第14話・私は決して戦いから離脱しない
捜査官たちのバンに手錠をされた”人形使い”が押し込まれた。
車内に入ると待ち構えていた捜査官が頭から呪文が書き込まれた袋を乱暴にかぶせた。唱える魔術を無効にするものだ。
手錠にも同じ様な文字が刻まれている。
つまり容疑者は呪文は書くことはできないし、唱えることもできない。
こうして人形使いの魔術を封じて座らせると、正面と左右にアサルトライフルで武装した捜査官がつく。その表情は険しく油断はしていない。
「いいぞ、出してくれ」
運転席にそう声をかけると車が走り出した。
それとすれ違いにエリック・カールの屋敷に救急車が到着し、続いて地元の警察車両も到着した。
「一体、何があったんだ?」
降りてきた警官が半壊している屋敷の状態を見てタチアナに詰め寄る。
「ボクたちは政府機関の者だ。容疑者を確保する為に……」
「政府機関? 一体どこだ?」
「それは……」
答えに詰まるタチアナの前に先に到着していたヘルミナ・ハーカーが割って入ってきた。
「それは私から説明させていただきます」
ヘルミナは、丁重に警官たちに言った。
「あなたは?」
警官が疑いの目でヘルミナを見た。
「我々は内務省の特別捜査班です。この件は、我々が処理しますので警察はお引取りくださり結構です」
「あんた何言ってるんだ。MI5だかMI6だか知らないが、ここは管轄ってもんがある。そう勝手なことをさせられるか」
食い下がる警官にヘルミナは小さな笑みを見せた。それに妙な感じを感じ取ったのか警官が一瞬、戸惑う。ヘルミナは掛けていたメガネを外すと警官の目を見つめる。
「あんた……赤い瞳なんて変わった色をしているんだな」
そう言うが早いかヘルミナの瞳を目を見ていた警官が虚ろになっていく。
「強引なのは重々承知の上です。ですが、テロ行為の捜査に関する重要な案件ですので、容疑者は我々が連れて行きます。現場の処理も我々にまかせてください」
ヘルミナは続けた。
「そうですか。なるほど、わかりました」
警官は、低いトーンでそう答えた。
「何事も市民の安全のためですから」
「その言うとおりです。市民の安全が第一だ……何かご協力できる事がありましたら何でも言ってください」
警官は、先程までの態度とは打って変わって好意的な雰囲気になっていた。
「ありがとう。では、野次馬を遠ざけてください。あと、私達の鑑識チームが来ますので彼らへの協力をお願いします」
「了解しました」
警官は素直にヘルミナの言葉に従って、その場から立ち去った。
そばで様子を見ていたタチアナはため息をつく。
「説明は苦手だ」
「あなたは昔からそうよね。でも慣れないと。いつも私がいる時ばかりではないし」
「はいはい……」
タチアナはうんざりげに返事をする。
「ところでは神成は?」
「向こうで救急隊員に治療を受けてる。"人形使い"に怪我を負わせられた。やっぱり、ボクと組む人間は……」
「しっかりしなさい! タチアナ・バリアント」
突然、口調の強くなったヘルミナにタチアナは驚く。
「神成が怪我をしたのは、"人形使い"のせいでしょ。あなたが神成を傷つけたわけではないんだから」
「そうなんだけど……」
「とにかく、神成君は、そういうの大丈夫な人よ。それであなたのパートナーに選んだのだから」
「え? そういうの大丈夫って、一体、どういうこと?」
「ほら、彼の様子を見に行きましょう」
ヘルミナはそう言うと話を切り上げ、救急隊員から治療を受ける神成の方へ向かった。タチアナは、ヘルミナの言葉に引っかかりながらその後についていった。
「大丈夫? 神成」
「ああ、ヘルミナさん。あと2センチずれていたら動脈を切られていたそうです。運が良かったって。このあと、病院でもらってちゃんと縫ってもらいます」
「ああ……やっぱりこうなったか」
タチアナが気落ちした様子でそう言う。
「いや、大丈夫ですよ、先輩。傷自体は大したことなさそうだし」
「ボクもついていく」
「先輩は捜査現場を指揮してください。まだ証拠が見つかるかもしれませんよ」
「でも……」
「
「う、うん。すまない」
タチアナはそう言うと屋敷の方に向かった。
そばにいたヘルミナがその様子を呆れた顔で見ていた。
「まったく、あの子ったら……」
ヘルミナがため息をつく。
「ねえ、ヘルミナさん。タチアナ先輩って、例の相棒が酷い目にあってる噂を気にしてるんでしょうか?」
「そうみたいね。気持ちが切り替えれば自分が楽なのに」
「ああいうのは、気が付かないうちに心の底にこびりついた水垢のようなもんです」
「水垢?」
「目立つまで気が付かない。でもその気になれば簡単に落とせます。落とせないのはちゃんと汚れを汚れと意識できていないだけです。ああ、つまり心の」
「それ変な喩えねえ……それより、君の方は大丈夫なの?」
「はい、応急処置はしてもらいましたんで」
「そっちもそうだけど、なんというか、あなたが、そうなったこと」
「ああ、そっちね。まあ、結果、命を失ったわけじゃないし、美人なふたりに心配されてるわけですからむしろ
「大丈夫そうね」
「でも、少し自信がなくなってきました」
ヘルミナはそこで神成がいつになく元気がないことに気づく。
「何が?」
「小鬼ども《ゴブリン》……ああ、俺の部屋によく出るうるさい連中なんですけど。そいつらにもタチアナさんの事を守って欲しいって言われたんですよ。最初は、何とかなるって思ってたんです。でも今日みたいな事になって俺なんかがタチアナさんを守り切れるのか、正直、自信が持てなくなってきました。さっきも助けてもらったし、むしろ足を引っ張ってるんじゃないかって……」
神成はそう言うとため息をついた。
「そう……」
ヘルミナはメガネの縁を指でつまんだ。
「俺……それでも身体を張ればタチアナさんを守れると思ってたんですよ。今日は、なんとかなったけど、あんな魔術とか魔法を使う連中相手に身体を張ってもどうにかなるもんかって」
ヘルミナは、指をメガネから離すと神成の顔を見つめた。
「神成くん。君にタチアナを守りたいという気持ちはあるのね」
「守りたいです。あのひとには放ってお置けない何かがあります。何かは曖昧なんですけど、何かあるんです」
そう言って神成は、他の捜査官たちに何かを指示しているタチアナ姿の方を見つめた。
「そうね……彼女にはそういう何かがあるわ」
ヘルミナは、手帳とペンを取り出すとを取り出すと何かを書きだした。
「そうだ、神成君」
「なんです?」
「これから救急車で運ばれるのは組織指定の病院よ」
「そこまで大した怪我じゃないですよ」
「いいから、行きなさい」
「は、はい」
「そこで首の治療が終わったら、この人に会ってみるといいわ」
そう言って名前と病室の部屋番号の書かれたメモを神成に渡した。
「この人、誰ですか?」
「タチアナの前の
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