第17話 ・望む者ではなく、出来る者がやれ!
カーナビの示す場所は人気のない山奥だった。
数時間かけてタチアナは郊外の屋敷に到着した。
そこは謎の芸術家ドウィン・リリブリッジの作品展示館とされている場所だった。
車から降りて屋敷を見上げるタチアナは不穏な雰囲気を感じ取っていた。
”収集家”がいるとは限らないが魔術を擁する者がいるのはわかる。
タチアナはホルスターからグロッグ30を取り出すとカートリッジの弾丸を確認した。弾丸数は11発と少ないがコンパクトで手の小さいタチアナにも収まりよく持てる銃だった。プラスチック部分も多いのも軽量で扱いやすさに拍車をかけていた。
銃を撃つのは得意ではなかったが、”人形使い”に指摘された通り、呪文を詠唱するよりはずっと早く対処ができる。
今回は、使うことになるかもしれない。
タチアナはグロックを持ったまま、半壊している門に向かった。
途中の庭は荒れ放題で草木が生い茂っている。心なしか木は歪んで伸びているように見えた。恐らく魔術を多用した為に集まった邪気が周辺の土地になんらかの影響を与えているのだろう。
タチアナは周囲を警戒しながら庭を進んだ。
ポケットから粉を取り出すと手のひらにのせてから吹きかけた。
「イーゴ・ユート・マギカ・ミッヒ……」
すると粉は光の粒になり、周囲に蝶のようなものが飛び交う。
「さあ、探っておくれ。キミたち」
蝶は、屋敷の入り口に向かって飛んでいった。周囲を探る魔術のドローンのようなものだ。
だが蝶は、ドアのそばまでいくとすぐに戻ってきた。
「どうしたの?」
蝶は何かを早口で伝えた後、どこかへ飛び去っていった。
呪いか……
タチアナは、扉の方を見た。
滅多なことでは妖精たちは逃げ出さない。よほど厄介で醜悪な呪いがかけられているのだろう。
タチアナは飛び去っていく妖精たちを見送った。
さて、どうしたものか……サラマンダーでぶち破ることもできるが、局長からは事を大きくするなと釘を差されている。
タチアナは車に戻ると古ぼけた革バッグを引っ張り出した。
中から岩塩の入った瓶を取り出す。呪われた土地を清めるための道具だ。
「ここは、地道にいくか」
そうつぶやくとそれを持って屋敷の扉に向かった。
その時、タチアナは気づかなかった。
助手席に置かれた携帯電話の着信音が鳴り続けていることに。
* * * * * *
神成は病院からユースティティア・デウス本部へ戻っていた。
携帯電話にかけてもタチアナは電話に出ない。
休憩室を横切ると支給品担当のガニーがコーヒーを飲んでいた。
神成を見つけると声をかけてきた。
「おお、新人。どうした? その怪我」
「あっ! ガニーさん! ひどいっすよ! ドルイドの護符コインだなんて嘘ついて……あ、いや、そんな話をしている場合じゃなかった! タチアナさん、見かけませんでしたか?」
「あん? 知らねえなぁ。ヘルミナなら知ってるんじゃねえのか?」
「ヘルミナさんが? さっき現場で会いましたけど」
「もう戻ってきてるぜ。肩書きは、局長秘書だが、実際は、実務の多くを取り仕切っているのはヘルミナだ。ひとつの現場に留まっている暇なんてねえさ」
「わかりました! ありがとうございます!」
神成はガニーに礼を言うと秘書室へ向かった。
「タチアナさんも居場所を教えてください!」
神成は秘書室に飛び込みヘルミナに聞いた
「神成君、いきなりなり何?」
「携帯にも出ないんです」
「君、嫌われてるんじゃない?」
「え?」
「冗談よ。ちょっと待っていて」
そういうとヘルミナはパソコンのキーを叩いた。
「GPSで見ると……ここだわ。所有者のはっきりしない建物ね。空き家らしい」
PCの画面に地図とタチアナの位置を指し示すアイコンが映し出されていた。
「変ね……一箇所に留まって動いていない。もしかしたら携帯電話をどこかへ置きっぱなしにしているのかも。よかったわね、着信拒否じゃなくて」
「ヘルミナさん、笑えないです」
「場所は、郊外ね。君の携帯にメールで転送しておくわ」
「何しに行ったんでしょうか?」
「何か手がかりを掴んだのかもね」
「俺も行かなきゃ」
「君、その怪我は大丈夫なの?」
「平気です! タチアナさんを助けないと」
「助ける?」
「もし手がかりを見つけてそこへ行ったとしたら、手がかりは多分、罠です!」
「罠? 誰がそんなことを?」
「
「まさか……」
「タチアナさんが注目する証拠だけ残していったんです。自分の領域におびき出す為に」
「それがもし本当だとしたら、本当に危険だわ。事件現場の痕跡からすると”収集者”はS級の可能性が高い魔術士よ」
「S級って……やばいんですか?」
「タチアナでさえA級。S級とA級の差は、小学生と大学生の違いくらいある」
「嘘でしょ?」
「念の為、特殊部隊の手配をする」
「俺、タチアナさんの所へ行きます」
「君ひとりが行っても危険が増すだけだわ」
「パートナーがひとりで危険な場所に行っているのに放っておけませんよ!」
「わかった。でも、行くんなら部隊に同行しなさい」
確かにヘルミナの言う通りだった。魔術も使えない素人が行っても何の足しにもならないだろう。不本意だったが、神成は、ヘルミナの言葉に従うことにした。
* * * * * *
「おお、新入り。ヘルミナの居場所はわかったか?」
再び休憩室を通りがかるとガニーがまだ一服していた。
「ああ、ガニーさん。タチアナ先輩の居場所はわかったんですけど、非常に危険な状況かもしれません」
「”黒髪の魔女”だぞ? 滅多なことでは下手は打たないだろうぜ」
「それが、相手は”収集者”かもしれないんですよ」
ガニーは眉をしかめた。
「収集者か。そいつは厄介なやつが絡んでいるな」
「ヘルミナさんが特殊部隊を送る手配をしてくれてます。俺もそれに同行するつもりなんです」
「お前、魔術士でもないんだろ? 支給品のSIG一丁で何ができると思ってんだ?」
「特殊部隊も出動するし」
ガニーは持っていたカップをテーブルの上に叩きつけた。
「けっ! 情けねえ!」
酒臭い。この時、神成はガニーの持っているカップの中身がウィスキーだと知った。
「ガニーさん、酒飲んでるんですか?」
「もう非番だ。関係ねえ」
「いや、ここ一応、職場の休憩室だし」
「そんな事より、話の続きだ。てめえ、S級魔術士相手に拳銃一丁で行くのかって聞いてんだ」
「え? 拳銃ですよ、拳銃」
「あほか! S級魔術士にそんなものが役に立つか!」
「特殊部隊も一緒に行くんですから」
「だからそれがアホなんだよ! てめえは、好きな女を守るのに人任せにするってか? それでも男かよ!」
ガニーは酒臭い顔を目一杯近づけて神成に言った。
「あ、好きな女っていうのはどうかと……先輩だし」
「あん? じゃあ、てめえは”黒髪の魔女”が嫌れえだってのか?」
「いや、嫌いってわけじゃ」
「じゃあ、好きってことだろうが」
「そんな強引な。だから、好きとか嫌いとかではなく……」
「ああ、じれってえな! てめえは好きな女を見殺しにするようなクソヤロウなのか?」
「そんなことはありませんよ! 好きな女は死んでも守ります」
酔っ払いの言葉とはいえ、頭に来た神成はつい言い返してしまった。
「よく言った! なら俺が助けてやる」
ガニーは大笑いしながら、神成の背中を叩いた。
「俺が”とっておき”を見繕ってやる。それ持って、”黒髪の魔女”を助けにいきやがれ!」
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