第7話・真っ先に乗り込め

 ビルの中は、放置が長く荒れ放題だった。

 内装の多くには落書きされていたが、それさえも70年代に描かれていそうなくらい古い。

 つまり、奴が居座ったのは最近か……。

 タチアナは、ポケットから変わった形のコンパスと取り出した。タチアナは、途中立ち止まるとコンパスの針を確かめた。針は大きく振れながらも地下を指していた。


 神成をつれてこなかったのには理由がある。

 このビルには魔術を頻繁に使用した場所に淀むがかなり蓄積している。

 タチアナは慣れているが、魔術に触れたことがない素人が入ればすぐにあてられてしまうだろう。感受性のそれをまともに受けて高い人間だと入ってすぐ失神する場合もあるくらいだ。

 神成の顔を思い出した。あまり感受性はなさそうし、もしかしたら連れてきても平気だったかも……

 そんな事を考えながらタチアナは上着の内ポケットから小型ライトを取り出すと地下に続く階段を照らした。

 前が薄暗い。電気など通ってないのだから照明もつくはずもないのだから当然だ。

「やだな……」

 タチアナは思わずつぶやいた。鼓動が早くなっていくのがわかる。

 神成を連れてくればよかったとあらためて考える。

 階段下の床を照らすと血の跡が見えた。積もった埃の中、何かを引きずった跡も見える。

「ここか……」

 さらに奥をライトで照らそうとするが光源が小さすぎてよく見えない。何か嫌な臭いもしてくる。

 タチアナは大きく深呼吸して早まる鼓動を抑えようとした。窓からの光も射さない地下の暗闇はタチアナが苦手とする場所だったからだ。

 タチアナは、膝をかがめると床に奇妙な図形の描かれた紙を一枚広げて置いた。

 それは、手っ取り早く妖精を呼び出すために魔術を施した特別な道具だった。ただし使用は一回きり。お目当ての妖精を呼び出せば役目は終わりだ。

 呼び出そうとしているのは、この建物に潜んでいるであろう妖精グレムリンだった。

 グレムリンは、電気で動く機械や回路への悪戯を好む迷惑な妖精だったが今は逆にそれが役に立つ。

 そしてタチアナが呪文を唱えると神が一気に燃え尽きた。すると物陰から赤い服を着た小人が姿を現す。その顔がまるで野ウサギのようだった。

「珍しい魔術を使われたもんだ。普段は呼び出されるなんて事はしないのに」

 野ウサギの顔をした小人は鼻を面倒臭そうに頭をかきながらそう言った。

「俺を呼び出したのはあんたか?」

「キミ、ここのグレムリンだろ?」

 タチアナは、腰をかがめると野ウサギ顔の小人に言った。

「そうだよ。で、あんたは誰よ」

「ボクは、タチアナ・バリアント。よかったよ、この建物にグレムリンがまだ残っていてくれて」

「俺に用があったんならあんたはツイてたよ。電気が通らなくなって久しいから、もうすぐ俺もそろそろ引っ越そうかと思ったんだから。出入りする奴がわずかに電気を使うんで、まだ残っているわけだが、それもいつ止まっちまうか……」

 そう言ってグレムリンは肩をすくめた。

「やはり、ここには他に誰かが住んでいるのか」

「たまに来るよ。そいつにも何か用なのか? 俺が言うのも何だが、関わらない方がよさそうな奴だったぞ」

「そういった奴には慣れてるから大丈夫さ。ところで、グレムリンさん」

「タックでいいよ」

「ねえ、タック。頼みがあるんだけど、このビルの灯りを点けてくれないかい」

「そう言われても、初めて会った奴にいきなり頼まれてもなぁ」

「これをあげるからさ」

 タチアナは、ポケットからキャンディを出すとタックに差し出した。

「ほほう!」

 グレムリンは喜びながらキャンディを奪い取った。

「お願い聞いてくれるかい?」

「ふむ、上物だ……いいぜ、ちょっと待ってな」

 グレムリンはそう言うと姿を消した。

 すると、しばらくして地下の天井の電灯が点いた。

「ありがとう、タック」

 タチアナは礼を言うと地下へ降りようとした。

「気をつけないよ。タチアナ・バリアント。質の悪い呪いがかかってるからな」

 グレムリンのタックが言った。

「呪いは侵入者避けに建物全体にかかっていたけど、ここはその中心だ。人が入ってくれば必ず災いが起きるね。でも、あんたは平気そうだけど……」

「ボクは特別なんだよ。心配してくれてありがとう、タック」

 そう言ってタチアナは地下室へ降りていった。

 人間サイズの木製の人形が大量に置かれていた。人形には魔術呪文と思われる文字が彫り込まれている。傍にある山積みになったダンボール箱の中には手足などのパーツが入れられていた。そこはまるで人形作りの工房だ。

 ただし、床に落ちているのは木屑と片と変色した血だ。

 ここが”人形使い”の隠れ家に間違いない。

 タチアナは証拠を見つけるべく工房の物色を始めた。

 作業台の上には精巧に作られた手が並ぶ。その中でもひとつだけ違和感のある手があった。タチアナはゴム手袋をはめると違和感のある”手”に触れた。

「これだけ本物か……」

 


 タチアナがビルに入って十数分。

 神成は待っている間、ヘルミナに渡された手帖を熱心に読んでいた。

「なるほど……チーズケーキ系が好きなのか……イチゴが好き? ハハハ、意外と可愛いな。本人の目の前では言えないけど」

 黒い手帖に載っているのは確かにタチアナについての情報だったが、内容は、まるでタレントのプロフィールみたいだった。

 とはいえ、タチアナと相棒として信頼関係を結びたい神成にとって重要な情報には違いない。それに時間つぶしにはちょどいい。

「日本のアニメはマジカル・ガールが好き? あん? 魔法少女ね。嘘だろ?」

 手帖の内容を楽しんでいる時だった。

「神成……」

 タチアナの呼ぶ声で神成は慌てて手帖を閉じた。

「タ、タチアナ先輩! なんでしょうか! あれ……?」

 しかし、タチアナの姿は見当たらない。

「どこですか? 先輩」

 周りを見渡したがタチアナはどこにもいなかった。気のせいだと思い、手帖の続きを読もうとすると再び声が聞こえた。

「神成……」

 今度ははっきり聞こえた。声はビルの中からだ。神成は手帖を閉じるとビルの入り口に近づいた。奥は暗くよく見えなかったが、覗き込んでいると三度、神成を呼ぶタチアナの声が聞こえてくる。

「ちょっと手を貸してくれないか」

「なかんだ言ってもやっぱり、俺の手が必要なんですね」

「早くしてくれ」

「はい、喜んで!」

 神成は、敬礼すると薄暗いビルの中に足を踏み入れた。

 すると消えていたはずの廊下の蛍光灯の灯が一斉に点灯した。

「タチアナさんですか?」

 見通しの良くなった廊下だったがタチアナの姿はなかった。突き当りの階段まで来た時、もう一度、呼びかけてみた。

 すると、壁越しに腕が出てきた手招きしてくる。

「タチアナさん、探しちゃいましたよ」

 タチアナだと思った神成が早足で駆け寄った。

 傍に来た時、手招きする手が突然、神成の首を掴む!

「うっ!」

 その手はタチアナではなかった。木で作られた人形の手だ。

 神成は必死でそれを振りほどくとホルスターからハンドガンを抜き構えた。

「え?」

 そこに倒れていたのは人形だった。

 ハンドガンを構えながら周囲を注意深く見渡すが誰もいない。

 気味の悪さを感じながら、ホルスターにハンドガンを戻した時だった。

「なんでキミがここにいるんだ!」

 タチアナの怒鳴り声がした。

 声の方を見るとタチアナが険しい表情で立っている。

「ああ、先輩。そこにいたんですか」

「入るなと言ったろ」

「ええ? 呼んだのは先輩なのに」

「ボクは呼んでいない」

「でも、確かに……」

「本当にボクの声か?」

「はい、確かに先輩の声で……いや、まてよ」

 神成は奇妙な現象を思い出した。

「もしかしたら、勘違いかも」

 タチアナは首を横に振った。

「レッスン1だ。うちの捜査は他の現場と違う。変わった事も多い。より注意が必要だから」

「はい! 先輩。肝に銘じます!」

 タチアナは敬礼した。

「キミ、それやめないかい」

「ところで先輩は、何してたんです」

「容疑者の痕跡を探していたに決まってるじゃないか」

「俺にも手伝わせてくださいよ」

「駄目だよ。ここには良くないモノが淀んでる。魔術をかじってないようなキミが……」

「でも、もう入ってきちゃったし」

 タチアナはため息をつくとポケットから粉の入ったガラスの小瓶を取り出した。

「ちょっと背を向けて」

「なんですか?」

「いいから」

 言うとおりにすると頭や肩に何かを振りかけられた。

「わっ、何かけたんですか!」

「払うな。特別な岩塩だ。呪いをある程度、除けれるから」



 ふたりは、地下へ降りた。

「何ですか、ここ」

 異様な工房に神成は、戸惑った。

「”人形使い”と呼ばれる魔術士が隠れ家に使っていたらしい。組織の鑑識チームは呼んだ。チームが到着するまでの間、手掛かりを探す。ああ、鑑識チームが面倒になるから指紋は付けないで」

「わかりました」

 神成はゴム手袋をはめた。

「しかし、これみんな”人形使い”って奴が作ったんですか?」

 並んだ人形たちを眺めて神成が言う。

「そのようだね」

「その”人形使い”ってどんな奴です?」

「物に命を吹き込む事をひたすら追求している変わり者。その為には何でもする。生ある者の命を奪ってでもね」

「魔術士ってのは皆んなそんな変態ばかりですか」

「一応、ボクも魔術士だからね」

「し、失礼しました!」

「けど、キミの言い方もあながち間違いじゃない。魔術士は何かに極度に拘るような者が多いから」

「なるほど……先輩も変態なのか」

「キミ、また殴られたいかい?」

 目が怖い

「す、すみません……あれ? 先輩のポケットからはみ出ているそれって何ですか?」

「ああ、誰かの右手だよ」

 タチアナは、ビニール袋に入っていた右手首を取り出すと神成の眼の前に突きつけた。

「うへぇ……」

「証拠品だ」

「でも、もう少し目立たない入れ方をしたおいた方が……なんだか変態っぽいし」

「ば、ばか! これは証拠品だから」

「あれ?」

「今度は何」

「これちょっとこれ……」

「何が」

 神成は並んだ人形の手足のパーツの中にひとつだけ、違うものがあった。30センチほどの像だ。

「これだけちょっと雰囲気が違うと思いませんか? 作風というか、デザインというか……」

 模したのが人なのか、動物なにかよくわからない不気味な姿をしている。

「確かに変だな」

 タチアナは像を手に取る。

 その時、タチアナの携帯電話が着信音が鳴った。タチアナは携帯電話に出た。

 その間、神成は工房の中を見渡した。

 地下という事もあるが、それにしても少し肌寒い。きっと夜はもっと冷えるだろう。

 ”人形使い”という奴はこんな寒い部屋で作業していたのだろうか? 何か暖房器具は……。

 部屋を見渡すとストーブが隅に置いてあった。何かの違和感を感じ近寄ってみるとジジ……という音が聞こえた。

 電話を終えたタチアナが神成に声をかける。

「鑑識チームが到着した。後は彼らに任せようか」

「タチアナさん、このストーブ、変です。何か音が聞こえてくる」

「音?」

 それを見た時、タチアナは表情を変えた。

「逃げろ! 神成!」

「え?」

 次の瞬間、ストーブが爆発し部屋は炎に包まれた。


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