第3話 木洩れ日が溢れる世界



 綺麗に澄み渡る空気を吸い込む。

 雨上がりの空気は、とてもおいしかった。

 心まで澄み渡るようなからっとした青空と、体まで染み渡るような新鮮な空気。

 雨上がりの空気というものは、何故こんなにも新鮮でおいしいのだろう。

 そんなことを思いながら、僕はもう一度、ゆっくりと澄みきった空気を吸った。

「空気がおいしいね」

「そうですね。どうして雨上がりの空気って、こんなに新鮮でおいしいんでしょう」

 彼女は空を見上げたまま言った。

「そうだね、どうしてだろう」

 彼女も僕と同じことを考えていた。それだけで、何故だか嬉しくなる。

「僕も、心愛ちゃんと同じことを考えていたよ」

「同じこと?」

「うん。どうして雨上がりの空気はこんなに、新鮮でおいしいのかなって」

「嬉しいです、同じことを思っているなんて」

「僕もだよ。すごく嬉しい」

 互いに見つめ合い、僕と彼女は握っていた手を絡め、微笑んだ。



    *


『木洩れ日はダイヤモンド』

 彼女が突然、そんな言葉を言い出した。

「心愛ちゃん?」

「あっ…ごめんなさい。つい」

「つい?」

「その…口を衝いて出てしまって…」

「いいんだよ。流石だね、作家先生」

「やめてください…そんな、先生だなんて。

 私はそんなたいそうなもの、書いてませんよ」

「いいや、心愛ちゃんの文章は本当に素晴らしいし、描写の表現には特筆すべきものがある。

 本当にすごいよ、心愛ちゃんは。『木洩れ日はダイヤモンド』って今、言ったろ?

 その言葉も心愛ちゃんらしさが出てるし、心愛ちゃんにしか創れない言葉だと思う。

 本当にすごいんだよ、心愛ちゃんは」

「博人さん…嬉しいです、すごく。でも、そんなに褒めても、何も出ませんよ?」

 彼女は上目遣いで僕を見た。そして、すぐに恥ずかしそうに目を逸らした。


 僕は、どきっとした。


 ―木洩れ日はダイヤモンド。

 見上げれば眩いばかりの黄色い銀杏の木の葉が、澄んだ青空に映えている。

 木々の隙間から溢れる木洩れ日が、ダイヤモンドのようにきらきらと輝き出す。

 眩しいが気持ちの良い陽光は、僕を上機嫌にするには十分だった。


「木洩れ日はダイヤモンド、か。なるほどな…流石だ」

 僕は珍しく独り言を呟いた。すると、

「もう…!褒めても何も出ません…!」

 彼女は頬を膨らませ、拗ねてしまった。

「ごめん、ごめん。ごめんってば」

 僕は、彼女をじっと見つめた。

 視線に耐えきれなくなったのか、彼女は僕の顔を見た。

「ごめん。ね?」

 彼女はこくりと頷き、僕の手をさっきよりも強く握った。

 温かな陽の光に照らされた彼女は、とても美しい。

 目をきらきらさせながら銀杏並木を眺めている彼女は、

 まるで宝物を見つけた子供の様に生き生きとしていた。


 黄色い絨毯を、彼女とゆっくり歩く。

 レッドカーペットの上を、二人で歩いているかのように。

 僕は幸せだなと思った。

 彼女といる時間が僕の人生にはかけがえのないもので

 とても幸せなものだということを、この時僕は、ひしひしと感じていた。

  

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