第10話・命を救うために
夕方から天候は崩れ、夜になると嵐になっていた。
強い雨粒が窓を叩きつける。
部屋に戻った神成は、電気の明かりを付けずに暗闇の中、部屋の隅に椅子を置き、そこで、この数日のことを思い出していた。
思ってもみないことが多すぎる。
妖精? 魔術士?
日本に帰っても話せない事が多すぎだ。もしそんな事を話したら、心配されるか、引かれるか……とにかくまともに取り合ってもらえないだろう。
雷鳴がとどろき、稲光りが窓から差し込んだ。
腕時計の時刻は言われた時間に近づいている。
そろそろだな。
神成は、椅子から立つと、ワシントンから借りたアルミケースを持ってベッドに置いた。そしてまた椅子に戻り、ベッドの様子を伺った。
しばらくすると反対側にあるクローゼットの扉が静かに開いていく。
来た!
ゴブリンたちは、部屋の隅の闇に溶け込んだ神成には気づいていないようだ。
神成は、息を潜めてそのままじっとする。
ベッドの上に置かれたアルミケースを見つると部屋にやってきたゴブリンたち全員集まった。必死に集まって開けようとしている。
ワシントンが教えてくれて通り、ゴブリンどもは好奇心旺盛だ。
その中の一匹が苦労しつつも、なんとかロックを外す。
するとその途端、仕掛けておいた防犯用の電気ショック装置が作動した!
暗闇の中、電流の青白い光が点滅する
アルミケースに触れていたゴブリンたちが悲鳴を上げた。
部屋の隅に隠れてその様子を見ていた神成は大笑いした。
「ざまあみろ! 俺を驚かしたこの前のお返しだ」
してやったりと握った拳を突き上げる神成。
それに気がついたゴブリンたちたちが、神成を睨みつける
「おっ?」
かなり怒っているようだ。今にも襲いかかってきそうな雰囲気が漂っている。
「ははは、冗談だよ。冗談。わかる? 冗談」
部屋の中のゴブリンたち全員が神成にじりじりと歩み寄ってきた。
「は、話が違うんですけど、ワシントンさん……」
食堂でワシントン捜査官から聞いたのは、この城にいるゴブリンたちが部屋に来た時、追い払う方法だった。
ひどく思い知らせてやらないと、延々と部屋にやってくることになると言われていたのだが、部屋から出ていくどころか、今にも襲ってきそうだ。
「なんか逆効果だった気がする……」
神成は、近くにあった電気スタンドを掴むと身構えた。
「お、お前らが先にちょかい出してきたんだからな」
ゴブリンが神成の周りを取り囲んだ。
「くそ! なんでこんな事になるんだよぉ」
涙目になる神成。
その時、ドアを激しく叩く音がした。
その音に驚いたのか、ゴブリンたちは一斉に散った。
「助かった……」
神成は、冷や汗を拭くと、ドアを開けた。
「誰だか知らないけど、助かりまし……あ!」
そこにに立っていたのは、腕を組んだタチアナだった。
稲光りが腕を不機嫌そうなタチアナの顔を照らした。
「キミは夜になると大声を上げるのが日課なのか? それは日本の習慣か何かか?」
「え、いえ、そうではありませんが……すみません!」
「まったくキミという奴は。いいかげん静かに寝かせてくれ。日本人はマナーがいいと聞いてたぞ? なのにキミときたら……」
その時、ひときわ大きな雷鳴が鳴り響いた。遅れて稲光りが窓から中を照らす。
次の瞬間、廊下も部屋も真っ暗になった。
どうやら停電らしい。
「停電ですね……あっ!」
暗闇の中、タチアナが突然、神成に抱きついた。
「せ、先輩?」
神成は戸惑った。
停電に驚いたのか、普段は凛とした捜査官が真っ暗な廊下で神成に抱きついている。
「タチアナ先輩、単なる停電ですよ」
戸惑いながら神成はタチアナにそう言った。
「……ごめん、このままでいさせて」
そう言って、暗闇の中、タチアナは神成にしがみついたままた。
触れているタチアナの腕と身体が震えているのが感じ取れた。
この男勝りで優秀な捜査官は、暗闇が怖いのだ
「タチアナさん、大丈夫ですよ……大丈夫」
神成は、タチアナの肩をそっと抱いた。華奢な肩が、か弱さ弱さを感じさる。
「大丈夫、大丈夫です」
ようやく灯りが戻った。
蛍光灯が抱き合う二人を照らす。
慌てて神成から離れるタチアナ。
「あ、ありがとう」
そう言ったタチアナだったが、気恥ずかしいのか顔も上げてくれない。
「と、とにかく静かにしてくれ……」
「はい! わかりました!」
何故か敬礼する神成。
タチアナは一度も神成の顔を見ることはせず、自分の部屋に戻っていった。
「暗いところが苦手なんてあの黒い手帖には書いてなかったのに……」
そんな、独り言をつぶやきながら部屋に入る。
「うっ……!」
いつの間にか、部屋の中にはさっきのゴブリンたちが戻ってきていた
「な、なんだ! お前らまだ懲りてないのか!」
身構える神成に一匹のゴブリンが前に出てくる。
「おい、こら! タチアナを泣かす奴は許さないぞ」
「え?」
「あいつを守るのは俺たちだ」
「ちょ、ちょっと待て! お前たちは何か誤解している。ちゃんと話をしよう」
「うるさい! この人間め」
飛びかかる寸前のゴブリンたちに神成は飴玉を見せた。
「これをやるから。なっ?」
飴玉を見たゴブリンたちは途端におとなしくなった。
ワシントンの教えて第二の方法だった。
”攻撃に失敗した時は速やかに懐柔策に切り替えよ!”
教えてくれたとおりだ。ゴブリンたちは食べ物に弱いく、好みは甘い物
飴玉を供え物代わりに差し出せば、言うことを聞くらしい。
そのとおり、飴玉を受け取ったゴブリンたちはおとなしくなった。
「で、お前ら、タチアナさんを守っているつもりなのか」
「そうだ。あいつは、いいやつだからな」
「俺もそう思うよ。でも、お前らが俺にちょっかいだすと、俺が騒ぐ。俺が騒ぐと、さっきみたいにタチアナさんが、うるさい、と言って俺を怒る。つまり、お前ら、間接的にタチアナを困らせてるんだぞ」
「それはよくないな」
意外と聞き分けの良いゴブリンたちだった。
「なら、俺にちょっかいだすのはやめろ。俺もタチアナさんに迷惑かけるのは不本意だからな」
「わかった」
ゴブリンたちは納得した。
「ところで、なんでお前たち、タチアナさんを守ってるんだ? そういう魔術か何かか?」
「魔術も契約としていない。タチアナは友だちだ。むかしから俺たちに優しいし、助けてくれるんだ。この城に居座る他の連中とは違う」
「そ、そうか……」
タチアナは、この妖精たちにかなり信頼されているようだ。
「お前もいいやつそうだ。タチアナ事を案じてくれている」
「俺は相棒だからな」
「ふむ……」
ゴブリンたちは、神成から少し離れると集まって何かを相談しだした。
しばらくして、話し合いが終えたゴブリンたちが戻ってくる。
「俺たち、この城でならタチアナを守ってやれる。でも城の外までは無理なんだ。だからお前が代わりにタチアナを守ってくれないか」
「守るって……タチアナさんは俺なんかに守られなくたって大丈夫そうだぞ」
「頼んだぞ。人間」
小鬼たちはそう言いうとクローゼットの中に入っていった。
「ちょ、ちょっと待てよ……あっ、うそだろ?」
クローゼットの扉を開けて中を見たがゴブリンたちの姿は消えていた。
部屋の中はまた神成ひとりになった。
外の雨は弱まり、雷も鳴らなくなっていた。
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