ペン、ペーパー、レヴォリューション

山村 草

第1話


「ペン、ペーパー、坂本龍馬」

「よし、入れ」


「ペン、ペーパー、サロット・サル」

「どうぞ、こちらへ」


「ペン、ペーパー、チェ・ゲバラ」

「おう! 生きていたか! またお前に会えるとは思っていなかったぞ!」


 薄暗い地下道、その壁にある隠し扉。そこが扉と分かっている者でなければ見つけられないほど扉は巧妙に壁に擬態している。そして訪れた者は合言葉を言わなければ中に入ることが出来なかった。

 扉の中はレジスタンス活動家の拠点の一つだった。

 人々が統一政府に紙とペンを奪われてすでに50年が経過しようとしていた。彼らは再び自由に思いを表現できる世の中を取り戻すため地下に潜りその時のために周到な準備をしている。

 そんな彼らのスローガンにして「合言葉」としているのが「紙」と「ペン」と「革命家の名前」であった。情報伝達の手段である紙とペン、それに社会をより良く変えようとした革命家の志こそが彼らの武器であった。



「トウキョウはどうなっている」

「ああ、順調だ。それでこれを見てくれないか」

 ボロボロになった椅子に座る男に坂本龍馬の名を告げて扉をくぐった男は一つのコンクリート片を取り出した。

「…なるほど。良く無事にここまで来られたものだな」

「ああ、何度か殺されそうにはなったがな。一応、気を付けておいてくれ。最も政府の連中に我々の理念が理解できるとは思わないがな」

「それでも情報くらいは残っているだろう。注意するに越したことはない」

 男は椅子から立ち上がりコンクリート片を床に置き金槌を叩きつけそれを砕いた。



「チェ・ゲバラねぇ」

「なんだよ。悪いかよ」

「まぁ革命家の代表格ではあるわな」

 男はゲバラの名で扉を潜った男に酒を振る舞いながら言う。

「革命家って言ってもあとはレーニンとマルクスとスターリンくらいしか知らないんだからしょうがないだろう」

「ハッハッハ! そんなもん口に出したら入れんわな。ゲバラの方がまだマシだ。まぁ飲んでくれや。そっちじゃロクに飲めなかったろう?」

「馬鹿にするな。酒くらいはある。それよりもここの資料庫ならあるんだろ?」

「ああ、集められるだけ集めたもんが詰まってるぜ。じっくり勉強してってくれや」

「ありがてぇ。あっちには殆どなかったから助かるよ。しっかし本を読むのも一苦労とはな」

「だから、こんなクソみてえな社会を変えるために俺たちはこうして革命運動なんぞをやってるんじゃないか」

「ご尤も」

 男は注がれた酒を飲み干す。

「もう一杯どうだ?」

「いや、止めとくよ。どうせなら素面で読みたい」

「そうか」

 男は酒瓶を傾けて自分のコップに注いだ。



「こちらを」

 サロット・サルの名を出して入った男はコンクリート片を机の上で腕を組んでいる男に渡す。

「これは?」

「オオサカからの信書です」

「…これは本当なのですか?」

「はい。十中八九間違いないでしょう」

「…この時期に情報操作の恐れもない、か…」

 腕を組んだままボソリと男は言う。

「どうかされました?」

「いえ、確かに預からせていただきます。遠い所をありがとうございました。どうぞ休んでいって下さい」

「これはお気遣いありがとうございます」

 男は部屋を出ようとする。

「時に──」

 組んでいた腕を解き男は問いかける。

「ポル・ポトって人をご存知ですか?」

「いえ? どなたでしょう?」

「かつてカンボジアで誕生した革命家です」

 男は椅子から立ち上がり部屋の扉に手を掛けている男に言う。

「そうですか。すみません。私の所は資料が乏しくて」

「いいえ、あなたはご存知の筈ですよ」

 男は男に告げる。

「サロット・サル」

 男は扉から手を放し男と向かい合う。

「そんな名前が出てくるのに知らないわけがない」

「それで?」

「サロット・サルとポル・ポトは同一人物ですから」

「別人だという説もあるそうですよ」

 男は懐から銃を取り出し男に向ける。

「革命家の名というからわざわざ調べて来たんですがね」

「お蔭で助かりましたよ。貴方が政府の人間だと見抜けた」

 銃口を向けられながらも男は怯みもせず対峙する。

「最後に聞かせて下さい。ポル・ポトはどのような人でしたか?」

「革命家ですよ。民衆から知識と文化を、そして大勢の命を奪った、ね。だから我々が暗号に使うなんて有り得ない」

「ふむ。それはむしろ我々の理念に合致する」

「でしょうね…」

 男が引き金を引こうとした刹那、男の背後の扉が開く。

「まったく。手の早いことで」

 男は銃を捨て両手を上げる。男は背中に銃口が突き付けられているのを感じていた。

「人が悪いな。知ってたんじゃないか」

「一応、な。お前が坂本龍馬なんて言うから警戒したんだ」

「フリーメーソンですか? それはいくらなんでも邪推が過ぎるでしょうよ」

 両手を上げる男の後ろで坂本龍馬の名を出した男は苦笑する。

「そろそろ、手を下ろしても?」

「いや、駄目だな。悪いが事が終わるまでは拘束させてもらう」

「紙とペンなどと言う割には結局あなた方も暴力に頼るわけですか」

「そうでもないさ。押し付けてるのはただのペンだからな」

 そして数人の男が政府の男を縛り上げると男は諦めたような顔をして苦笑いを浮かべた。


 それから三日後、各地のレジスタンスは一斉に蜂起した。レジスタンスは大声を上げながらビラを配る。ビラは大量に用意された手作りの紙にやはり手作りのペンで一枚一枚手書きされた物だった。

 そこにはこう書いてあった。


「表現の自由を取り戻せ!」

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ペン、ペーパー、レヴォリューション 山村 草 @SouYamamura

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