第12話・遂行できない任務はない
「クレジットカードで像を買ったのはエリック・カールという男。貿易の仕事をしていて犯罪歴もない」
車に備え付けられた照会システムの画面を見てタチアナが言った。
同時に現住所が表示されたので、それをカーナビに入力する。
「そいつが、”人形使い”なんでしょうか?」
「まだわからないが、可能性はある。今日はいつもより注意して行動しないとね」
「カミングアウトしちゃいますけど、俺、訓練以外で銃を撃ったことないんです」
「魔術絡みの捜査の経験が浅い者が関わるには少し危険な相手だけど、ボクの指示に従っていれば大丈夫だから心配するな」
本当は大丈夫とはとても良いきれない相手なのだが、タチアナには他にかけるべき言葉が思いつかなかった。
「いざとなれば応援を呼ぶ」
「他の捜査官をですか?」
「いや、専門の実行部隊。いわば、対魔術の
* * * * *
数十分後、車は、エリック・カールの住まいに到着した。
家は古かったが大きく、屋敷という呼び方の方が合っていた。
窓はカーテンで閉じられていて中の様子は見えない。
「キミは車で待っていろ」
車から降りたタチアナは、降りようとした神成を引き止めた。
「先輩。何事も経験でしょ? 経験しなければスキルは上がらないし、経験は浅いままですよ」
「それはそうなんだが……言ったろ? ボクの指示に従っていれば……」
「大丈夫ですよ。支給された"お守り"もあるし」
「お守り? そんなもの支給してたかな……?」
「支給備品室のガニーさんからもらいましよ。ほら、これ」
神成は、もらったメダルをタチアナに見せた。
「あ、いや、神成。そのコインは……まあ、いいか。何事も心の拠り所があるのはいいことだ」
「以外だなぁ。タチアナさんって"黒髪の魔女"って呼ばれているのにお守りとか信じないんですね」
「そうでもないけど……とにかく、危険を感じたらボクのことは構わず、すぐ逃げるんだぞ」
「了解です!」
「また敬礼か、軍隊じゃないぞ。いや、軍隊でもいちいち敬礼しないと思うけど、とにかく止めてくれないかな」
「そうしたいのは山々なんですが、子供のころからの癖でつい……ああ、特撮ヒーロー番組の真似なんですけどね。特撮ヒーローってわかります?」
「日本のマーベルみたいなものだろう? パワーレンジャーだっけ?」
「ざっくり過ぎますけど、そんなもんです。そのシリーズの中で警察をモチーフにしたヒーローたちがいましてね。俺、それが大好きだったんです」
「まさか、それで警察官になったというわけじゃないだろうね?」
「そのまさかですよ」
神成は得意げに言った。
「おかしいですかね?」
「いや、子供の頃の憧れの影響は大きいものだからね。おかしいとは思わないよ。知ってるかい? 城の中にキザで嫌味な奴と大人しめのメガネの捜査官コンビがいたろ?」
「ホークスとワシントンさんでしたっけ? キザな方とは反りが合わない気がしましたけど」
「そのキザな方はシャーロック・ホームズが子供の頃の憧れだったそうだ」
「それで、捜査官に? うそでしょ?」
「なんでも推理する。というか、理由をこじつけたがる。彼に合わせることのできるのは温厚なワシントンだけだろうね」
「へえ……そころで、タチアナさんにはなんで
「ああ、ボクは……ま、まあ、今はそんな事、カミングアウトしいる場合じゃないだろ?」
タチアナは、きつい口調でそう言うと視線を外した。
「なんです? 言えないんですか? あっ、待ってくださいね。確か……」
神成はヘルミナから貰った黒革の手帖を取り出す。その様子を不思議そうに横目で見るタチアナ。
「えーと……ああ、なるほど。タチアナさん、
「えっ?」
「ふむふむ……このタイトル知ってます。魔法少女が悪と戦う話ですよね。俺は、見たことないけど、これ日本でも人気あるシリーズですよ」
「そ、そうか」
タチアナは赤くなって顔をそむける。
「でも、俺は特撮ヒーロですけど、先輩は、魔法少女ですか。あはは、似た者同士っすね」
「ま、まあ……あの作品は、いい話が多いから」
「魔法少女がタチアナさんのヒーローだったんですねぇ、いやヒロインか」
「ところで、さっきから気になってるんだけど、その黒い手帖は何だい?」
タチアナのその口調には感情がこもってない。目も冷たい。
「いや、その……あっ、取らないでくださいよ! 俺の手帖ですよ」
タチアナが神成から手帖を強引に奪い取った。
「ちょっと、返してくださいって」
その言葉を無視して手帖をめくる。
「タチアナ・バリアント。11月11日生まれ O型、スリーサイズ……上から85、60、86……へえ、いろいろ書いてあるんだね。ところで何故、ボクの個人情報がこんなにも書き込まれているんだい?」
タチアナの声が怖い。
「いや、それは、その……」
「何かおかしいと思っていたんだ。飲み物の好みや、教えていない星座とか、専用車の場所も知っていて。こういことだったのか。で、これは誰からもらったのかな?」
「あ……それについては守秘義務がありまして」
タチアナに無表情で見つめられた神成は変な汗をかき始めた。
「ボクについての守秘義務はいいんだ?」
「いや、そういうわけでは……あーっ!」
持っていた黒革の手帖は、炎に包まれたかと思うと一瞬で灰となった。
「……せっかくもらったのに」
灰が虚しく風に飛ばされていく
「キミもこうなりたいか?」
「いえ! 自分にはもう必要ありませんです!」
神成は、タチアナに向かって再度、敬礼をした。
ま、魔術って怖いな…… 神成は思った。。
「無駄話が過ぎたな。よし、神成。ついてきてもいいけど、ボクから離れるなよ。わかったかい?」
「は、はい! 了解です!」
ふたりは車から降りて、屋敷の入口に向かった。
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