第20話・挑んた者が勝つ

 祭壇の上に寝かされたタチアナを魔術士たちが囲む。

 その手には、儀式用の短剣が握られている。

 魔術士たちが呪文を唱え始めていた。

 それが終わった時こそ、短剣がタチアナの胸に突き立てられるのだ。

 周囲に人数以上がいる気配がする。

 逃げようと必死にもがくが金属製の手枷と足かせが外れることはなかった。

 呪文を唱えても魔術が発動できない。

 もはや絶対絶命だ。

 遠くから黒衣の男が近づいてくる、

 おそらくタチアナの祭壇に到達した時は儀式の終わりになるのだろう。

 もうだめなのか……

 タチアナは静かに目を閉じた。

 助けて……だれか

 タチアナが最後に唱えたのはそれだった。

 脳裏に何故か神成の顔が浮かぶ。

 なんであいつなんだろう……

 少し自分が可笑しく思えた。死の間際だというのに。

 いよいよタチアナの心臓に向けて短剣が振り上げられた

 その時だ。

「タチアナさん!」

 扉がぶち破られ、外骨格スーツH U L Cを装着した神成が広間に飛び込んできた。神成は、取り囲んだ魔術士たちを次々と放り投げて道を開き、祭壇にたどり着く。

「誰?」

「いや、俺です。俺!」

 ヘルメットのバイザーを上げて顔を見せた。

「神成朝斗、ただいま到着いたしました!」

 そう言って敬礼してみせる。

「神成? いつからアイアンマンになった?」

「アイアンマンって……まだ余裕あるみたいっすね。待っていてください。今助け……あれ? 局長? いつのまに到着したんですか? それにその格好」

 神成はそばにいたエムに気がついた。

「神成! 彼は裏切り者だ! "収集家"ザ・コレクターの共犯者だ!」

「はあ?」

 エムは、銃を抜く視線を外していた神成に向けた。その銃口は、HULCの装甲のない部分に向けられていた。

「この日本からやってきた新人捜査官には殉職してもらう!」

 引き金が引かれようとしたその時、銃撃がエムの持っていた拳銃を弾き飛ばす。

 衝撃で指を捻ったエムは痛みでうずくまってしまう。

 撃ったのは神成に続いて突入してきた特殊部隊の隊長グリフィスだった。

 グリフィス隊長は神成に向かって軽くうなずいてみせた。

 い腕だな、と神成は思った。

 突入してきた特殊部隊は、エムはもちろん、逃げ出そうとした魔術士たちを次々と取り押さえていく。

「局長。あなたを魔術犯罪共犯の疑い及び、背任行為の疑いで身柄を確保します!」

 取り押さえられたエムはに腕を後ろに回された。

「離せ! 私は潜入捜査中なんだ!」

「説明は後で聞きます」

 後ろに回された手首に逮捕用の結束バンドが容赦なく巻かれた。


 神成は、タチアナにはめられていた手枷を外す。

「先輩、もう大丈夫です」

「あ、ありがとう。だけど、よく……」

「コレクターの狙いがタチアナ先輩だってわかったんです。それで急いで追いかけてきたんですけど、途中、ゾンビに阻まれまして」

「ゾンビ?」

「ええ、でもそのゾンビってのが……いや、まあ、その話は後で。それより先輩、得意の魔術は使えなかったんですか?」

「手枷と足枷に魔術封じのルーン文字が彫り込まれていたんだ。これをされると魔術士はお手上げさ。ユースティティア・デウスの尋問室の壁にも刻み込まれている代物だからね」


 隣では、逮捕されたエムが連れていかれようとしていた。

「おい! こんな時の為に雇ったんだ。役に立て!」

「誰に言っているんだ?」

 エムと逮捕した隊員たちが顔を見合わせた。

 その時だ。

 腕が床を突き破り、隊員の足を掴んだ。

「なんだ?」

 床の下から現れたのは、壊れかけたマネキンたちだ。

 隊員は、G36を構えると躊躇なくマネキンの頭を撃ち抜いた。5.56mm弾がマネキンを頭から胸部にかけて粉々に吹き飛ばす。だが頭をなくしたマネキンは構わず隊員に襲いかかっていった。

 神成は隊員の前に出て半壊したマネキンを掴むと勢いよく放り投げた。宙に飛んだマネキンが発火し一瞬で燃え尽きる。タチアナの魔術だ。

「先輩、動く人形……なんだか、覚えがありませんか?」

「ああ、そうだね。何故かは察しがつくけど」

 神成が周辺を見渡すと広間の隅で黒いフード付きのスエットを着た男を見つけた。

「人形使い……なんで?」

「おおかた、用心棒代わりにエムが連れてきたんだろうさ」

 人形使いは、何かを唱えると床に両手を押し付けた。すると床から魔法陣が浮き出て光り始めた。光は一瞬で広間の床に広がった。

「隊長、気をつけてください! ここに魔術士の”人形使い”がいます!」

 神成は、特殊部隊の隊長に呼びかけた。

 魔法陣から放たれた光が収まった。

 すると、どこに隠れていたのか、大量のマネキンが姿を現して特殊部隊に襲いかかってきた。

 マネキンたちだけではない。狭い通路から何かが集団で現れた。

 異形の姿をした神々のオブジェたち。

 それはナイア・ラトテップの造った作品たちだった。マネキンより一回り大きい。中には二メートルを越えるものもある。プラスチック製のマネキンより強度があるためかブロンズ製のオブジェたちはアサルトライフルの5.56mm弾を食らっても構わず進んでくる。

 だが、タチアナの炎の精霊魔術サラマンダーは違った。

 巨大な炎の蛇が現れると次々と異形のオブジェの飲み込む。

 ブロンズはまるで水飴のように一瞬で赤くなって溶け出した。

 特殊部隊の隊員たちがその様子を呆気にとられて見ていた。

「さすが”黒髪の魔女”だぜ」

 隊員の誰かが言った。 


「やりましたね! タチアナ先輩」

「それより、気をつけろ。あいつがいる」

「”人形使い”のこと?」

「いや、奴だ。収集家コレクター

 手枷が外れたタチアナが黒衣の男を指さした。

 そこには黒衣のフードマントを着た男が立っていた。

 顔は不気味な黄金の仮面で覆われている。

「やつが……?」

 神成は立ち上がって黒衣の男を見た。

 黒衣の男は、神成の方を見た。いや、神成ではなく、その後ろにいるタチアナを見ていた。

 タチアナは、手首をさすりながら前に出た。

「ここはボクにまかせて」

「え? はあ……でも」

 一瞬、ヘルミナに言われた言葉が脳裏をかすめる。


 コレクターはS級の魔術士の可能性がある。A級のタチアナとは小学生と大学生くらいの実力の開きがある……


「お願い」

 タチアナは真剣な表情で神成を見た。

 その眼差しに神成はタチアナの言葉を断ることができなかった。

「わかりました。先輩」

 神成はタチアナに前を譲った。

「ありがとう、

「え?」

 タチアナの手の平から小さな炎が湧き出した。

 炎の魔術”火の精霊”サラマンダーだ。燃やし尽くすのは、タチアナの望んだモノのみだ!

「ずっと……ずっと、この時を待っていたんだ」

 タチアナの雰囲気はあきらかに変わっていた。

 確かに他人を寄せ付けない雰囲気はあったが、今はそんなレベルではない。

 寄せ付けないどころか、関係ないものまで焼き尽くしてしまいそうだ。

 神成は生唾を飲み込んだ。

「ペータ・ミ・ホスティアム・エット・アーデビット炎よ。私の望みは敵をすべて焼き尽くす事・アスクェ・パニシエム……」

 手の平だけだった僅かな炎はいつの間にか二の腕まで広がっていた。

 神成はタチアナ自身が燃え尽きてしまうのではないかと不安になる。

エット・アーデビット焼き尽くせ・アスクェ」

 炎の勢いが強くなった。HULCの装甲越しでも熱が伝わってくる。

 おかしい、と神成は思った。

 今までもタチアナの炎の精霊サラマンダーの魔術は、度々近くで目にしたが、炎の勢いには驚かされたものの、熱さ感じることはなかった。だが、今は装甲越しにも熱が伝わってきている。

 もしかしたらタチアナは、コレクターを逮捕するつもりなどさらさらないのでは?

 神成はそう思った。

 さらに勢いを増す炎。熱を避ける為に神成は、外骨格スーツH U L Cのバイザーを下ろす。

 タチアナが両手を振り上げると床から巨大な火柱が現れた。そしてすぐに火柱は炎の大蛇になり鎌首をもたげている。

ファート!進め!

 タチアナは黒衣の男を指さした。同時に炎の大蛇は黒衣の男に飛びかかり、一瞬てオレンジの炎に飲み込んだ!

 さすがにあの炎ではひとたまりもあるまい

 その場にいた誰もがそう思った。

 だが。

「嘘だろ……?」

 神成は目を疑った。

 黒衣の男ナイア・ラトテップのかざした手が炎の大蛇の動きを完璧に止めていた。

 炎の大蛇は口を開けたまま動けずにいる。

「賢しいな」

 タチアナの頭の中にナイア・ラトテップの言葉が聞こえてきた。


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