいる。その時どうすればいいのかも、綴ってあったりするんだよ。でも最後に決めるのは君だ。時間はかかるかもしれないが、自信を持って答えを出すことが出来れば、それは君のかけがえのない財産になる。学校を卒業するまで、その子達とは一緒に過ごしていくんだ。ゆっくり考えてみるのもいいんじゃないか」

「難しいね、でも考えるか。僕は僕と同じこんなに嫌な気持ちを他の人にさせたくない。その方法も書いてある?」

 瞳に兆した光が、彼の真心を映していた。

「宝探しをするみたいに、ワクワクしながら探すといい。君みたいに優しい気持ちの人はたくさんいるよ」

 男の子の表情がぱぁっと明るくなる。

「図書室に行ってみる! おじさん、ありがと!」

 そう言って男の子は駆けだした。倉庫の扉の所でバイバイと手を振ると、男の子は嬉しそうに駆けていった。

 トールは、あの子の頃の自分はと思い耽り、故郷の友を思った。何となく苦笑が漏れたが、仕事はまだまだある。気を取り直して、作業に没頭することにした。

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