第13話・運命とのランデブー

 二人は、屋敷の扉の前に立つとインターフォンを鳴らしたが反応はない。

 タチアナがドアの前に手をかざす

 扉には、"呪い"の類は掛けられていないようだ。慎重にドアノブに手を触れてみるとすんなりと回った。不用心にも鍵がかかっていない。

 嫌な予感がする。そっとドアを開けて隙間から中を覗いてみると、壁に赤いものが塗り立てられているのが見えた。

 それは何かの文様だった。

 異常を感じたタチアナが屋敷の中に入っていく。

「あの先輩、これ不法侵入になりませんか?」

「居住者の身の安全を確認するための緊急性ある処置だ。正当性がある」

「なるほど」

 神成は、ホルスターに入っていたSIGシグのグリップを掴むとタチアナに付き従った。


*  *  *  *  *


 屋敷のいたるところにはアート系の美術品が並んでいた。

 生活感を感じられず、人の住まいというよりミュージアムだ。中でも一際目立っていたのは等身大の人形だった。異様な文様が彫り込まれた気味の悪いデザインでどう意図かわからないが片腕だけしかついていなかった。

 こんなこのに金を払う気が知れないと思いながら神成は人形を見つめた。

「おい、ちゃんついてこい」

「は、はい!」

 廊下の壁に描かれた見上げるタチアナ。

「派手な落書きですね」

 タチアナの横で描かれた文様を見上げた神成はそう言った。

「これは意味のない落書きじゃないよ。ルーン文字だ」

「ルーン文字? 知ってますよ、それ。RPGゲームに出てきました」

「ルーン文字にはある種の力があると言われている。これは、何かを隠す呪文だ」

 そう言うとタチアナはポケットからチョークを取り出すと描かれたルーン文字に何か別の文字を書き足した。神成は、その様子を後ろから見守った。

「これでよし」

「あの……何か意味があるんですか?」

「呪文の意味を変えた。文字を消すより手間がかからない」

「何かを隠す呪文でしたっけ? 意味を変えたってことは隠していたものが……あっ!」

 神成は、扉の開いた奥の部屋に何かを見つけ思わず声をあげた。

「誰かが倒れてます!」

 倒れている人のまわりにの床には赤い血が広がっている。

 タチアナと神成は部屋に入った。そこには魔法陣の上に男が仰向けに寝かされていた。その胸から下腹部にかけて無残に切り裂かれていた。

 そばの机には血まみれの包丁が置かれていた。ご丁寧にも犯人は殺人の証拠を残していったわけだ。そしてその横にある壁には、おそらく死体の血を使ったであろう赤い大きな文字が描かれていた。廊下で見たルーン文字とは少し感じが違う。


 ”すべてに疲れた者、 重荷を負っている者は、 我の元へ来い”


 タチアナが壁の文字を読み上げた。

「どういう意味でしょう?」

「メッセージだ」

「何のです?」

 タチアナは神成の質問を無視して死体を物色した。衣服を調べると財布があり、中には高額紙幣とカード、それと運転免許証があった。

「カール本人のようですね」

「見ろ、カールの生年月日」

「10月30日生まれ……蠍座だ」

「儀式の犠牲者だな」

 死体の身体の中に何かを見つけたタチアナは薄いゴム手袋をはめるて中を弄りだした。

「うえ……」

 見ていた神成は吐き気をもよおす。

 警官の新人時代に列車の人身事故の後処理をよくやらされたのを思い出した。ニュースや新聞で流れる以上に事故の件数が実は多かった事に驚かされた。

 は久しぶりだったがやはり慣れない。

「像だ」

 中から出てきたのは黒い像だった。見覚えのあるような形をしている。

「テスカトリポカの像に似ていますね」

「うん、そうだね……でもモデルは違う神のようだな」

「……まってくださいよ」

 神成は棚に置かれた他のオブジェを見てある事に気がついた。

「タチアナさん。わかりました」

「何が?」

「これ、コレクションですよ」

「ん?」

「あの棚です」

 置かれたのはオブジェの数々。

 モチーフは違うようだが、同じ感性で創られたような印象を受けた。

「なるほど……エリック・カール氏はコレクターというわけか。作者を知りたいな」

「携帯で写真、撮っておきます」

 神成が携帯を取り出して撮影していると机が写り込んだ。

 何か違和感を感じ携帯をおろして机の上を確かめた。

 包丁がない。


 その時だ。

 片腕のオブジェが神成に向かって包丁を振り下ろしてきた。

「危ない!」

 叫ぶタチアナ。

 すんでのところで包丁から避けたと思った神成だったが首筋が熱くなるのを感じた。

 どうやら刃先がかすったらしい。

 指先で確かめると血がつていた。

「ああ、くそっ!」

 片腕の人形だけではない。他の小さな人形たちも動き出していた。

 人形たちに囲まれるタチアナと神成。

「タチアナさん……こういうのもいつものことなんですか?」

「いや、あまりない」

「なるほど」

 神成はSIGを片腕の人形に向けると引き金を引いた。

 9ミリの弾丸が人形の頭に数発当たり、木片と共に吹き飛んだ。

「ざまあみろ……あれ?」

 片腕の人形は、頭を失っても動きは止めなかった。包丁を向けたまま神成に向かってくる。

 神成の前にタチアナが出た。

「フェアリ・ベンタズ・フェアリ・イグニズ・プレーサー・オークシリアム風の精霊と炎の精霊たちよ。私に力を貸しておくれ

 早口で呪文を唱えると片腕の人形が火柱を上げ、あっという間に燃え尽きた。床に残ったのは黒い灰だけだ。不思議なことにそれほどの高温でありながら、周囲には大した焦げ跡がない。

 次にタチアナがオーケストラの指揮者のように腕を振ると、炎が生きているかのように次々と動くオブジェや小さな人形たちを巻き込んでいく。

「すげえ……」

 神成は、その光景を呆然と見つめた。

 やがて炎が収まると動いていた奇怪な人形たちはすべて黒い灰になっていた。

「神成、大丈夫かい?」

 慌ててたタチアナが神成にかけよった。

「ちょっと切っただけですよ」

「本当か? 随分、血が出ているようだけど」

「そうですか?」

 神成は、部屋にあった鏡をで自分の姿を見る。白いシャツは首から流れる血で真っ赤になっていた。

「あ、だめだ……やっぱり、救急車呼んでください」

 血を見た神成がふらつく。

「神成!」

 よろける神成をタチアナが支えた。

「ありがとうございます」

 その時、タチアナは、背後に動く気配を感じた。

「誰だ!」

 手を離され神成は、前のめりに床に倒れた。 

 見ると黒いフード付きのパーカーを着た男が銃を向けていた。

「おっと、動くな」

 銃口が突き出された。

「魔術は便利だが、人を殺すには銃の方が手っ取り早いよな」

 グリップを握る手の甲には異様なタトゥーが彫り込まれている。その文様を目にしたタチアナは相手が何者か理解した。

「おまえ、”人形使い”か?」

「俺のことをそう呼ぶ奴は限られている。てめえは誰だ?」

「答える義理はない」

「ああ、いいさ。察しはつくぜ。大方、ユースティティア・デウスの者だろう。でなけりゃ、俺の作品をあんな様にできるわけがねえ」

「応援を呼んである。逃げられないぞ」

「お前を殺してから逃げる時間は十分ある。俺は人の中に溶け込むのが得意だからなその前に質問だ。俺の指と、お前の呪文。どっちが早い?」

 人形使いは、引き金に指をかけた。

「危ない!」

 倒れていた神成は、起き上がると人形使いに飛びかかる。

 銃声が響き、神成が倒れた。

「神成!」

 タチアナの悲痛な叫び声があがった。

 人形使いは、タチアナからの反撃をさせまいと、素早く銃口を向けた。

 タチアナが呪文を唱えようとした時だった。

 撃たれたはずの神成が起き上がり、人形使いの胸ぐらと右袖を掴み、勢いよく引き寄せた。

「うおりゃあああっ!」

 咄嗟のことに踏ん張ることも出来なかった人形使いはそのまま一本背負いを決められた。 

 肩から床に落ちた人形使いはそのまま動けなくなった。そこにすかさず、腕を捻り上げ、持っていた銃を奪い取った。

「容疑者、確保!」

 呆気にとられるタチアナ。

「やりましたよ! タチアナさん。これで、こいつから”収集者コレクター”の情報を聞き出せますね」

「神成、どうして……?」

「これのおかげで助かりました」

 神成は、胸ポケットから弾丸が突き刺さったコインを取り出した。

「いやぁ、このコインって本当に御守りの効果があるんですね。俺、半信半疑だったけどまさか、命を救われるとは」

「あのさ、喜んでいるところ悪いんだけど、そのコイン……御守りじゃない」

「え? だって、備品支給室のガニーさんが……」

「それ、施設内で使う専用のコインだよ」

「はあ?」

「自販機で使ったり、売店で買ったり……」

「ゲーセンのメダルじゃないですか!」

「うん、まあ……そんなとこかな」

 神成は唖然とした。

「じゃあ、コインが災難を遠ざけるって話は?」

「装備品担当のガニーにからかわれたんだね。新人にはよくやるんだ」

「あのオッサンめ……なにが”ドルイドの御守”だ!」

「でも、銃弾がメダルに当たるなんてすごい確率だ」

「ん? まてよ? すると、ニセ御守りコインは、一応、期待通りの働きをしてくれたわけだな? すると、あの嘘つきオッサンのおかげなのか? それはそれで腹立つなぁ」

「やはり、ボクが推測したとおりかもしれない。キミは運がいいんだラッキー

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