第4話・挑む者に勝利あり

 ヘルミナに城内を案内された神成は、ひとつの部屋を選んだ。

 そこは朝の日当たりが良さげで室内の装飾も落ち着いた部屋だ。

 ユースティティア・デウスが居を構えるこの城は、英国のある貴族の持ち物だったものを改修したものだという。その貴族は組織を運営するメンバーのひとりであるという噂もあったが組織も誰も真偽はわからなかった。局長秘書のヘルミナもだ。

 改修前は幽霊も出る噂もがあったことは、神成の知るところではない。


 部屋を見渡すと古風な装飾とは不釣り合いな液晶テレビや電話がさり気なく置かれていた。

 こじんまりしたクローゼットは色合いは部屋と合わせているもののどこか艶が新しい。恐らく後から入れたものだろう。

 中はそれなりに服は入りそうだ。といっても大した数は日本から持ってきていないが。

 それとは別にクローゼットが目に入った。かなり大きく、開けてみると格段に広い。

 気になったのは奥行きがよくわからないくらい暗く、少し不気味だったことだ。

 不思議なことに、見つめていると何かに引き込まれそうな雰囲気がある。

 なんか気味が悪い……こっちは使わないようにしよう。

 神成は、クローゼットの扉を閉じた。

 他の場所を物色していると、背後に気配を感じた。

 反射的にホルスターのハンドガンに手をかける。

 用心深く背後を確認したが誰もいない。気の所為かと思った時、ある事に気がついた。

 ベッドの横に立て掛けてあったはずのキャリーバッグが倒れていたのだ。

 神成はキャリーバッグのグリップを手にとって起こした。

 すると背後にまた気配を感じた。こんどは反対側だ。

 回り込んだ? やはり誰かがこの部屋にいるのか?

 神成は、ハンドガンを止めていたボタンをゆっくりと外すとグリップを握った。

 思い出せ……訓練を思い出すんだ。

 ハンドガンを抜くとSATでの訓練で身につけたシューティングフォームで室内を見渡した。

「誰かいるのか?」

 返事はない。

「こっちには銃があるぞ」

 その時、電話のベルが鳴った。

 驚いて電話の方に構えていたP226シグを向けた。

「ああ、脅かしやがって!」

 神成はハンドガンをホルスターに戻すと受話器を取った。

「もしもし……ヘルミナさん?」

 相手は、局長秘書のヘルミナだった。

「後でバーで俺と一杯ですか? は、はい! 喜んで!」


 * * * * *


 神成は時々、自分がツイているのかいないのかわからなくなる。

 今までも、大事故に巻き込まれたかと思えば無傷。殺人犯と出くわしてナイフを突きつけられたかと思えば、そいつの頭にいきなり物が落ちてきて気絶。

 そして、今日はムカつく女にアゴに一発決められたかと思えば、美女からのお誘い。うん、よくよく思い出してみれば今日は、それほど悪くないかも……。

 そう思いつつ、神成は、バーに行く前に食堂へ立ち寄った。

 何しろここへ着いてから何も食べていないのだ。さすがに夜になると腹が空いてたまらなくなる。

 渡されていた案内図を見ながら食堂にただりついたが、そこはまるでホテルのラウンジか大手IT企業の食堂ようだった。物珍しげに見渡すと時間帯のせいか、食事に来ている人間はまばらで空席も多い。

 ヘルミナの説明だと時間が不規則な捜査官やスタッフが利用するので一応、二十四時間開いているということだった。けれど混み合うのは、昼の時だけらしい。

 神成がビュッフェの料理を品定めしていると二人の捜査官らしき男たちが近づいてきた。当然、見覚えはない。

「やあ君、日本人かい?」

 金髪のプライドの高そうな捜査官が声をかけてきた。

「はあ、そうですが……本日付でこちらの所属になりました神成朝斗かみなり あさとと言います」

「ということはもしかしたら君が噂の新人なのか?」

「すみません。ここへ来てからそればっかり言われるんですが、一体何のことでしょうか?」

 二人のエージェントは顔を見合わせて笑った。

「もしかしたら、何も聞かされていないのかい?」

「何分本日、着任したばかりなんで。実のところ仕事の詳しい内容も知らされていないんです」

「そうか、それはお疲れだな。ああ、まずは、自己紹介させてくれ。僕は、ワーロック・ホークスだ」金髪の捜査官が言った。

「そっちのメガネをかけた方がショーン・F・ワシントン。君とは管轄が違うが、僕らも捜査官だ」

 紹介された相棒のワシントンが神成に向かって軽く会釈した。こちらはホークスと違い、感じの良さそうな人物だった。

「話を戻しますけど、俺の噂って何なんです? あまり良いことでない気はするんですけど」

「いや、失敬。噂されているのは、君自身がどうのこうのというわけではな君のパートナーがあの"黒髪の魔女"ってことなんだよ」

「黒髪の魔女? パートナー? もしかしてそれは、タチアナ・バリアント捜査官ってことですか?」

「黒髪の魔女ことタチアナ・ヴァリアントは、相棒をつくらないことで有名でね」

「そういえば、俺、何か嫌がられてる感じはしてたけど……」

「そうだろうな」

 まあ、タチアナに対しての突発的なセクハラの件もあるのだがそれは言わないでおいだ。

「でもパートナーを組みたがらない人が久しぶりにパートナーを組んだだけの話でしょ? そんなに話題になることなんですかねえ」

 神成の言葉にホークスがニヤリとする。

「おいおい、パートナーを組まないヤツの新パートナーだけってことで噂になるとでも?」

 馴れ馴れしく神成の肩を叩きながらホークスは続けた。

「実は"黒髪の魔女"とコンビを組んだ相手は、全員、再起不能か病院送りになっているんだよ」

「えっ?」

「君も気の毒に」

 そう言ってもう一度、肩を叩かれる神成。

「いや、まだ俺、元気だし!」

「それも時間の問題かな」

 ホークスがそう言って肩をすくめた。

「とにかく僕たちは君がどのくらい持つか賭けてるんだよ。ちなみに僕は、3日と賭けてる」

 その言葉と態度に神成は、ムッとした。

「私は、そんな不謹慎なゲームには参加していないけどね」

 隣で相棒のワシントンがメガネを直しながら言った。こっちは意外と常識のある奴らしい。頭にくるのはホークスの方だ。

「ちょっと聞きたいんですけど」

「なんだい?」

「その賭け、俺は最高は何日保つってことで賭けられてます?」

「えーと……たしか、10日だったかな」

「それ以上の日数に賭ける人はいそうですか?」

「今まで保った"黒髪の魔女"の相棒は最高は20日だったからそれに近い日数に賭けてくる奴は出てくるかもしれないな」

「それなら一ヶ月に賭けるのは……」

「ないない」

 ホークスはそう言って首を横に降った。

「だって今まで保った最高日数が20日なんだぜ? そこから10日も延ばすなんてないな」

「じゃあ、もし、そこに賭けて当たったら総取りってことですよね」

「そういう事になるかな。いまのところ」

「本来、警官が賭博行為っていうも気が引けるんだけど……」

 神成はそう言いながら財布から20ポンド札を5枚取り出すとホークスに押し付けた。

「タチアナ・バリアント捜査官の新しい相棒は必ず一ヶ月保つ! 100ポンド賭けるから胴元に渡しといてください!」

 そう声を荒げた神成は、その場から離れた。

 残ったふたりの捜査官は呆気にとられながら顔を見合わせた。


* * * * *


 約束の時間には少し早いがバーに向かう神成。

 歩きながら、ホークスとかいう捜査官の言葉を思い出して腹を立てていた。

「まったく、ムカつく奴だ……バリアント捜査官のどこが、悪いってんだ。そりゃ、ちょっと胸に触れたからっていきなり殴ってくる人だが……いや、それは怒るよな。でも、あれは事故だったわけだし……」

 神成はタチアナ・バリアントの姿を思い出していた。

 ちょっと可愛いらしい人だったな。キツイけど……。

「よしっ! 俄然、やる気でた!」

 神成のテンションが上る。

「タチアナさんとのペアを必ず一ヶ月以上保ってみせるぞ!」

 

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