第16話・力と知恵を

「指紋以外にも、いろいろわかったよ」

 ユースティティア・デウスの本部に戻ったタチアナが科学捜査班からの連絡を受けてラボに来ていた。死体の中にあった気味の悪い黒い像の分析が終わったのだ。

 科学捜査班のハオ・ワンがパソコンのキーを叩いた。

 様々なグラフや数値データが画面に表示されたがタチアナにはそれが何を意味しているのかはよくわからない。だがハオにとっては違った。

「材質はヒノキ。表面に塗られているのは黒曜石を混ぜたものを使ったものだね」

「ねえ、ハオ。作者は調べることができる?」

「作者だって?」

「実は別の現場で同じ様な像を見つけたんだけど、それがこっちの像とよく似た作風なんだ」

「ああ、そういうことね。もちろん調べてあるよ」

「さすが、ハオ」

「ちょっと待ってくれ。えーと……」

 ハオは、データベースから自分の作成した報告書を検索して呼び出すと、内容から関連する記述をすぐに見つけだした。

「作者は、ドウィン・リリブリッジだ。知ってる?」

「いや、聞いたことのない名前。元々アートには詳しくないし」

「このドウィン・リリブリッジなる人物が不思議んだよ。いくら調べても彼の経歴が見つからない。社会保障番号もないし、税金の支払いさえない。つまり実在していない人物というわけだ」

「でも作品の方は現実に存在してるわけでしょ? エドウィン・リリブリッジって作家によくあるペンネームみたいなものじゃないのかな」

「いい線だね。さすが、タチアナ・ヴァリアント。【ユースティティア・デウス】のトップ捜査官だ」

「やめて。その褒め言葉、なんだかむず痒い」

「そうかな。本当にそう思うんだけど」

「話を進めて。ハオも何か気がついたんでしょ?」

「まあね。このドウィン・リリブリッジが実在していないというのは僕も考えたんだ。そこで像の方を画像検索をかけてみたんだ。ウェブ上で似た作風のものが見つかるかもしれなかったからさ。それで見つけたのがナイア・ラトテップという人物の作品」

「誰?」

「こちらも住居、保証番号、国籍、多くが不明。こちらもペンネームの類かもしれない。でもひとつだけ分かったことがある。どういうわけか、この人物の作品専門の美術館が存在している。どこのデータベースにも登録していなかったけど、どこかの誰かさんのSNSに投稿していたのを見つけた」

「SNSは、スパイ顔負けだね」

「いつか捜査官は必要なくなるかもね」

「場所は?」

 キーを叩くと写真と住所が表示された。

「郊外だ。ここからそう遠くもない」

「ありがとう」

「ところで、タチアナ。新しい相棒には情報、伝えとく?」

「いや、いいよ……彼は置いていくから」

「浮かない顔だね。何かあった? 喧嘩でもした?」

「実は、今日の捜査で彼が殺されかけた。しかも二度もね。そのうち一回はボクをかばって……だからもう、彼に危ないことはさせたくない」

 ハオはため息をついた。

「彼、君に合っていると思ったのにな」

「ボクに合わせられる人間なんていないよ。関わる人間みんなが不幸になるだけだ」

「そんなことはないよ。私は君に関わって不幸になったなんて思ったことはないよ」

 ハオは、タチアナの手を取った。

「君が、子供の頃の事を思い出す。ここへ来た時、君は、まだ小さくていつもに怯えていた。今は大人になったけれどそだけは変わっていない気がする」

「ボクにも分かっている、それを変えるんだ。だからあの犯人を必ず捕まえる」

 タチアナが手をかざす掌の上で小さな炎が踊りだした。

「今のボクにはこれがある。子供の頃とは違う」

炎の精霊サラマンダーかい? ここの捜査官たちが操る精霊の中でも最強の部類だ。でもそれを手に入れる為に君は、何を犠牲にした?」

「何かを犠牲にしなければ望みは叶わないさ。都合のいい近道ショートカットはないんだ」

 ハオは、再びため息をつく。

「君の意志は固いってわけか。わかったよ、私はもう止めない。でも、局長には報告しておくんだぞ。その美術館には”収集家”コレクターがいるかもしれないんだからな。もしそうなら応援が必要になる」

「うん、わかった。ありがとう、ハオ」

 タチアナは礼を言うと部屋を後にした。

「”落花情あれども流水意なし”か……」

 後に残ったハオは、ひとりそう呟いた。


 *  *  *  *  *

 

「では、その美術館には”収集者”コレクターの手がかりがあると?」

 カイゼル髭をつまみながらエムが言った。

「可能性はあります。"人形使い"は、以前、"収集者"の仕事を受けていた魔術士。そいつが儀式に同じ作者の像を使用した。何か理由があるはずです」

「単なる"人形使い"の趣味かもしれないでしょ? いや、だろ? "人形使い"の自供を待つという選択もあるが?」

「かもしれませんが、"人形使い"を逮捕したことが知られて現場からの逃亡と証拠隠滅を図られる可能性もあります。ここは、できるだけ早く向かったほうが賢明かと思います」

「ふむ……」

 エムは、少し考えた後、口を開いた。

「そのエドウィン・リリブリッジという人物が本当に"収集家"コレクターに関係している人物なら事情は聞きたい。だが言っておくが危険な行動は慎め。それと法的に違法な行動も駄目。我々【ユースティティア・デウス】には無茶な行動もある程度なら黙認されているが、やりすぎれば"上"から制限や圧力もかかる。そうなると他で進行中の捜査にも支障が出てしまうからな」

「心得ています」

バックアップ援護は?」

「まずは必要ありません」

「では行け」

「わかりました」

 タチアナはエムのオフィスから出ていった。

「……とは、言ったものの、あいつの事だ。無茶はするだろうな。ああ、やだやだ」

 エムはそう呟くと内線電話をかけた。

「 ワタシだ。尋問中の"人形使い”は何か吐いたか? そうか、まだ口を割らんか。わかった。ワタシが直々に奴を取り調べる。君らは一旦、尋問を中止しろ」

 エムは内線を切ると尋問室へ向かった。


*  *  *  *  *

 

 尋問室の扉には大きな文様が描かれていた。

 文様を囲むようにラテン語が彫り込まれている。

 魔術の干渉を受けないためのものだ。言葉にはひとつひとつ意味があり、すべての言葉は関連付け合っていた。それによってひとつの大きな効果を生み出してるのだ。

 これは、ユースティティア・デウスで研究、考案された呪文だった。世間の魔術を使う者たちの多くはこの比較的新しい魔術の仕組みを知らない。当然、捕らえられている"人形使い"もだ。 


「どうだ? 様子は」

 エムは中に入ると尋問係の捜査官に訪ねた。

依頼主クライアントの名前は明かせないの一点張りです。なんでも明かせば自分の命がないって話です」

 そう言って捜査官は肩をすくめた。

「単独犯ではないことだけは引き出せましたが、肝心の共謀者の話になる口をつぐんでしまう。その繰り返しです」

「そうか、あとは私がやる。君らは少し休憩してくれ」

「局長、許可をいただければ、CIA式でいきますが」

「顔にタオルをかぶせて水責めか? 人道的ではないな。とにかくワタシに任せたまえ。君らは一旦、部屋から出ていってくれ」

「ですが、お一人では危険で……」

「私を誰だと?」

 エムは、尋問の捜査官に鋭い眼光を浴びせた。上司からのその態度に捜査官も折れざる得ない。捜査官たちはおずおずと部屋から出ていった。

 エムはそれを見届けると、録画装置を切ってから取調室の中に入った。

「さてと……」

 尋問室の中へ入ると"人形使い"が疲れ切った顔でエムを見た。

「ミッチ・リアル。通称”人形使い”。未登録の魔術士か」

 人形使いはエムの言葉を無視した。

「随分、強情そうじゃないか。でも、私の話を聞いたら、きっと素直になるぞ」

 そう言いながらエムは、部屋の四隅に行き、何か小さな小物を置いていった。

 その様子を"人形使い"ことミッチ・リアルは、不審に思いながら眺めていた。

「これは、魔術的ステルスとでもいうのかな。この小さな術具を四方に置くことによって、ここで魔術的な何が起こって外には気づかれないんだ。便利だろう? 監視カメラかい? もちろん切ったさ。これで、科学的にも魔術的にも外部からは何もわからない」

 その言葉にミッチ・リアルは、これから起きることに不安を覚えた。

「おかしな脅しはやめておけ。そんな回りくどいことをしても俺は何も喋らないぞ」

「ああ、誰に義理立てしてる? 依頼主クライアントに対してかな?」

「知るかよ」

「まあ、聞け。ミッチ君。今から伝える事は、君にとっていい話なんだ」

 エムは、手錠をかけられ座る"人形使い"に顔を近づけた。

「君をここから出してやる」

「移送か?」

「いや、言葉どおり"出す"んだ。そのための術も敷いたんだからね。おっと、それから……」

 エムが右手の指を弾くとミッチ・リアルの両手首にされていた手錠が勝手に外れて落ちた。その行為にミッチは、仰天する。

「な、なんのつもりだ?」

 手錠を外してくれたとはいえ、さすがに警戒の色は隠せない。

 疑いの目を向けるミッチ・リアルにエムはまるでファーストフードの店員かのような愛想のいい笑みを浮かべてみせる。

「実は、君とワタシは共通の友達を持っている。これはその彼の為だ」

「友達だって?」

「そうだよ。その彼の名は……」

 ミッチの耳元である名前が囁かれた。

 その名前を聞き、驚く"人形使い"ミッチ・リアルにエムは言葉を続けた。

「君の依頼主クライアントはワタシにとっての主人マスターでもあるのだ」

 

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