第23話 エピローグ 黒髪の魔女は暗闇を恐れている
魔術犯罪捜査機関ユースティティア・デウス
ヨーロッパを取り仕切るイギリス本部は混乱していた。
なにしろイギリス本部のトップが実は魔術犯罪者と通じていたのだ。
しかも崇拝者となって。
これにより魔術犯罪者のシンジケートの存在が示唆され、組織は再編されることとなった。
イギリス本部を当面、仮の局長を立てて運営。その仮局長には局長秘書だったヘルミナ・ハーカーが指名されたのだった。
「いきなりの昇格とは驚きですね」
ヘルミナは科学捜査班のハオ・ワンのところに立ち寄っていた。
親しい友人でもあるハオとの会話は、ヘルミナのいい息抜きになる。
ハオは、淹れたての紅茶をヘルミナに差し出した。
「こっちはいい迷惑よ。ただでさえ雑務に追われていたのに」
「とはいえ、もともとエム元局長がしていたのはほぼ決裁だけ。実務を取り仕切っていたのは実質、あなたでした。することはあまり変わらないではないですか。それに自分で決裁できる分、仕事が捗るのでは?」
「そうも思ったけれど最終判断をする立場になると実際はねえ……それより、あの新人の神成くんの件なのだけど」
「タチアナの新しい相棒のですよね。なんでも”古き者共”と会話したとか」
「そうなのよ。委員会がわざわざ遠く離れた日本の警察官を捜査官として指名してきたのには正直不思議だったけど……まさか”古き者共”と意思疎通ができるとはね」
「私も最初は強運の持ち主である彼がタチアナのパートナーとして最適という判断だと思っていました。でも委員会の思惑はそれだけではなさそうですね」
「姿を消した
ヘルミナは紅茶のカップに口をつけた。
「うん……豊かな香り」
「夏摘みものですよ」
神成は、装備品支給室へ
ダークグリーンのアタッシュケースを荷台から重そうに降ろすと管理人のガニーがニヤけながら尋ねてきた。
「今回のHULCはどうだった? 軽くなったろ?」
「ええ、まあ……でも、途中で回路の故障で歩けなくなりました」
「そうか、まだ改良の余地があるようだな。よし! 次の改良型が仕上がったときにはまた実験台……いや、試しに使ってくれ!」
「はは……考えときます」
神成は呆れ顔で笑った。
その時、携帯電話の電話が鳴る。
「はい……えっ! ”人形使い”の潜伏先が判明した? わかりました。すぐ行きます!」
神成が地下駐車場へやってくると車の前にはすでにタチアナが待っていた。
「遅れて申し訳ありません! 先輩!」
「いいさ。早く乗りなよ」
助手席に乗り込んだ神成はシートベルトを締める。
「あれから一ヶ月。逃亡していた人形使いをようやく捕まえられますね」
「そういえばキミのことを特殊部隊の連中も褒めていたよ」
「え、そうなんですか? そいつはうれしいっすね!」
「一人前の魔術捜査官まであと少しかもよ」
「あ、ありがとうございます!」
タチアナに褒められたのは初めてだ。そう言えば最初の頃と比べると神成に対する態度が柔らかい。意思の疎通もずっとマシになっている気もしていた。
神成はタチアナに向かって敬礼した。
「だからそれはいいって……」
相変わらず抜けない神成の敬礼癖。
呆れ顔のタチアナだったがどこか楽しげだ。
「ところでタチアナさん。今日は俺がおごりますよ」
「なにかお祝いごとかい?」
「実は、賭けに勝ちまして」
「賭け?」
「はい、俺がタチアナさんと組んでどこまで保つかみんなで賭けてたんですよ」
「へえ……」
「俺は一ヶ月以上保つに一点賭けしてまして。そしたら一人勝ちで。ははは、馬鹿な連中ですよ……ってタチアナさん? どうしました?」
「ボクの知らないところでそんな賭けがあったの……へえ、そうなんだ」
「えっ、知らなかったんですか? あんなに盛り上がってたのに」
その時、神成は気がついた。
タチアナは、コレクター事件の一件以来、度々笑顔を見せてくれるようになっていた。だが今見せている笑顔はどこか怖い。というか、若干殺意さえ感じる。
「そう、賭けねえ。みんなで楽しそうな。しかもボクが賭けの対象とはね……フフフ」
「タ、タチアナさん。なんか怒ってます?」
「なんで怒るんだい? みんなが楽しんでくれるんだらボクは本望だよ。ハハ……」
「いや、絶対怒ってますよ。だって目が笑ってないし。あつっ! なんか燃えてます。燃えてますって! ぎゃあーっ!」
地下駐車場に神成の声が響いた。
黒髪の魔女は暗闇を恐れている。
暗闇の中には己の混沌、恐怖、後悔、絶望が渦巻いているからだ。
だが、黒髪の魔女はもう恐れない。
自らが望めば暗闇の中にでも光を灯すことができるのだから。
『黒髪の魔女は暗闇を恐れている』終わり
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