7-2 ~黒いコートのその下に~
そしてその頃、我らが主人公ジャナル・キャレスはというと、学園に向かって全力疾走中だった。
「なーにが我らが主人公だよ。最終章だってのにここまでほったらかしにしてさ」
赤いジャケットは砂と泥にまみれ、シャツは汗まみれ、本人はおしゃれなつもりでつけているパイロットマフラーも乱れに乱れている。
何とかディルフと共に地下空洞を脱出したはいいが、出口は街から3キロも離れた鉱山地帯。街の方を見ると、煙が何本も上がり、爆音さえ聞こえてくる。
只事ではないと大急ぎで街に戻ると、入口で何故か見たことすらない首長竜に襲われた。
ジャナルはともかく、ディルフは手負いの上、武器も壊れてしまって戦う術が無い。このままだと足手まといなので武器になるものを探して来い、と口実を作ってようやくディルフを逃がすことに成功し(実はこの説得が一番苦戦した)、後は緊急事態だから仕方ない、とアドヴァンスロードの力を借りて、首長竜を倒したのである。
「経緯まで端折るな!」
ニーデルディアが魔物を引き連れて襲撃していることを知らないジャナルは、友人知人の安否の確認のため、そのまま学園へ向かった。この緊急事態だ。無駄な危険を冒してまで指名手配犯を捕まえようとする者などいないだろう。
しかし、あの地下深くで見たあれは本当に何だったのだろう。と走りながらジャナルは思いにふける。
魔族の放つ邪気に似ている禍々しい雰囲気に包まれた、あの巨大な扉。
注意深く少しだけ近づいてみたが、そこにあったのは本当に扉が一枚佇んでいるように存在しているだけで、他には何もない。ただの巨大な金属の板、扉としての役割を果たさないただのオブジェにしか見えない。
考えたところで分かりはしないし、その場にいたディルフも全く興味を示さなかった上に急いで脱出を促されたので、調べるのは断念したが、どうにも心に引っかかったままだ。
もしあれが、アドヴァンスロードと同様に魔族に関連するものだったら。
そうだったら学園側も自警団も躍起になって扉をぶっ壊しに行くんだろうか。こっちは魔族の力にとり憑かれただけで命を狙われてるもんな。大体こんな危険な力だったら誰かにとり憑かれる前に消滅させるなり、もしくはそれが無理なら最初から誰にも届かないようなところに封印するなりすればよかったのに。人の手に触れられない場所にあればこんな大騒動にもならなかったのに。
「あー! もしかして散々俺の事をバカだと言ってた奴らも大バカなんじゃないか、これ!……どわっ!」
突然横から黒い影が飛び出して来た。ジャナルは慌てて立ち止まろうとするが、勢いあまって尻餅をついてしまう。
「危ないな!って、いや、マジ危ないから!」
ジャナルの鼻先に剣が突きつけられた。
何事かと思い、上を見上げると、そこにいたのは鬼気迫る表情のヨハンだった。
「あのーこれは一体何の冗談で?」
「冗談ではない。ジャナル、俺と戦え」
それこそ何の冗談だ、と言いたいが元々ヨハンは冗談の通じない人間だ。戦士科に入ってから彼とは長い付き合いだが、冗談を言った場面など一度もない。
「今こんなことしている場合じゃないだろ……ひぃっ!」
ためらいも無く剣でジャナルに突きをかますヨハン。間一髪でかわすことはできたが、ヨハンは本気だった。
「大体どうして俺らが戦わなきゃならないんだよ! お前が討伐隊に入ったのは知ってるけど、アレはスパイじゃなかったのか? 俺の無実を証明するための……っておわあ!」
再び突きが飛んで来る。今度はジャケットの袖が少し裂けた。
「カーラはそうかもしれないが、俺は違う」
「なんでだよ!」
ヨハンの態度にはショックだった。あてにしていたわけではないといえば嘘になるが、少なくとも自分の無実は信じてくれると思っていた。それも他人の意見に左右されないようなヨハンが討伐隊の言うことを鵜呑みにしていることが信じられなかった。
「お前がどう思おうと関係ない。重要なのはお前の持つ、呪われた「力」だ」
「俺だって好きで呪われてるんじゃない!」
「だがそれは魔族のものだ。魔族は人間の敵。魔族の「力」も然り。ここに存在してはならない」
「けど!」
ジャナルは言いかけて、やめた。
昔からヨハンは魔族と言う単語に異様なまでの敵意を示す。
4年ほど前に聞いた話だと、彼は生まれて間もなく目の前で両親を魔族に殺され、その時のショックが原因で、魔族を前にすると身体に異変をきたす、ということだった。
だからヨハンにとっては魔族に関わるものは何であっても「敵」なのだ。
だが、だからと言ってそのトラウマのために仲間を敵に回すと言うのは納得がいかない。
実際この事件でジャナルは望んでもいないのにイオやカニス、それにディルフと戦う羽目になった。普段から顔を知っている彼らと命のやり取りをするという事がどんなに不毛なものなのかヨハンは全く分かってはいない。実戦授業の組み手とは訳が違う。
面倒なことに、ヨハンは無口なくせに言い出したらきかない。説得が無理だとなると、取るべき道は一つ。ジャナルは観念して、
「それでいい」
ヨハンも自分の剣・デュエルナイトを構え直す。
勝算は微妙。何せ相手はヨハンだ。
(
などと考えている間にヨハンが攻撃を仕掛けてきた。
「おわっ!」
危なっかしいながらもジークフリードで攻撃を弾くジャナルであったが、反応が僅かでも遅れていたら急所を一突きにされていた。
「いきなり何するんだよ!」
「お前が剣を抜いた時点で戦いは始まっている」
ヨハンの攻撃は無駄が無く、かつ連続的だ。ジャナルはどうにかして反撃のチャンスをうかがうが、気がつけば防御と回避で手一杯になっていた。このままではあの実戦授業の二の舞で、ジャナルが一方的に逃げ回るという情けない展開になりかねない。
(どうにかしないと、どうにか!)
やけ半分で振るったジークフリードが、神速ともいえる速さで攻撃を受け止める。そのまま両者とも動かず、膠着状態が続いた。
(そうか! ジークフリードは相手の実力に比例して強くなるんだった!)
『アドヴァンスロード』の事で頭がいっぱいだったため、ジャナルは自分の武器の特性をすっかり忘れていた。
剣士がそれでいいのかという疑問はさておき、競り合いから次の一手を考えるジャナルであったが、動いたのはヨハンのほうが先であった。
強引にジークフリードを押し返し、ひるんだ所をジャナルの胴体めがけて一閃。その動きには全く躊躇なし。
だが、ジャナルも負けてはいなかった。胴体に一撃が来る寸前に、ヨハンに向かって平突きを放つ。
この刹那の交戦で両者とも血だらけ。ジャナルは脇腹に重い一撃を喰らい、あばら骨が折れるほどの重傷、尤もあばら骨のおかげで胴体真っ二つという惨事は免れたが。対するヨハンは攻撃を避け損ねて右腕に裂傷を負った。
誰が見てもジャナルの方がずっと重傷だが、彼には『アドヴァンスロード』がある。
見る見るうちに驚異的な治癒力で血肉が再生され、元通りの身体に戻る。痛い事には変わりはないが。
ヨハンには当然そんな能力はないので、裂傷はそのままだが、裂かれた袖の下を見て、ジャナルは目を丸くした。
「お前、それ!」
傷の状態を言っているわけではない。彼が驚いたのは袖の下にある、ヨハンの素肌に埋め込まれた……そう、本当に皮膚の中に埋め込まれている黒いビー玉のような物体だった。それも3つ連なっている。
ヨハンはの表情に陰が走った。そういえばジャナル(に限ってではないが)はヨハンのそんな表情も、それ以前に彼の普段来ている黒いコートの下の素肌を見るのも初めてだった。彼は真夏だろうと長袖で、顔以外の肌を人前でさらす事もなかった。
「見てしまったか」
「うん」
「ならばますます生かしてはおけない」
「なんでだよ!」
再び激しい攻防が始まった。
今度はジャナルはがむしゃらに攻めに徹した。常人なら致命傷のダメージも、『アドヴァンスロード』がすぐに傷を癒す。
「それが例の「力」か」
「ああっ! もう居直ってやる! そうなんだよ! そういう事にしといてくれ!」
無論反則ともいえる戦いだが、そうする事でようやくジャナルは悟った。
今までヨハンに歯が立たなかったのは、彼の天才剣士という肩書きに押されて不必要に警戒し、逃げ腰になるからだと。
勿論ヨハンはそれを差し引いても強い事は事実だが、攻撃一辺倒な戦法に切り替えてから僅かだがヨハンの攻撃のリズムが乱れてきた。リズムが乱れると攻撃が読みやすくなり、こちらの反撃のチャンスも増える。
「もらった!」
ジャナルは上段を狙ったヨハンの攻撃を回避せず、更に一歩前へ踏み込み、相手の懐に入った。デュエルナイトの重心が下へ向いたのを狙って、剣の根元をジークフリードで突き上げる。
「!」
デュエルナイトが宙を舞った。美しい弧を描き、地面に落下する。
剣を拾おうと動くヨハンに、ジャナルの追撃が襲う。これはヨハンを直接狙ったものではなく、牽制のつもりだった。
だがヨハンはそれに気づくと、信じられない事に追撃するジークフリードの刃に負傷した右腕を伸ばしたのである。
「嘘だろ?」
指で刃を掴み、手の平で刃先を受け止める。真っ赤な血が滴り落ちた。
「俺の負けか」
ヨハンの呟きと共に刃が離される。
右手の皮膚は表面がパックリと割れてしまっていた。確かにこれでは剣を握る事も難しい。
「こんなの俺の実力じゃねえよ」
謙虚でもなんでもなく、ヨハンに勝てたのは「力」のおかげだ。でなければ既にジャナルは数回死んでいる。
「だがこれではっきりした」
「何が?」
「……」
「振っといて黙るなよ!」
ああ、やはりこういう所はヨハンだ、とジャナルは思った。無口で時には必要な事すら話さない、社交性に欠けまくり。それでも悪い奴ではない。それがジャナルの知るヨハンだった。
「お前の身体からあの女魔族の邪気が感じられない」
「女魔族?」
「いつだったか路地裏であった奴の事だ」
ヨハンの話によるとその女魔族は最初、そこに居合わせたディルフに取り付こうとしたのだが、これをヨハンが阻止。しかし阻止は出来ても、退治には失敗したという。
その時はひとまず話が終わったと思っていたのだが、実戦授業でジャナルとの試合の際に、彼が誤作動させた『アドヴァンスロード』の直撃をくらって気絶したヨハンが、おぼろげに感じとったのが路地裏で遭った女魔族とおなじ邪気だったという。
「で、それを呪われた「力」と勘違いしてたのか」
「そう思っても仕方がない。イオの時もあの邪気を追ってみればお前がいた。結局魔女が憑いたのはお前ではなく魔術科の女の方だった」
そもそも『アドヴァンスロード』は単なる力であって、元の持ち主の魔族はとうの昔に死んでいるのだ。魔族の生命エネルギーである邪気など存在するはずがない。
「大体お紛らわしい行動を取るお前が悪い。それに始末すべき問題も増えた。ニーデルディアに魔女、それにお前の「力」。どうしたものか」
「断然最優先で叩くのはニーデルディアだろ。一番悪い奴だし」
「ニーデルディアの目的はお前だ。お前の力が奴の手に落ちたら取り返しのつかない事になる」
「けど! ひょっとしたらこの「力」で奴を倒せるかもしれないだろ? 誰よりも安全確実に!」
有効に使えた試しはほとんどないけど、とジャナルは心の中で付け加えた。どちらかというと色んなトラブルに見舞われ、幾人にも命を狙われたのだから、できることならなくなって欲しいのが本音だった。
だが、それと同時にこの「力」がこの状況を打破してくれるとも信じていた。理由は分からない。ひょっとしたら人類側が否定するこの「力」に僅かでも存在価値を与えたいのかもしれない。
ヨハンは眉間にしわを寄せたままだった。くどいようだがヨハンにとって魔族は存在すら許せない敵。ジャナルの説得で価値観が一転するはずがない。
「大丈夫か? 傷が痛むか?」
ヨハンの不機嫌そうな顔をそういう意味だと勘違いしたジャナルに、ヨハンの眉間は更に深くなる。
「っていうか、それ本物?」
どうやら彼はヨハンの腕に埋め込まれている黒い球体のことを言っているのらしい。
「いや、言いたくなかったら別に」
「振っておいて取り消すな」
ヨハンは破れたコートの袖を勢いよく引きちぎった。
それを見たジャナルは言葉も出なかった。ヨハンの腕には黒い球体が手首から肘にかけていくつも埋め込まれており、肩の方には奇妙な刺青が刻まれている。
「前に言った俺の両親が目の前で殺されたって話、あれは半分嘘だ」
「え?」
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