第10話『からくりと憩う時間』

「お、ここはスライドさせられるが全部は引かないのか」

「さすがトールさんわかってるね」

 トールは、手元のからくり箱を熱心に開けていた。難解な仕掛けを施した、からくり箱を持ってきたのは、鍵師のサルマだった。

 サルマとは、街に独立して店を構えるもの同士の集い『独主の会』の集会で知り合った。街にはシープコプコフのように、一人店主の店は意外に多かった。メンバーはトールと同じ世代の者が多く、集まっては日々の仕事ぶりを話す。もちろん酒の席だ。

 そこでサルマはトールのように、たくさんの人から依頼を受ける身として意気投合し、暇が出来ると、こうして店を訪ねてくる。

 鍵屋の息子として才能のあったサルマは、若くして独立し、錠前の販売と鍵開けのサービスの他に、趣味でからくり箱の製作をしていた。からくり箱とは鍵の代わりに、一定の操作を必要とする仕掛けを施した箱で、開けるのに試行錯誤をしなければならない。

 箱の見えないところの構造も想像しながら、トールの格闘は続いたが、無情にも、サルマの置いた砂時計の砂が全部こぼれ落ちた。サルマの人懐っこい猫眼がきらりと光った。

「くそ~、今回も随分と手が込んでいたな」

「発想はいいとこまでいってたよ。ただ鍵屋のプライドにかけて、絶対に開けられない自信作をもってきたからね。作ったオイラでも開けるのにちょっと手こずるよ」

 そう言ってサルマは、箱を手に引き寄せて、元の状態に戻した。

「開け方を教えるよ、見てな」

「いいのか?」

「また新しい箱を作る口実が欲しいんだ。オイラもそんなに真面目じゃないからね。

まずはここをスライドさせて捻る。するとピンが見えてくるから、それを反時計回りに抜く。このピンが肝なんだ。そしたらパズルみたいに木目を揃えて、またここを少しスライドさせる。ここまでは良いね? 次は箱を持ち替えて裏側にして、全体を横に引っ張るすると穴が見えてくるから、そこにピンを入れるんだ。そんでもって捻じったりスライドさせたりを繰り返していると、こうして一本の鍵と鍵穴が見えてくる。ここで鍵を取り出して、鍵穴に、とはいかないんだ。ここで素直に入れちまうと、この箱はロックされてもう開かなくなるんだ。実は別の窓に、鍵の持ち手のでっぱりを嵌めるところがある。これを入れたら回転させると、箱は開くんだな」

「へぇ~こりゃぁ想像以上の出来だ。敵わないよ」

「へへん。鍵開けを断念させるのが、鍵屋の仕事さ」

「素人に開けられちゃ鍵屋の沽券にかかわるか。いや見事だったよ。俺が泥棒ならまず誰が着けた鍵なのか調べてからにする」

「へへへっ。しかし全く、ここは平和な街なのに日々鍵に改良を加えなきゃならないってのは、オイラより知恵の働く奴がいる証拠だ。いつかこの街にいる泥棒全員にギャフンと言わせてやる」

「頼もしいな。そうなればこの町はもっと住み易くなる。それはそうと、サルマ。ひとつ仕事を頼みたいんだが」

「なんだい? 商品の卸しだったらオイラはあんまり手広くは考えてないけど」

「違うんだ。あるお客に高価な工具がたんまり入る、頑丈な工具箱を用意しているんだが、それに特製の鍵をつけてほしい。箱ごと盗まれちゃそれまでなんだが、盗まれた先で道具が使われることが我慢ならんらしい」

「ははっそいつは面白い。どんなのが良いんだい?」

「形の違うディンプルシリンダーを二つと、七桁のダイアルロックを着けてくれ。鍵を着ける工具箱の大きさは追って伝える」

「了解。物にもよるけど取り掛かればニ、三日で出来ると思うよ。どうせならオイラのとっておきを施してやろう。しかし盗人が出るほどの工具ったぁいったい何に使うんだい?」

「ボヘヌス遺跡からでた『キカイ』を調整する工具さ。一点物の特注品だからな、値も張る」

「へぇ、そいつは大層な仕事だ。トールさんは発掘には興味ないのかい?」

「俺だって人が便利に生きるために使う、道具に携わる仕事をしているから少なからず興味はあるよ。でもキカイってやつは、どれもオーバーテクノロジーなんだ。人が扱うには、まだまだ研究と勉強が必要だと思う」

「トールさんの師匠も、そっち関係の仕事をしているんじゃなかったっけ?」

「そうだね。今は国の大事を預かる重要人物だが、会うとお前みたいに呑気に暮らしたいってぼやかれる」

「師匠孝行もしてやったらどうです? トールさんの腕なら、何をやるにしても助かると思うけど」

「俺はこの生き方が性に合っているのさ。ここでも必要としてくれる人がたくさんいるしな」

「そんなことを言って、頼られたら助けに行くお人好しなのを知ってるよ」

「まぁその時が来たらってとこかな。店を持っている身としては、帰ってくる場所はここでありたい」

「お互い忙しすぎず、暇すぎずにやれるといいね。そういや独主の会でまた近々飲み会があるって、屋台のレツさんに聞いたな。トールさんも来るよね?」

「もちろん。独り身でいる気楽なときにじゃなきゃ、出来ない付き合いもある」

「早く良い女に巡りあって、こんなとこに寄り付かないようになりたいって言ってる本屋のムシナさんみたいのもいるけどね」

「アイツは夢見がちの癖に、恋愛小説の読みすぎで選り好みが激しいんだよな。きっと婚期も遅いぞ」

「良い仕事にはありつけたから、オイラも後は良い嫁さんを見つけたいな。鍵みたいにガードの固い女を口説いてみたい。トールさんはいいよな、モテるのに選り好みしてるの?」

「ん~まぁ、まだ良いかな俺は」

「その辺の話も飲み会の時にじっくり聞かせてよ。じゃぁオイラはこの辺で。また新作が出来たら持ってくるよ」

「楽しみにしてる」

 サルマはしたり顔で店を後にした。

 トールは仕事で知り合った女性客や、お得意先に婦人たちの顔をいくつか浮かべたが、どれも独立心旺盛で手に負えないと、自分の器の小ささに自嘲気味に苦笑を漏らした。

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