第19話・決して諦めない

「君の心臓の半分は"収集家"ザ・コレクターのものなのだ」

 エムは楽しそうに言う。

「なぜそんなことを……?」

「秘密を教えてやろう。”収集者”は、我々の主マスターなのだ」

「ユースティティア・デウスの局長が魔術犯罪者の崇拝者? まさか組織自体もそうなのか?」

「いや、私と数名だけだ。ユースティティア・デウスは、魔術犯罪に対応できる捜査官が圧倒的に不足していた時期があって、その時代、大した審査をせずに魔術士を、かき集めていたんだ。私は、それにまんまと乗ったんだ。おかげで勧誘できる魔術士も集められたしシンジケートも形成できたよ」

「魔術士のシンジケートなんてものが存在していれば気づく」

「おいおい。私は必要な情報を選べる地位にあるんだぞ」

「裏切り者」

「ありがとう。最高の褒め言葉だよ。で、話の続きだが、我らの主マスターである”収集者”は、10年前その魔力は、減退期を迎えていた。復活が必要だ。そこで魔力の強い人間を選んで臓器を植え付けることしたのだ。そうする事によって減っていた魔力を取り戻す。その為に魔力の強い人間を探した。だが魔力はあっても適応能力がない者ばかりだった。そこで、我らは主の細胞に適応する人間を作り出すことにした。それが君だ」

「何を言ってる?」

「さあ、ここで問題だ。10年前、君の命を救ったはずの魔術は誰が使ったかな?」

 タチアナは問いかけの意味を理解した。

「嘘でしょ……」

「ああ、察しが良いね。さすが”黒髪の魔女”だ。そうだよ。君の父親は我々の仲間だ。私の良き友人でもあった。彼は主マスターの為に君を作り出した。時間、方位、場所、星。すべてを厳密に計算してね。そして君は父親に生贄として差し出されたのだ。でも悲観することはない。キリスト教の正典ではアブラハムは愛する息子イサクを神に生贄に差した。だから君が父親に愛されていなかったわけではないよ。たぶんね」

 エムは、意地悪く笑った。

「嘘だ!」

「君がどう思っていようが関係ない。我々は必要なことをするだかなのだから」

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!」

 短剣がタチアナの目の前に突き出された。

「家系のせいなのか君の魔力の強さは天性のものだった。"収集家"ザ・コレクターの心臓が魔力を補充するには理想的な充電器だったよ」

「魔力の充電器? ふざけないでよ」

「ふざけていない。言葉のとおりだ」

「私の残りの心臓はどこ?」

"収集家"ザ・コレクターが動くために使わせてもらっている。魔術の力は落ちるが、心臓は動かせる。いわば応急処置だ。この後、10年をかけて君の心臓に移植してある魔力を蓄積したを戻せば術は完成。君も君の心臓も用済みとなる」

 祭壇の上に拘束されたタチアナは、周囲を燃やしてしまおうと詠唱をした。

 だが何も現象は発生しなかった。

 おかしい? どうして……。

 タチアナは、呪文を繰り返しが、何度やっても炎は発生しなかった。

「ああ、無駄無駄。手かせにも足かせにも魔術の呪文封じを彫り込んでいるから」

 見ると手かせにはルーン文字で呪文が彫り込まれていた。

「見覚えがあるだろう? ユースティティア・デウスの魔術士用の尋問室にも使ってあるものだ。魔術を使う者であるならユースティティア・デウスの捜査官だろうが、犯罪者であろうが関係ない。お得意の炎の精霊サラマンダーは、その手枷をはめている限り使えないよ」

 エムは、そう言って腕時計を見た。

「そろそろ時間かな」

 タチアナは、部屋の奥から異様な何かを感じとった。

 最初、屋敷に居付いた亡霊か何かと思ったが、すぐにずっと強い何かだと気づいた。神経を研ぎ澄ませて相手を感知しようと試みる。

 姿を現したの古めかしい黒いフードをかぶった者だった。

「彼に気がついたのはさすがバリアント家の血筋だな。彼こそが我々の偉大な守護者にして指導者。ナイア・ラトテップ様だ」

「ナイア・ラトテップ?」

「君には"収集家"ザ・コレクターと呼んだ方が馴染み深いかな」

 タチアナは黒い男の方をよく見た。フードマントに見えたのは衣服ではなく黒い陽炎の様なものだった。それがゆらゆらを周囲の空間も歪ませて見せている。

 魔術士とか魔道士といった類ではない。人の形をとっているが妖精という存在に近い感じがしたが同じものではない。それ以外の"何か"だ。

 ナイア・ラトテップは、ゆっくりとタチアナに近づいてくる。

 黒い闇の中から近づいてくる黒い男。

 これだ。

 タチアナには分かった。子供のころから、ずっと恐れていたのはこれだったのだ。

 死の予感

 絶望

 恐怖

 それらのどれにも形容できる者で、タチアナが暗闇の中に感じていた何かであった。それがこのナイア・ラトテップという存在なのだ。

 タチアナがこの10年間ずっと恐れていたものが実体を現しているのだ。

 『わが依代よよりしろ。長くご苦労であった』

 頭の中に言葉が響いた。それがナイア・ラトテップが伝えているものだというのはすぐにわかった。

『今宵、預けてある我の心臓を返してもらう』


*  *  *  * 


「後退! 後退!」

 ゾンビの群れに行く手を阻まれた特殊部隊は車両を盾に応戦していた。

 だが強力なアサルトで撃ち続けてもゾンビの数は増える一方だった。

「隊長、なんなんですか?」

「ゾンビだ。知らないか? 捜査官」

「ゾンビは知ってますけど、リアルなのは初めてで。あれ、噛まれたらゾンビになっちゃうんでしょうか?」

「そんなことになったら世界中がゾンビだらけになるだろうが、に奴らは人を襲って喰うだけ。喰われたら死ぬだけだ」

「ぞっとしないな」

「どこかの魔術士が呼び出した亡者ってやつだろう。エウリュディケーの伝説だな」

「オルフェウスの妻の話ですね。日本にもイザナミ伝説という似た話があります」

「とにかく、ここで消耗していうわけにはいかない。道を変えよう」

「え? そんなことをしたら助けに間に合わないかもしれないですよ」

「しかたがない。ここで戦力を消耗したら元も子もない。全ユニット、車に戻って一時撤退する。来た道を戻るんだ」

 隊長はハンズフリーマイクで部下たちに指示を出した。

「捜査官、君も早く装甲車に戻れ」

「俺は、タチアナさんを助けに……」

「冷静に状況を判断しろ、捜査官」

 隊長に促されて神成は装甲車に向かった。

 途中、防御線を突破したゾンビの一体が目の前に現れた。

 驚くより先に訓練で身についた動作が出た。咄嗟にハンドガンを向けると目の前のゾンビの額に向けて二発。頭を吹き飛ばされたゾンビはそのまま倒れた。

 だが、これで弾切れだ。なんとか装甲車に戻った神成は、弾薬が残っていない社内を探した 予備のライフルが並べてある場所を探しあてるとは、ダークグリーンの金属ケースに目がいった。タチアナを助けに行く為にと装備支給室のガニーに渡されたものだ。

「ガニーさんは、タチアナさんを助けるのに役に立つと言っていたけど……」

 神成は、金属ケースを引っ張り出すとロックを外した。

「嘘だろ? これを使えってか?」

 ケースの中身を目にした神成は唖然とする。

 その時、援護を叫ぶ声がした。

 聞き覚えのある声だった。装甲車の中で神成をからかったハンターとかいう隊員の声だ。どうやら逃げ遅れてゾンビたちに囲まれているようだ。


「俺に近づくな!」

 ハンターは、近づくゾンビに向かって射撃を続けていた。

 一旦射撃を終え、装甲車へ向かおうとした時だった。倒れていたゾンビに足を掴まれて転倒してしまう。

 倒れたハ拍子にハンターは、迂闊にもアサルトライフルを手から落としてしまう。

 慌ててライフルを戻そうと手を伸ばしたがゾンビに足を引っ張られてしまう。無情にも指先からライフルが遠ざかっていく。ライフルを諦めてニーホルスターからハンドガンを抜くと足元のゾンビの額を撃ち抜いた。

「みたか! このやろう!」

 力なくうなだれたゾンビに向かってハンターはそう吐き捨てた。

 だが、間を置かずに他のゾンビたちがが集まってきてしまう。ハンターは、なんとか起き上がると足をひきずりながら逃げたが、さらに多くのゾンビの群れが退路から現した。

 弾丸を撃ち尽くしたハンドガンを放り投げると、ナイフを引き抜き最後の抵抗を試みる。

「きやがれ! ゾンビども」

 ナイフを構えるハンターの隣を何か横切った。ゾンビではない。

 そいつは迫ってきたゾンビの一体を殴りつけた。その一撃は一発でゾンビの頭を吹き飛ばし肉片と骨の欠片を飛び散らした。

 呆気にとられていたハンターに甲高いモーター音を鳴らしてが振り向く。

「今のうちに逃げてください!」

 それは外骨格スーツHULC改造型を装着した神成だった。

 顔まで覆ったヘルメットシールドや所々に装甲を施した外骨格スーツは、まるでアイアンマンかロボコップという感じに見えた。

「お前か? 捜査官」

「ここは、俺に任せてください。俺は、このまま道を進みます! 迂回していたら手遅れになるかもしれない」

「この先はゾンビの群れだぞ。いくらそいつHULCを装着していても危険だぞ」

「相棒を見捨てるわけにはいきませんから」

 仲間を見捨てない気持ちは特殊部隊に所属している者なら痛いほど分かる。

「わかった、幸運を祈る。捜査官」

 ハンターは、外骨格スーツHULCの装甲を軽く叩くと足を引きづりながら車列に向かった。霧の中から仲間の部隊がアサルトライフルを構えながら現れた。先頭は隊長のリアム・グリフィスだ。

「捜査官は?」

「あいつは、ゾンビの群れの中を突っ切って目的地に進むそうです」

「いくら改造型のHULCでも危険だ」

「俺もそう言ったんですが、相棒を見捨てられないと言って……」

「馬鹿め!」

「どうします?」

 グリフィス隊長は、目の前の霧に目を向けて思案した。

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