第18話・死は闇で待つ

 タチアナは、岩塩と呪文を使い入り口付近に張り巡らされた呪いを解いていった。

周到に仕込まれていた呪いはとても厄介で根気と冷静さが必要なものだ。それでもなんとか、すべての呪いを解くと周辺の空気も驚くほど変わっていくのがわかる。空気を通じて人はなにかを感じるなのだろうなとタチアナは思った。

 ドアを慎重に開けると真っ直ぐに続く薄暗い廊下が見える。

 入り口から差し込む陽の光が赤い床のカーペットを照らした。

 タチアナは腕時計で時間を確認してみた。時間的にはもうすぐ日が暮れてしまう。

 トワイライトゾーン。

 あまり好きではない時間帯だ。ここは、一旦戻って態勢を整えてからとも考えたが、それは千載一遇のチャンスを逃すことになるかもしれない。

 タチアナは、覚悟して先に進む事にした。

 ホルスターからいつでもグロック30を引き抜けるようにグリップに手を添える。

 射撃が得意というわけでもなかったが、今回は特別だ。相手は長年追い続けている"収集家"ザ・コレクターなのだ。

 赤いカーペットが敷かれた真っ直ぐ続く廊下は薄暗く、人の気配はなかったが代わりに何か邪悪なものが漂っているのが感じ取れた。

 やはり、ここに"奴"がいる。

 タチアナは、"収集家"コレクターの存在を確信した。

 屋敷の中に足を踏み込めると、ひんやりとして空気がタチアナの肌に触れる。

 壁側で電気のスイッチを探し当てると電源を入れた。

 幸いにも電気は通っていた。赤い廊下を照明が照らす。

 廊下は広く壁側に部屋はひとつもなく、何かの様々なデザインの不気味なオブジェが延々と並んでいた。その中には、事件現場にあった古代の神々と思われるオブジェもある。他にも奇妙な生き物の彫刻も数多く置かれていた。

 一体、どうしたらこんな形の生き物を想像できるのだろうか、とタチアナは思う。

 それらの題名は"古き者ども"とされている。

 もしかしたらウィン・リリブリッジという人物は常に錯乱した状態で作品を創り上げていたのではないかも思える。とにかくまともな感性ではないだろう。

 赤い廊下の先に大きな両開きの扉が見えた。

 扉の上枠にはウィン・リリブリッジが自分で作ったのか不気味な生き物の半身の像が入る者を見定めるかのように取り付けられていた。

 そこへたどり着くとハンドガンを右手で構えながら音をたてないように慎重に扉をそっと開く。わずかに開けた隙間から身体をずらしながら中の様子を伺った。何も動く物は確認できない。どうやら誰もいないらしい。

 重い扉を通れる程、開けるとタチアナは部屋の中に入った。そこは大きな広間になっていた。

 中を見渡すと四隅には廊下にあったオブジェよりさらに一回り大きな像が置かれている。やはり不気味で奇妙な生物を形どっていた。同じく"古き者ども"というものなのだろうか。長く見ていると気分が悪くなる姿だ。

 注意深く部屋の中を見渡すとどうやら儀式場らしい事に気がついた。

。床の染みは血かもしれない。その様子から最近までに良からぬことが行われたのがわかる。

 その時、タチアナの頭上から何かが落ちてきた!

 それに気づき、一瞬でかわす。

 見ると木製のマネキンが不自然な格好で立ち上がっていく。

 人形を操る魔術?

 それを見てタチアナは"人形使い"の事を思い出した。

 だが、"人形使い"はタチアナたちが逮捕して今は拘束されているはずだ。あるいは同じ魔術を使う別の魔術士か?

 タチアナはハンドガンの引き金を引いた。9ミリ弾はマネキンの身体を貫通し、細かい木片が飛び散っていく。だが、マネキンは少しよろめいただけでそのままタチアナに襲いかかってきた。

イグニズ・プレーサー・オークシリアム!炎の精霊たちよ。私に力を貸しておくれ

 炎の呪文を詠唱すると動くマネキンは一瞬で炎に包まれた。超高温で焼かれたマネキンはタチアナに辿り着く前に燃え尽きていく。タチアナの足元には火がくすぶる足元の灰だけが残るだけだった。

 しかし、次の敵は予想外の場所から現れた。

 床から手が突き出てタチアナの足首を掴む。バランスをとられその場に仰向けに倒れるタチアナは後頭部を強打してしまう。

 一瞬、意識が飛んだ。

 倒れたタチアナに何かが群がってくる。

 ボヤケた視界に入ってきたのは床に並んでいた奇怪な像たちだった。


*  *  *  *  *  *


 その頃、ユースティティア・デウスの装甲車に乗り込んだ神成朝斗は、特殊部隊の隊員たちとウィン・リリブリッジの屋敷を目指していた。

 黒塗りのSUVを先頭に部隊を乗せた装甲車1台とさらにSUV2台のが連なって山道を走行していく。

 装甲車の中では特殊部隊の隊員たちがH&K G36アサルトライフルの点検をして到着に備えていた。パーツの一部にはラテン語の文字が刻まれている。

 黒い戦闘服に付けた肩のワッペンには四大元素武器のひとつである"地のペンタクル"のデザインが刺繍されている。

 隊員たちの装備は警察系の特殊部隊とさほど変わらないようだったが、使用する弾丸や銃、防弾ベストは全て何かの魔術的儀式が施さられたものらしい。


「あんた、"黒髪の魔女"タチアナ・バリアントと組んだ噂の新人だろ?」

 銃の点検を終えた隊員のひとりが緊張して席に座る神成に声をかけた。

「はい、そうですけど」

「二度、死にかけたらしいな」

「いや、デタラメですよ。実際は一度だけです」

「そうかい。だけど今回の容疑者は、"収集家"ザ・コレクターらしいじゃないか。すぐに二度目になるぜ」

「無駄口はよせ、ハンター」

 隊長が注意する。

「賭けが当たらないといいな」

 ハンターは、最後にそう言って笑った。

 ジョークのつもりかもしれないが神成は笑う気になれないでいた。


 車列がされに山道に進んだ時、突然、深い霧が現れ始めた。

 やがて霧は徐々に深くなり、見通しを悪くさせていった。

 山の天気は変わりやすいというが、ここはそれほど標高も高くない場所だ。不自然な霧に先導するSUVのドライバーが舌打ちする。

 やがて、ライトを付けても数メートル先しか見えない状態になり、速度を落とさざる得なくなっていった。

「これでたどり着けるんでしょうか?」

 不安になった神成が運転席を覗き込み訊ねた。

「道は、ほぼ一本道だしGPSもある。大丈夫だ。だが速度は上げられない。到着は予想よりかなり遅れるかもしれないぞ」

 ドライバーが答えた。

「とはいえ、この霧は何か妙だ。これほどの濃霧が出る時間帯でも季節でもないんだが……」

 

 車列は霧の中、ライトを点灯させて走行を続ける。

 大きくカーブを曲がった時、車列の前に何かが現れた。

 人影だ。

 先頭の車がアクセルを離しブレーキをかける。霧の中、赤い光が点灯する。

 車が近づいてもその人影はその場から動こうとしない。

「道の真中で、どこの馬鹿やろうだ」

「地元の奴だろ? どれ、俺がどかしてくる」

 助手席の隊員が降りて人影の方に向かった。

「政府の緊急車両です。すみませんが道を空けていただけませんか?」

 相手は返事をしなかった。

「ちょっと?」

 隊員が声をかけ直した時、相手が突然振り向いた。

 その顔は腐敗し皮膚はただれていた。

「ああ、ちくしょう!Sit!

 隊員は、咄嗟に右太ももに巻いたホルスターからハンドガンを抜こうとしたが遅かった。引き金を引く前に動く屍ゾンビが飛びかかる。

「離せ! 離しやがれ!」

 さらに道の端から現れた動く屍ゾンビたちが隊員に覆い群がってきた。隊員は逃げることができずに地面に倒されてしまう。

 P226シグが虚しくアスファルトに転がる。

 異変に気づいたドライバーの隊員が運転席から降りてアサルトライフルを構えて近づいた。

「嘘だろう……?」

 そこに見えたのは無残に姿を変えた仲間の"成れの果て"だった。

DNC!危険亜生物 DNC! 一人やられた!one down!

 ハンズフリーマイクからの呼びかけに全車両が慌ただしくなる。

 隊員たちはアサルトライフルを構えて次々と車から降りていく。

 神成も状況がよくわからないまま車から降りた。

 特殊部隊の隊員たちはアサルトライフルで前方に狙いを定めている。  

「DNCってなんです?」

 神成は、部隊の隊長に尋ねた。

「Dangerous Not Creature危険 非 生物。要するに化け物どものことだ。どうやら我々は待ち伏せを受けたらしい」

 隊長は早口でそう言った。

 そのライフルの構える先にはゆっくりと近づいてくる何か集団がいた。

ゾンビZだ! 射撃開始!」

 特殊部隊のアサルトライフルがゾンビたちの群れに向かって火を吹いた。


*  *  *  *  *  *


 タチアナは、冷たい祭壇の上で目を覚ました。

 手足は金属の手かせと足かせで自由を奪われ身動きが取れない。

 周りは、カピロテの様な黒い覆面をかぶった一団に囲まれていた。

「なんだ! お前たちは!」

 身体を起こそうとしたが手足は革ベルトのようなもので繋がれ動けない。

「タチアナ・バリアント。儀式の間にようこそ」

 それは聞き覚えのある声だった。

「あんたは……?」

 黒い祭儀用のマスクと取ったその下の顔は、見知った顔だった。

 長年、タチアナを見守り、時には叱咤してきた人物。ユースティティア・デウスの局長であるエムだった。

 タチアナは驚きで言葉を出ない。

「そう、そう。その顔が見たかったんだよ。わざわざマスクを外したかいがあったというものだ」

 エムはそう言って嬉しそうに笑顔を見せる。

「本物?」

「本物のエムを殺して入れ替わったとか? ははは、残念ながら私は最初から私だ」

「ずっと裏切っていたの?」

「別に騙していたわけじゃない。元々そういう予定だっただけだ。君を"あの御方"に捧げることを10年間黙っていただけなんだよ。君が驚くのは分かるが、これは長年に渡り慎重に続けられてきた計画の一部でしかないのだよ、タチアナ・バリアント」

「計画?」

「君は、幼い頃、心臓の奪わそうになったのを父親に助けられたんだったな。そして父親の魔術で半分になった心臓を機能させてる。でも、その記憶は少し違うんだ。君の心臓を半分にしたのは意図的だし、半分になった心臓を生かしているのは、父親の魔術ではなく、"収集家"ザ・コレクターの心臓なのだよ」

「え……?」

「君は君が長年追っていた"収集者"ザ・コレクターの心臓を移植されているんだ」

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