第8話・運命との接合
建物から煙が上がっていた。
外にいた鑑識チームは突然の爆発に慌てふためいている。
「まずいぞ、中に捜査官が二人いたはずだ」
燃える建物の中から炎の塊が出てきた。
「危ない! みんな離れろ!」
鑑識チームの面々が危険を感じて距離をとっていると炎が消え去り、中から神成の肩を担いだタチアナたちが姿を現した。
「バリアント捜査官!」
鑑識チームのひとりが駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ボクは大丈夫。でも神成が少し煙を吸ったようだ」
「救急セットがあります。今、持ってきますから」
そう言うと鑑識官は、乗ってきた車に走っていった。
咳き込みながらその場に座り込む神成。
「い、いったい、何がどうなってるんです……?」
「爆発の一歩手前で火の精霊の炎でガードした。相殺というやつだよ」
「火の精霊?」
「
「また魔術ですか……予想もつかない事ばかりですが、とにかくありがとうございます。タチアナ先輩」
「すまない。キミを巻き込んでしまったみたいで」
「何言ってるんです? これは”人形使い”とかいう魔術士のし掛けた罠でしょう」
「そう、罠だったんだ。迂闊だった。やはりキミを連れてくるべきじゃなかった」
「俺が無理についてきたんですよ? 先輩が謝ることじゃないですって」
「でも……ボクは……」
今までとは違うしおらしい表情に神成も気まずくなる。
「ところで証拠、消えちまいましたね」
神成は、燃え盛る炎に目をやった。
「ああ、けれど少しは証拠が残っている」
そう言うとタチアナは、ビニール袋に入った誰かの右手首と像を取り出した。
「こいつは持ち出せたんですね! さすが、先輩です!」
救急セットを持って鑑識官が戻ってきた。取り出した酸素缶にマスクを付けて神成に渡す。
「それで少しは呼吸が楽になりますよ。火傷とかはしていませんか?」
「ありがとうございます。大丈夫です。それより他に被害はでました?」
「近くの建物の窓ガラスが割れましたが、人の住んでいない空き家でした。けが人もいません」
「そいつはよかった」
「お二人とも、よくあの爆発で無事でしたね」
「タチアナ・バリアント捜査官のおかげですよ。命拾いをした」
「いや、ボクは……むしろキミを巻き込んでしまって……」
「先輩。先輩が俺を助けた。それの事実は革鳴らないしそれ以上はなにもないです。自分を責めるのはおかしいっすよ」
そう言って神成は酸素缶のノズルボタンを押して新鮮な酸素を吸い込んだ。
「神成……」
消防車のサイレンが聞こえてきた。警察の車両もすぐに到着するだろう。
タチアナは、鑑識官にすぐに引き上げるように促した。
「警察への説明はボクからしておくからキミたちは先に引き上げて」
「了解です。いつもの言いくるめですね」
「そういうこと」
鑑識チームは素早く車に乗り込むとその場を走り去った。途中、パトカーとすれ違う。
「さてと……ボクは言い訳をしてくるから、キミは少し休んでいろ」
「わかりました」
神成は軽く敬礼した。
「それはもういいって言ってるだろ」
そう言ってタチアナはパトカーから降りた警官たちの方へ歩いていった。
神成は座り込んだまま、その後姿を見送った。
その時、神成もタチアナも気がついていなかった。向かいの建物の窓から二人の様子を伺う者がいたことを。
タチアナは警官たちと話をしていた。
自分たちは、
警官に見せた身分証は本物ではなかったが本物として通用するようになっているものだ。照会すれば必ず辻褄がある魔法のカードだ。こういう時の為に組織が用意した偽の身分証だった。
ほどなくして、説明を終えたタチアナが戻ってきた。
神成も服は多少汚れたが怪我はしていたない。
「偽の身分証?
タチアナは車のリモコンキーのスイッチを入れた。ドアロックが外されタチアナは車の運転席に乗り込んだ。
「乗りなよ、神成。中で説明する」
神成は助手席に乗った。
「まず、ユースティティア・デウスについて説明しようか」
車はゆっくりと走り出した。
「前身組織が出来たのは、第二次世界大戦中の1941年。進んだ科学技術を持ちオカルティズムを信望するナチスを調査する為に、連合軍各国の情報部が専門家を集めて作った組織なんだ」
「大戦中ですか。随分、古いのに公にはならなかったんですね」
「各国の情報機関の協力チームとしてスタートした小規模なものだったし、常に極秘扱いだった。戦後も組織は継続。戦争が終わった直後のヨーロッパは、消滅した筈のナチスとヒトラーの残影に怯えていた時代だったからね」
当時のソ連指導者ヨシフ・スターリンは、東ヨーロッパの共産圏陣営の結束を強める為に、ヒトラーの死体が見つからないこと理由に”ヒトラー生存”を謳った。
だが実はヒトラーの死体は実はソ連兵が回収していてスターリンもその事実を知っていたのだった。それほどナチス・ドイツが引き起こし、ヨーロッパを戦火に包み込んだ第二次世界大戦は人々に大きなトラウマでもあった。
「その後、組織は繋がりのあった各国諜報機関の協力を得て世界中をオカルトの線で調査を続けた。その過程でヨーロッパや北米、南米で起きた超常現象が関連した事件を調査解決してきたんだ」
「つまり、ユースティティア・デウスはナチスの残党を追っていたということ?」
「初めはね」
タチアナは肩をすくめた。
「だけど、様々なオカルト事件を調査するにあたって上層部は魔術というものが脅威になると考えた。そこで得た魔術の知識や経験も踏まえて、組織をより専門的なものにした方がいいと考えたんだ。こうしてユースティティア・デウスが非公式に設立された」
タチアナの話を聞いた神成は、途中からからかわれているのではないかと思い始めていた。
「捜査対象は、魔術の関係している可能性がある事件。そういった超常現象だけではなく非主流科学が絡んだ事件も対象だ。これはナチスの科学技術の調査もしていた流れだね。やがてソ連が崩壊後、ロシアのメンバーが加わり、90年代、中国が加入。ユースティティア・デウスは世界規模の秘密機関となった」
「先輩、俺のことからかっています?」
「からかう? キミを?」
タチアナはルームミラー越しに神成の方を見た。
「そんなわけないだろ」
「は、はい……そうですよね。先輩が魔術士っていうのも本当なんっすね」
「
「さっきのですね。あれはすごかった。でももっと科学的な何かだと思ってました」
「炎の魔術は得意なんだ。あれはまだ、序の口だよ。もっとすごい事もできるよ」
あれよりすごいってどんな事だろうか?
神成は、タチアナの言葉に興味を惹かれた。
「でもわからないんですよ。つまり自分の所属する組織は、魔術と非主流科学の起こす事件の国際的捜査機関ってことでしょ?」
「簡単に言うとそうだね」
「なら、俺はなんでそんな捜査機関に出向ってことになったんでしょうか? 俺、魔術も超能力もできないですよ。ああ、カードマジックはなら多少できますけど」
「ボクも、そこがわからなかった。何か理由はあるとは思っていたけど、さっきキミについて少し気がついたことがある」
その言葉に神成は、タチアナの方を見た。
「ストーブに仕掛けられた爆弾が爆発する直前、キミ後ろに倒れただろ」
「あれは、ビビって後ずさりした時になにかにつまずいちゃって……」
「キミは”
「”運が良い”ことって能力ですか? それに俺、宝くじに当選したこともないし」
「当たっていたら災難になっていたのかも」
「多少の災難も高額当選なら我慢しますよ」
「いずれにせよ”
「はあ……そうですよね」
車は、いつのまにか郊外に出ていた
「ところでタチアナ先輩はどこで魔術を身につけたんです?」
「両親に教わった。二人とも魔術士だったんだ」
「過去形ですね。もう引退を?」
「二人とも死んだよ。10年ほど前にね」
「あ……すみません」
「謝ることないさ。ボクが
「え……?」
当然のカミングアウトに神成が絶句する。
タチアナは構わず続けた。
「ある魔術士がボクの家族を襲ったんだよ。犯人は、
「まだ捕まってないんですね」
「その通り。実のところボクの本命はこの
タチアナは、そう言うとネクタイを外す。
神成は、タチアナが首が苦しくてネクタイを外したのだと思っていた、だがタチアナはそのままシャツのボタンも外し始める。
「な、なんです?」
戸惑う神成にタチアナは、シャツの第二ボタンは外して胸元を見せた。
「見て」
心臓あたりに縦に伸びた酷い傷跡があった。新しいものではない古い傷だ。
「ボクはね。十年前、犯人に心臓を半分奪われたんだよ」
タチアナは平然とそう言った。
「心臓を半分? えっ? でもタチアナさん……」
「なんで生きているかって言いたんだろ? ボクの両親も魔術を使うんでね。父が特殊な魔術で施術してくれた。不完全な心臓は魔術で補っているんだよ。それに”魔女と心臓”の話は昔からよくある話だからね」
真顔で話すタチアナの言葉は、もはやどこが本気でどこが冗談かよくわからない。
「そんな事ってありえるんですか?」
「あるさ。現にボクは生きてキミと話しているだろ? それともボクは現実じゃないのかい?」
神成は、車を運転するタチアナの横顔を見つめた。
タチアナの顔立ちが整っているのはわかってたが、これまでは特に何も思わなかった。それが今は美しいと感じている。
神成の視線に気づき、タチアナが神成の方をチラリと見た。神成は、気恥ずかしさから慌てて視線を外した。
「ぜ、先輩は、現実にそこにいますし、いや、でも、失った半分の心臓を魔術で補っていると言われても……その……」
「そうだよね。にわかに信じられないだろうね。まあ、それが今キミの
ハンドルを握りながらタチアナはそう言った。
「両親は、
淋しげな表情を見せるタチアナの横顔を見て神成は気がついた。
彼女を初めて見た時から感じていた”何か”は”これ”だったのだ。
「でも、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないよ。でも仕方がないじゃないか。ボクは生きている。これ以上は過ぎた望みさ」
「タチアナさん……」
「少し喋りすぎたよね。ボクは、お喋りがあまり好きじゃないんだけど。なんでかな。キミにはつい口が軽くなる」
「全然いいですよ。それより、いろいろ話してくれてありがとうございます!」
「え……?」
「いやぁ、俺、タチアナさんに嫌われてるかと思って不安だったんすよ」
「キミを嫌う? なんで?」
「だって、タチアナさんの胸、触っちゃったし。あはは……そういえばさっきは胸元も見せてもらいましたよね、俺、
タチアナがいつのまにか無表情になっていた。
「……神成」
「あ? なんでしょうか?」
次の瞬間、強烈な一撃が神成の右頬に打ち込まれた。
車が若干、左に揺れた。
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