第5話・生きる伝説
城にあるBARのカウンターでビールを飲んでいるとヘルミナ・ハーカーがやってきた。
「ごめん、待った?」
ヘルミナは隣に座るとバーテンにカーディナルを注文した。
「今日は、お疲れ様」
「いろいろありましたが、なんとか一日を終えそうです」
「実はあなたを誘ったのはこの組織について説明しておきたかったからなの」
「はあ……確かに国際捜査機関ってこと以外に詳しい説明されてないですけど、国際的な犯罪を捜査するのかと自分では思っていましたけど」
「それがちょっと違うんだよなぁ……」
ヘルミナはグラスを傾けた。
「実は、この"ユースティティア・デウス"の扱う事件は少し変わっていてね」
「テロとか、詐欺とか? それとも密輸? ネット犯罪は自分の領分ではないしな……」
「神成君、あなたは、妖精とか魔術とかって信じる?」
「ハリー・ポッターの映画は好きですが、さすがにそういったモノを信じるほど子供でもありませんよ」
「そうよね……ふつう。でもね、このユースティティア・デウスの扱う事件はその手のものなのよね」
「はぁ?」
「だから妖精とか魔術や呪いとかが関わる事件を捜査するのがこのユースティティア・デウス」
「またまたぁ……」
「この組織は、国だけじゃなくて民間企業からも出資を受けて運営されているの。国家的事件も扱うけど、小さな町の窃盗事件も扱う。ただし、その全てがオカルト的現象の関わるもの」
ヘルミナさん、酔ってます?
「その事を理解していないと、最初からつまづく。だからそれを伝えておきたいと思ったの」
「それが本当なら、何でスカウトする時点で伝えないんです?」
「表向きは、国際犯罪の捜査機関だから。実情は、秘密なの」
つまり、国際秘密機関? なんか一昔前の悪の組織みないですけど!
「それに私が呑みたい気分だったから、昼間に説明するよりいいかなって」
「そういう理由なんですか?」
「だめ?」
「いや、駄目じゃないですけど……でも俺、オカルトに詳しいわけでもないですよ」
「みんなそんなに詳しくないわよ。そのかわり捜査官たちの多くは特殊な才能を持つ人だけどね」
「俺に特別な才能はないんですけど」
「それは、自覚していないだけ。我々より上の上層部は、君の才能を見抜いているみたい」
「はあ……(一体、才能ってなんだ?)」
「何かあった?」
「え?」
「何か変ね」
「そりゃ、そんな話を聞いたから……」
「それとは違う事を気にしてるわね」
「別に……いや! ありました。実は……」
アルコールのせいか、つい口が軽くなる。神成は先程の食堂での出来事を話した。
「……というわけです。何なんですかねえ、あのホークスとかいう捜査官は!」
「彼、少し自信過剰なの。でも優秀な捜査官よ。許して上げて」
「ヘルミナさんがそう言うんなら。でも次に俺の相棒を侮辱したらただじゃおかないっすよ」
「よかったわ」
「はぁ?」
「君が、タチアナに対して怒っていたわけじゃなくて」
「なんでです? バリアント捜査官は、何もしていない。いや、したかな……実は、ちょっとした誤解で一発殴られまして」
「嘘でしょ?」
「ほら、ここ少し青墨っているでしょ?」
神成は自分のアゴを指さした。
「だから、局長のオフィスであんな空気になったのね」
「そういうことです」
ビールを一気に飲み干す。
「タチアナは誤解を受けやすいけど、本当は良い娘なんです」
そう言ってヘルミナはメガネに手をかけた。
「わかりますよ」
「え?」
「俺、人を見る目はあるんです。あの人、過去に何か辛いことでもあったんじゃないかな。だけど、バリアント捜査官は悪い人じゃない」
ヘルミナは、メガネの縁から手を離なすと神成に向かって微笑みかけた。
「あなた、いい人ね」
「いい人だから警官やってるんですよ」
「確かに、そうよね」
「あれ? 信用してません?」
「していますよ。私も人を見る目があるんですから」
ヘルミナはそう言って神成に微笑んだ。
「タチアナは、ユースティティア・デウスの中でも優秀な捜査官。数々の事件を解決しているわ。生きる伝説とも言っていい」
「"黒髪の魔女"の異名はそこからですか?」
「そんなところ」
「なるほど」
「あなたもいろんな事を学べると思うわ」
追加のビールが置かれた。
「あれ、注文していないけど」
「私のおごりですよ」
「あ、どうもありがとうございます。このビール美味くて気に入ってたんです。ヘルミナさんもいい人です」
「おごったから?」
「それだけじゃないです」
ヘルミナは笑ってみせた。
「私、そういい人でもないわよ」
「でも、友だちのためにこうして時間を割いているわけだし」
神成は、追加できたビールに手を付けた。
「あの俺、あんまり人の噂をあれこれ言うのは好きじゃないんですが、本当なんですか? ホークスのアホが言っていた話は」
「タチアナの相棒の件?」
「大怪我したり、再起不能になったりとか。最長で保ったのは20日間だって」
「どうかしら? なにしろ噂だし……」
ヘルミナはそう言葉を濁したが、局長秘書がタチアナのパートナーたちの事を知らないという事があるか、神成は少し疑問に思った。
「ですよね。まったくくだらない噂もあるもんですよ」
「ところで、君にも噂があるのは知ってる?」
「いい人って事以外にですか?」
「どんな災難からも無事に生還できるとか」
「ああ、それですか。全部、偶然ですよ」
「本当なんだね」
「本当というか、死んでもおかしくないような事件や事故に巻き込まれることは多いんです。仕事柄ってこともありますが。でも、どういうわけか、毎回無事でして」
「よかった。君をタチアナのパートナーに選んで」
「あはは、そう言ってもらえると……」
神成は、ビールをぐいっと飲んだ。
「……ん? ちょっと待ってください! もしかしてタチアナ捜査官と組んだパートナーの噂って本当じゃないんですか!」
「私、何も言っていないわよ」
「じゃあ、なんで俺のさっき危険な事から生還できる話がタチアナさんのパートナーの判断基準になるんです?」
「そんな事言ったかしら?」
「それって、歴代のパートナーがみんな酷いことになってるって本当に話ってことじゃ……」
「ああ……やっぱりこれを使うしかないのか」
ヘルミナは、掛けていたメガネをゆっくりと外した。
「神成君。私を見て」
「見てって……あれ? ヘルミナさん?」
ヘルミナの眼は深いグリーンではなく赤くなっていた。
そんな色の瞳は見たことはない。しかもその赤い瞳からどういうわけか視線を外すことができない。
「ヘルミナさん、その眼は……」
「わたしの特技なの。普段はね、この特殊偏光グラスで能力を抑えているんだけど。ごめんなさい、神成君。記憶を一部を奪わせてもらうわね」
意識が次第に遠のいていく。
「ああ、それからいいものをあげるわ」
ヘルミナが黒い手帖をカウンターの上に置いた。
「これには、タチアナの情報がいろいろ書いてある。君が円滑なコミュニケーションをとれるように活用して」
他にもヘルミナが何かを言っているようだったが、なぜだか頭に入っていかない。
「でも、それは……個人情報の漏洩じゃあ……」
「は? 何言ってるの?」。
やがて、神成の意識が次第に遠のく。
「ここは
気がつくと神成は自分の部屋のベッドに横たわっていた。
「あれ? え? なんで?」
確か、バーでヘルミナと飲んでいたはずだ。
それがいつの間にか部屋に戻っていて、しかも記憶が飛んでいる。
大して飲まなかったはずだが、どうしてもバーでのことが思い出せない。
その時、部屋の隅で物音がした。
またか!
神成は、ベッドから慌てて起き上がると近くにあった花瓶を掴んだ、
花瓶を掲げながら物音を立てないよに音のする方に忍び寄る。
音は、キャリーバッグの方からしている。
「誰か居るのか!」
大声でそう言って近づくとそこにいたのは小さな
神成のキャリーバッグを漁っている。
「わあああーっ!」
神成は思わず大声で叫んだ。
小鬼たちも驚いて叫び声を上げる。
神成は、小鬼たちに花瓶を投げつけた。小鬼たちは花瓶を除けて逃げていく。
神成も急いで部屋から逃げ出した。
廊下に出て息をついていると隣の部屋の住人が顔をだした。きっと神成が騒いだからだろう。
「なんだよ。煩いなあ」
「す、すみません。なんか部屋におかしなものが……あれ?」
「ん?」
隣の住人は、タチアナ・ヴァリアントだった。
「タチアナ捜査官! なんで?」
「それはこっちのセリフだ。何故、君が隣の部屋にいるんだ! 君はボクのストーカーか?」
「んなわけないでしょ! そ、それより、俺の部屋に何かいるんですよ!」
「何か?」
タチアナは神成の部屋のドアを開けると中をのぞきこんだ。
「猿に似た変な生き物がたくさん……」
「やれやれ。ちょっと待ってろ」
タチアナは、寝癖のついた頭を掻きながら自分の部屋に戻ると何かを持って出てきた。
「灰皿あるかい?」
灰皿はなかったので割れた花瓶の大きめの破片をタチアナに持ってきた。
「まあいいか……」
タチアナは、何かのハーブを破片の上置くと火をつけた。
ハーブから煙が立ち上り部屋に漂っていく。
「これでいい」
そう言ってタチアナは、部屋を出ていこうとした。
「これでいいって……ねえ、あれ、一体なんなんです?」
「気にするな。大して悪さはしない」
「悪さはするんだ……」
「何なんです? あれらは」
「さあね。ボクは見ていないからなんとも言えないけど気配からすると多分小鬼かな」
「確かに小鬼って感じはしましたよ。小鬼ってマジですか?」
「きっと新入りが珍しかったんだろうよ。あいつらが嫌いなハーブを炊いたから、それが効いていれば近づいてこないさ。じゃあね、ボクは寝たいんだ」
「そっちで寝かせてもらってもいいですか?」
「キミは馬鹿か!」
「馬鹿じゃないでしすよ。ちょっと怖がりで寂しがりやなだけですよ」
「ボクの部屋はダメだ」
「じゃあ、タチアナ先輩が俺の部屋に来てくださいよ」
「なんでだ!」
「だって怖いじゃないですか」
「ハーブを炊いていれ大丈夫だ。キミの国にも似たのがあるだろう」
「もしかして蚊取り線香のこと? 全然違うと思いますよ」
「とにかくキミも早く寝ろ。明日はボクと捜査に出るんだからな」
「えっ? 自分とでありますか?」
「一応、相棒だからな」
そう言うとタチアナは扉を勢いよく閉めた。
「大丈夫って言ってもなあ……」
居心地の良さそうに見えた部屋も今は気味の悪い場所にしか見えない。
その夜、神成は一睡もできなかった。
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