第15話・危険を冒す者が勝利する

 病院に着くと大した時間もかからずに首の傷を縫い終えた。

 病院のスタッフは事情をある程度、心得ているらしく神成の説明も特に不審に思われることもなかった。

 すぐに本部に戻ることもない。神成は、待合室の長椅子に座ってしばらく休む事にした。

 忙しなく行き来する看護師たちの姿を何気なく見つめていると何か違和感を感じた。普通に目にする病院と何かが違うよう感じる。

 よく見ると外来患者や、運び込まれてくる患者の姿は普通の人間とは少し違っている。角がついていたり、猿の手だったり、体の一部が人間ではない。

 呆気にとられてそれを見ていると隣に誰かが座った。

「あんた、初診かね?」

 声の方を見るといつの間にか入院患者らしい老人がいた。笑みを浮かべながら神成の顔を見ている。

「あんた、どっちだ?」

「へ?」

「こっち側か? あっち側か?」

「あの……あっち、こっちって?」

 奇妙な質問に神成が戸惑う。

「どうやらあっち側だな」

「何の事です?」

「人間だろ?」

「も、もちろん」

「なら、あっち側だ。気にするな、若いの。初診なら戸惑うこともあるだろうが、ここはが治療を受けれる稀有な場所だからな」

 そう言うと老人はどこかへ立ち去っていった。

「なんなんだ?」

 気味悪くなった神成は、早く病院から出ようと立ち上がった。その時、ポケットに入ったヘルミナのメモを思い出す。

 メモと取り出してしばらく、見つめる。

 帰ることはいつでもできるし時間もある。神成は、メモに書かれた病室に立ち寄る事にした。


*  *  *  *  *

 

 ブラッドリー・ベケット

 ヘルミナの話によるとタチアナの元相棒だった男だ。

 メモに書かれた番号の病室へ向かうと部屋には誰もなかった。

 通りがかったナースにブラッドリー・ベケットのことを聞いてみた。

「ああ、ベケットさんですか? 今、ご家族が来ていらしてお散歩に出ていますよ」

 髪を後ろにまとめた面倒見の良さそうナースはそういうと自分の仕事に戻った。

 神成が窓の外を見てみると、ベンチに座る男を見つけた。男のそばには女性と子供が立ってい何かを話しているようだ。きっと彼の家族に違いない。

 神成は、ベケットと話をする為に建物外に向かった。


*  *  *  *  *


 楽しそうな家族の団らんを邪魔したくなかった神成は、離れた場所からそっと様子を伺う。

 小さな女の子がベケットの膝の上に乗りはしゃいでいる。

 幸せそうな家族だった。

 しばらくすると母親と娘がベケットから離れていった。娘はベケットの方を向いて何度も手を振っていた。手を振り返すベケット。

 その様子を見ていた神成は、いつの間にかベケットに好感を抱いていた。


 家族が離れていったのを見計らうと神成はベケットの座るベンチに近づいた。

 先に気づいたのはベケットの方だった。近づいてくる神成の方を見定めるように見た。

「ベケットさん?」

「あんたは?」

U.Dの捜査官ユースティティア・デウスです。新人のね」

「おお、懐かしいね。で、俺の口を封じに来たのかい?」

「そ、そんな乱暴な組織なんですか?」

「冗談だよ。本当に新人なんだな」

「ええ……まあね」

 神成は気まずそうに頭を掻いた。

「何しに来たんだ?」

「聞きたいことがありまして。実は元相棒のことで」

「ああ、タチアナ・バリアントか。彼女、元気にしてるかい?」

「今は俺とコンビを組んでます」

「なるほど。それがここへ来た理由だな」

「ええ、まあ……」

 神成は、ベケットにここへ来た経緯を話した。タチアナを守れることに自信がない事も。


「ようするに君は、あいつと付き合うのが怖くなったってわけだな」

「怖いというか……まあ、確かに怖いです。想像していない事ばかり起きるし」

「俺もそうだったよ。S.A.S特殊空挺部隊にいた頃には死の危険には慣れていたはずなのに、と違う死の危険ばかりだったからな。挙句の果てにこうなっちまったし」

 ベケットは左足の裾をめくった。プラスチック製の足が露出する。マジックペンで"アイ・ラブ・パパ"の落書きがしてある。

「捜査中に失った。九死に一生を得たってやつだよ」

「タチアナさんとの捜査中にですか?」

「そんなとこだ」

「何があったんです?」

「お前さんの言うところの”想像していない事”でな」

「後悔していませんか?」

「後悔? なんで?」

「だって左足を失って今も入院中。家族だって苦労させてるんじゃ……」

「タバコあるかい?」

「え? いえ、タバコは吸わないんで」

「そうか……じゃあ、立っていないで取り敢えず座れよ」

 神成は、ベケットの横に座る。

「聞くが、お前はタチアナの相棒になった事を後悔してるのか?」

「それは……」

 答えられなかった。神成に迷いがあるのは間違いなかったからだ。

「俺たちの追っていた奴は、錬金術だか魔術だかに長けたとんでもない奴だった。ある時、居所を突き止めて乗り込んだ。だが、相手は尋常じゃない。俺は奴の魔術で死にかけたってわけだ。全身いたるところ骨折。左足を失って、内蔵のほとんどを痛めた。中には失った臓器だってある。で、後悔してるかって?」

 神成はベケットの方を見た。

「してないよ」

 ベケットはニヤリと笑ってみせた。

「とはいえ、正直、そりゃ、少しくらいはしてるさ。だがな、そんなのは些細なもんだ。昨夜、テレビドラマを見逃した事の方が、よっぽど後悔している」

 そう言うとベケットは大きく伸びをする。

「酷い目には中東での作戦で何度もあった。仲間の中には民間警備会社を立ち上げたりしていい思いをしている奴もいる。知ってるか? 中東での民間軍事会社の市場規模が何兆ポンドになるか。そいつは城を買えるほど大儲けしてる。誘われた事もあったよ。なのに俺はおかしな捜査機関に入ったばっかりにこの様だ。俺がドジった時の状況を聞いているか?」

「いえ……」

「死んでてもおかしくなかったんだ。それをタチアナが助けてくれたからここにいる」

「タチアナ先輩が?」

「ああ、タチアナのおかげさ。魔術とかなんとか、一生懸命に施してくれてな。そういったわけのわからんものだけじゃないが、とにかくタチアナが必死にやってくれたお陰げで家族とも食事もできるし、散歩もできるんだ」

「……そうですか」

「なあ、えーと名前なんだっけかな」

「神成です」

「神成さん。自分がひどい目あった時、最悪だったと思うか、もっと酷い目に合わなくて良かったと思うか、どちらを選ぶかによって、後の人生に違いが出るんじゃないかな」

 ベケットは神成にそう言うとベンチから立ち上がった。

「どっちにしろ、S.A.Sのモットーは、"危険を冒す者が勝利する"だ。他の仕事を選んでも俺は、無茶をしてたさ。起きもしていない事をあれこれ考えても無意味だよ。ところで、お前さん、迷っているんだよな」

「はい」

「結局のところ、何事も"する"か"しない"かだ。で、お前は、どうしたいんだ?」

 神成は、答えなかった

「先に思った方だ」

「え?」

「"だけど"とか"もしそうなったら"とか、くだらん理由をこじつける前に頭に浮かんだ事があるだろ? それが答えさ」


 何かに苦しんでいるタチアナを助けたい。


 それが神成の先に頭に浮かんだ事だった。

 聞くべき事は聞いた。神成はベンチから立ち上がろうとした。

「ちょっと聞きたいだが、今の捜査、状況は? 新聞沙汰になっているのを読んで気にはなってたんだ」

「犯人の手掛かりが見つけました」

「手掛かり?」

「抜き取られた死体の中に奇妙な像が埋め込まれていました」

「俺達の時には、そんなのはなかったな。本当に同じ奴なのか?」

「タチアナさんはそう考えてます」

「気になっていたんだが、奴は今まで被害者の死体を誰かに見つかる所になんて置く事はしなかった。証拠も残さなかったんだ。それが今頃になって証拠を残し始めた? 死体の中に像を入れておくなんて目立つ真似を? ちょっとおかしいと思わないか?」

「言われてみれば……少し不自然な気もします」

 ベケットの言葉に神成は、考えを巡らせた。

 マスコミに騒がれ始めた事件……今までなかったはずの手掛かり……抜き取られているタチアナの心臓の半分……。

「わざと証拠を残したんだ……目的はタチアナさんを引き寄せるためか?」

「奴は、タチアナを狙っているんだ」

「タチアナさんの残っている半分の心臓だ! タチアナさんが危ない!」

 神成はベケットに敬礼すると慌ててその場から立ち去った。

 ベケットはその後姿を静かに見送った。

「なかなか、いい相棒バディを持ったもんじゃないか。タチアナ」

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