第3話・唯一安らかなる日は、過ぎ去った昨日のみ
神成が装備品を抱えてエレベーターの前まで来ると扉が開いた。
中にはヘルミナがいた。
「ごめんなさい、神成君。だいぶ待たせました?」
「いいえ、今来たところです」
「何かありました? なんだかアゴのあたりが赤くなってるように見えるんですけど」
神成の顔を見てヘルミナが言った。
「ああ、これですか。ちょっと転んでしまいまして……あはは」
「まあ、大丈夫ですか?」
心配そうな表情を神成に向けるヘルミナ。
優しい人だなぁ……さっきの暴力女とは大違いだ!
「平気です、こう見えて意外と頑丈なんで」
「気をつけてくださいね」
「はい! ヘルミナさん!」
「ところで、神成君。手に持ったそれ、邪魔じゃない」
ヘルミナは、手に持ったハンドガン一式を指さした。
「それ、もう付けたら?」
神成はヒップホルスターベルトに通すとハンドガンを収めた。
「それと、荷物が邪魔になってませんか?」
「はい。でも、この後、ホテルに戻りますので」
「よかったら、ここのお城の部屋を使わない?」
「えっ? ここをですか? 住める部屋なんてあるんですか?」
「気がついていると思うけど、ここは貴族が所有していた城を改装しているの。オフィスや尋問室、資料室、必要な施設に使っても部屋は、百室以上は余っている。利用している職員や捜査官も多いわ。私も使っているしね」
「えっ? ヘルミナさんもこの城で暮らしているってことですか?」
「そうよ住心地が良いんですよ。ビュッフェスタイルの食堂やカフェもあるし、元々が貴族の城だから部屋も豪華。もちろんWi-Fiも完備」
ヘルミナさんと同じ屋根の下かぁ……悪くないなぁ。
神成は、ここでの生活を想像してみた。
「どうかしら?」
ヘルミナはそう言ってメガネの縁に軽く触れる。
「はい! ぜひ使わせてください!」
神成は城に住む事に決めた。なによりもヘルミナの眼を見ているとその言葉には従わなければならない気がして仕方がなかった。
「じゃあ、後で、そちらも案内しますね」
「できれば、ヘルミナさんの部屋に近い部屋がいいなぁ」
「え?」
「あっ! いえ、慣れないことが多いので知ってる人が近い場所にいるといろいろと安心しますので……その」
「大丈夫、神成君ならすぐに馴染むわよ」
そう言ってヘルミナは神成に笑ってみせた。
「だって、神成君は
ふたりがエムのオフィスに戻ると誰かが椅子に座り背を向けていた。
中に入ると座っていた誰かが振り返る。
「あ……」
局長室に入った神成は、黒スーツのエージェントの姿を見て唖然とした。
それは、地下の通路で神成の顎に一撃を与えた女だった。
「お前は……?」
相手も神成の顔を見て驚く。
「何? 二人共もう顔を会わせてたのか?」
二人の様子を見たエムが言う。
「いや、そういうわけではないんですが……なんというか、その……」
神成が気まずそうに言った。
「すれ違っただけです、自己紹介さえしていません」
相手は顔をそむけると素っ気なく言う。
「そうなのか……では、改めて紹介だ。彼は神成朝斗。日本警察からスカウトした」
神成は軽く会釈したが相手は無視する。
「神成君、彼女はエージェントのタチアナ・バリアント」
エムは、椅子に座る黒髪でショートヘアの女を指して言った。
「君たちにはコンビを組んでもらう」
紹介されたタチアナは神成に目を合わそうともしない。
「はあ、どうも……」
平静を装いながらも神成の心臓はバクバクだ。
コンビを組むってまじか!
何しろ相手は、つい先程、神成のアゴに一発キメてきた相手なのだ。
神成は、平静を装いつつ引きつった笑顔で握手をしようと手を差し出した。
「よ、よろしくお願いします」
タチアナは神成の挨拶を無視した。理由は容易に想像できる。
うわ……めっちゃ、気まずいんだけど!
さすがにエムとヘルミナも雰囲気を察した。
「と、とにかく仲良くやってくれたまえ。今かかってる案件はそのまま継続。今後は二人で捜査を進めもらう」
だが、タチアナ捜査官は腕を組んでエム睨みつけている。
「お言葉ですがエム。ボクは相棒を持ちません。その理由だって」
「わかっている。わかってるけど、今度の彼は大丈夫。ちゃんと人選したし」
「ですが……」
食い下がるタチアナだったがエムは受け付けない。
「もう、決めちゃった事なんだから、上司の言うこと聞いて!」
急にエムの言葉遣いが変わった。
え? エム?
タチアナは、ため息をついた。どうやら断ることもできなそうだ。
「わかりました」
「よかった」
「……ですが、ボクが危険と判断したらこのコンビは即解消ということでよろしいですか? それは譲れませんから」
「うーん、相変わらず頑固。仕方がない。それは譲歩しましょうか。それでは、善は急げということで明日から今あたってる事件に連れていってちょうだい」
「明日から? さきほど彼のファイルに目を通しました。ここの常識をまだ理解していないのでは?」
「それは、あなたが仕込んで」
「な……っ!」
「いいじゃない、あなた先輩なんだから」
横にいたヘルミナがタチアナの肩に手を置き、楽しそうに笑顔を見せている。
「ヘルミナまで!」
「大丈夫、私も協力するから。ねえ、神成さん?」
悪戯っぽい笑顔で神成を見るヘルミナ。
「え? はぁ……」
ヘルミナさん、最初と何か感じが違うな。
タチアナは、頭を押さえてため息をつく。
「わかりましたよ。でも、最低限のことは彼に教えておいてくださいね!」
「それは私にまかせて」
ヘルミナは片目をつむってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます