第6話・常に忠誠を
気がつくとカーテン越しに朝の日差しが差し込んでいた。
結局、神成は一睡もできなかった。
「
ホルスターにハンドガンを収めると上着を羽織った。部屋には、まだハーブの香りが残っている。
あの
その時、枕元に黒い手帖があるのに気がついた。
神成は、手帖を手に取ると何ページかめくってみる。しばらく書かれていることを読むと内容に驚いた。同時に昨夜のヘルミナの言葉が思い出された。
「これには、タチアナの情報がいろいろ書いてある。君が円滑なコミュニケーションをとれるように活用して」
その言葉のとおり、今の神成が必要とする多くの情報が書かれていた。
これは使える……
神成は思わずニヤリとした。
その日、タチアナ・ヴァリアントは、いつもより早めに地下駐車場に向かっていた。
新しい相棒とは顔を合わせたくない。面倒な奴は置いて、ひとりで捜査に向かうのが一番だ。上司のエムには、行き違いで会えなかったと言えばいい。きっと、また怒鳴られるがそんなものは慣れっこだ。
キーレスキーのボタンを押すとドアロックが解除された。
「そこでしたか、先輩」
その声にタチアナが振り向くと神成が立っていた。
「どの車かなぁーって思っていたんですよ。意外ときれいですよね、これ」
「神成……? どうして」
「もしかして置いてくつもりだったんですか? 先輩」
「そ……そうじゃないけと」
目をそらすタチアナ。
神成は、勝ち誇ったようにニンマリと笑う。
「なら声くらいかけてくださいよーっ」
タチアナはため息をつく。
「キミはボクの噂を聞いていないのか?」
「え?」
「ボクの噂だよ。隠れて賭けだってされてるのも知ってるんだ」
「ああ……" 相棒殺し"のことですね。聞いてますけど、俺は自分の目で見たことしか信じないんです」
「後悔するぞ」
「その時はその時です。さっ! 行きましょう」
「まったく……」
神成は遠慮なく助手席に乗り込んだ。
タチアナは、再びため息をつくと運転席に乗り込む。
「ところでタチアナ先輩」
神成がシートベルトを締めながら言った。
「先輩ってボクっ娘なんですか?」
タチアナは、無言で車を急発進させた。タイヤが煙を上げ路面にブラックマークをつける。
「わっ! 危ないですよーっ!」
神成は、シートを押さえながら必死にこらえた。
車は、地下駐車場の登り口を勢いよく通過す。車の底がアスファルトと擦れて火花を散らした。
「せ、先輩、これからどこへ行くんです?」
「先輩?」
「だってそうでしょ? 俺、ユースティティア・デウス来たばっかだし。それにここは、ただの捜査機関じゃない気がするし」
「元警官だっけ? 捜査に関しては素人じゃないわけだ」
「あ、俺、日本では交番勤務で……あ、交番というのは、日本の警察が各街々に設置している施設で……」
「交番の事は知ってるよ」
「ああ、そうっすか……(日本の交番って有名なんだな)。要するに俺は、捜査に関しては素人ではないけどプロでもない思ってください」
「君の言いたい事はわかった。でも捜査経験があったとしても、あまり役には立たなかったかもね。何しろ特殊な事件が多いから」
「ヘルミナさんにも言われました。」
「エムは正しい」
「魔術とか妖精とかが関わるとか」
「そこは、正確じゃないね。よくあるのは魔術とか呪いとか悪霊かな……」
「はあ?」
「あと古代の神とか、旧世界の支配者が関連するかな。たまに正体がよくわからない怪物を相手にするよ。ああ、宇宙人なんかもごくたまにあるね」
「そ、それどこまで本当なんでしょうか?」
「全部、本当だよ。いや、ごめん。最後のだけ嘘だった」
「全部嘘っぽいんですけど」
「すぐわかるさ」
神成はため息をついた。
フロントガラスにわずかに雨粒がついた。空を見るといつの間にかそらは雨雲に覆われていた。
「雲行きが怪しくなりましたね」
「天気予報だと雷雨になるそうだよ」
「で、どこへ行くんですか?」
「容疑者の潜伏場所さ」
タチアナは、後部座席のバッグに手を伸ばすと中からフォルダを取り出した。
「そいつだ。”人形使い”だ」
フォルダを神成に渡す。
「"人形使い”……? 何したんです?」
「誘拐、監禁、窃盗、殺人、いろいろだよ。クソ魔術士だ」
「魔術士の犯罪者?」
「ずっと追ってる。ある別の魔術士につながりがあるようなんでね」
「そっちも魔術士の犯罪者?」
「”人形使い”がクソ魔術士なら、そいつはそれ以下のクソ魔術士だ」
「そうとう嫌ってますね」
「……まあね」
「なんて奴です?」
「”コレクター”」
「”コレクター”? それ知ってますよ。新聞に載っていた。臓器が抜き取られているってやつでしょ? 犯人は変質者だと思ってた」
「だったらまだマシだけどね」
「新聞には容疑者のことは書いていませんね。警察が情報統制してる?」
「警察は何も知らないし共同捜査もしていない。ボクらが独自に追っているだけだ。何よりもこの犯人は警察には手に負えないだろうね」
「どんな奴です?」
「恐ろしい奴だ。だが、絶対捕まえる。それか……殺してやる」
神成はタチアナを横目で見た。
タチアナは無表情だったが怒りは感じた。
犯人と何かあったのだろうか……?
神成は思った。
その後、二人の乗った車はメインストリートを走り続けた。
終始無言。
あまりにも気まずくなって神成が切り出した。
「ところで先輩はなんでこの仕事を?」
「あ?」
「ほら、何にしても動機ってあるでしょ? タチアナ先輩にだってきっかけがあるんでしょ?」
「なんでそんなことをキミに?」
「だって相棒じゃないですか? 俺たち」
「相棒だからって何でも話すわけじゃない。それにキミもすぐいなくなる」
「か、感じ悪……!」
引きつった笑顔を見せる神成。
「だ、大丈夫っすよ。俺、悪運強いですから」
「キミは面白いやつだな」
その後、タチアナは黙り込んだ。
しばらく無言が続いたが、ふいにタチアナは口を開いた。
「世の中には避けようもない悪っていうのが必ずある。そういうのは何も知らない善良な人に、ふいに隣り合わせになるんだ」
「だから、捜査官を?」
タチアナは返事をしなかった。
だがそれが答だった。
周囲に寂れた建物が増えてきた。
時折、たむろしている若者たちの姿を見かけたが、それ以外は通りを歩く人もまばらだった。
やがて車は人気のない廃ビルの前に停まった。
周囲の壁にはスプレーでイタズラがきがされていたが、どういうわけか入り口付近の壁にはそれがなかった。
タチアナは、サイドブレーキをかけるとエンジンを切るとしばらく車の中から廃ビルをじっと見つめていた。
「どうしました?」
車から降りる様子のないタチアナを不思議に思った神成が声をかけた。
「キミはここにいろ」
「えっ? なんで? 俺、捜査の勉強したいのに」
「それはいつでもできる。とにかくキミはここにいろ」
そう言ってタチアナは車から降りた。神成も後を追うように助手席から降りてタチアナを追った。
「待ってくださいよ」
タチアナが立ち止まって神成を睨みつけた。
「ルールを決めよう」
「は、はい……」
「ボクの言葉は絶対だ。逆らうな。ボクに忠誠を誓うんだ。わかったか?」
「えーっ、それってパワハラっすよ」
「すべてはキミの為だ。おとなしく待ってろ」
タチアナは、そう言い残すと廃ビルの中に消えた。
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